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561、捨て駒の少年

一方、後続隊が襲われた現場へ到着した先発隊は、状況に騒然としていた。

山道から崖までは距離があったはずなのに、そっくり崩れ落ちて地形が変わってしまっている。

下りきった場所から道を外れてこの川でも一番広い河原は、半分以上が崖崩れで埋まり、川幅が狭くなっているために川上の水位が上がり、噴き出すように流れているため流れが変わって速くなっている。


到着した後続隊は敵味方入り交じって死屍累々の状況に、生存者を探すが崖崩れからの生存者はそのほとんどが最後は戦って致命傷を負ったか、弓で射られて死んでいた。


「生存者は、いないのか? 」


「矢の数がとんでもなく多いです。最後は戦っているティルクの者、諸共と言った感じでしょうか? 

上から見てきましたが、崩れた向こう側は川が半分せき止められ、水がかなり上がっています。」


「弟は、この川を渡れたのだろうか? 」



ワアア…… オオオ……



川向こうから、大勢の人の声がする。

思わず川に駆け寄るディファルト王子に、マリナがフワリと寄って囁いた。


『 お前の弟は無事だ。トランの者が保護した。

 ティルクの兵が北上して逃げて行く。

 川を渡るなと、お前の部下に忠告してきた 』


「そうか、無事なんだな? 良かった。」


反応が薄く、マリナが怪訝な顔をする。


『 なんだ、もっと喜ぶと思ったのに 』


「喜んでいるとも。

だが、この状況を見て、誰が歓喜の声を出せるというのだ。

我が大切な国民は、1人1人が生きた人間で家族なのだ。

私は父がしたことを許せない。

彼らは1人として死んでも良い者などいないのだ。」


ギリギリ歯を噛みしめる王子に、小さくため息付いた。


『 総勢はどのくらいだったのだ? 』


「1000と聞いているが、少なかったかもしれない。

我が国の国民は、数字に疎い者が多い。」


『 そうだな、500ほどの間違いだろう。

 70ほど埋まって、200が戦って死んでいる。

 流れたのはどのくらいだろうな。あとは・・・ おや?

 生きている者がいるぞ 』


「どこだ? 」


『 ほら、馬車の裏に隠れるように倒れている 』


ディファルトが真っ先に駆けつける。

マリナが誘導して馬車の後ろへ行くと、剣を持ち絶命した騎士のような男にすがりついたまま、1人の少年が倒れていた。


「少年? 肌が刈り取る前の金色の麦のようだな。

リトスでたまに見る肌の色だ。

だが、奴隷には見えないな、服のあつらえは身分が高く見える。」


近づく王子を心配する側近を制して、そっと身体を起こす。


「はっ! 」


少年の身体がビクンと跳ねて、うつろな顔で飛び起き、死んだ騎士が手にする剣に手を伸ばした。

だが、ディファルトがサッとその手を握った。


「やめよ、あなたにはもう無理だ。」


「いや、いやっ! 離せ、無礼者! 」


「落ち着いて、私はケイルフリントの者だ、あなたはティルクの者か? 」


「僕は…… 私は…… 兄様が…… 兄様…… 」


意識が遠のくその身体をディファルトが受け止める。

金のショートの髪が柔らかく指に触れ、抱き上げると後ろに小さく編んだ3本の三つ編みが服の中から覗いた。


「何だ? なぜ隠しているんだ? 」


服の間から三つ編みを引き出すと、まるでそれを隠していたように長い。

抱き上げると思ったより軽く、不思議に思っているとマリナが耳打ちした。


『 この者はティルクの手先だぞ、連れ帰って尋問するのか? 」


「どう見ても捨て駒にされている。これでティルクの王族貴族とは思えない。

保護して、状況次第では拷問してでも喋ってもらおう。」


『 ほう、汝は女性を拷問出来るのかね? 』


ニッと笑うマリナに驚いてもう一度顔を見る。

少年ではなく、少女という事か。

端正な顔に見とれていると、まぶたがうっすらと開き、青い瞳が焦点の合わない目で忙しく動く。


「兄様…… 」


自分を兄と間違えたのか、うっすら微笑み、スウッと眠りについた。

激しい緊張と恐怖の連続だったのだろう。

ひどく消耗して目の周りにくまができている。

ディファルトは小さくため息を付くと、首を振って側近に預けた。


「何か訳がありそうだ。失礼の無いようにせよ、私の名で保護する。

こんな女性を捨て駒にするやり方は、まさにティルクらしい卑怯なやり方だ。」


「王子、崖崩れから救出するのは困難です。

石が多く、ビクともしません。あまり手を入れると、崩れて水が噴き出して来るかもしれません。」


「城から来る増援を待て、また崩れる恐れもある、無理をするな。」


「はっ、」


これほどの崩れ方、安定した土地なれば崩れ方がおかしいと言うしかない。

あの、雷鳴のような音は何だったのだろう。


『 王子よ、汝らが受け入れるというなら、地の精霊に加勢を頼んでやろう。

 魔物と怖がるなら無理だろうがな 』


「精霊か・・・ 見ることが出来るならば、力を貸してくれるなら、それは近しいものとなるだろう。

お願いしよう。」


遠くで激しい戦闘状態の音がする。

侵入したティルクと追い出すトランだろうか。


このやるせない状況を見て、皆に頭を下げたくなる。

時折悲鳴じみた声とむせび泣く声が聞こえる。

父が国民を裏切った代償は大きい。

トランも王は存命のうちに退位したという。

国民が父から顔を背けないか、疲弊した状況で王に反旗を翻すことにでもなれば、ティルクの思う壺だ。


『 我ら火の巫子が再臨したのは、時代の変化の兆しだよ。

何代も何代にも渡って継がれていく間に歪んだ物を改めねばならぬ。

我ら1人1人に課せられた物が何か、見極めねばならぬ時が来たのだ。 』


見極める。

この時代に生まれ合わせた自分に課せられたものが、何かを。


「だが、どうせ継ぐのはまた王家の者だ。何が変わるというのだ。」


『 考え方が変わる。それは無駄なことでは無い。

 そうだな、去る前にお前に助言してやろう。

 ティルクは今の王族と民衆の関係が悪いようだな 』


「ああ、そうだろうな、権力と恐怖で民衆を押さえていると聞いている。」


『 今回のことで、この国には復讐に出ようと声が上がるだろう。

 だがしばし静観せよ、それは汝の手腕にかかっている 』


「どういう事だ? 」


『 隣国に混乱の兆しが見える。

 それにより、トランは動かないだろうが、間違い無くリトスは動く。

 巻き込まれるな。良いな、国を乱したくなければ国境を守れ。

 変化の時代は、落ち着くまでは嵐の時代だ。

 だが、今回のことで、汝にはトランも我が国も協力した。

 ゆめゆめそれを忘れるな。

 小国なれば、手を組むことをまず考えよ 』


「そうだな、もう一度父に進言しよう。

父には今回の件で失望した。

平和の時は、来るだろうか? 」


『 来るとも。私の目には、次代の王は賢王がそろうと見えている。

すでにトランは変わったがな 』


ディファルトが、トランの空を見る。


「弟なら、 」


弟だと〜〜??

こいつも赤と同類か!


『 貴様がどう思うか知らぬが、皆の望む者が王になるべきだよ。

 やれ、赤にしてもギラギラしているくせに覚悟が無さ過ぎる。

 ではな、いずれまた会うこともあろう 』


消えて行くマリナに、ディファルトが最後に問いかけた。


「火の巫子よ、本当の名は? 」


キョトンとしたマリナがニイッと笑う。

本当の名なんて聞かれたのは初めてだ。


『 教えなーい 』


そう言って、消えてしまった。

心強い、全てが本当であれば、これほど心強い友がいるだろうか。


「意地悪だな、友人になってくれないのかね? 」


苦笑して川向こうに視線を送る。



「おーーい! おーーーい! 」



声が聞こえて後ろを見ると、森から誰かが手を振っていた。


「ディファルト王子! 生存者です!

土砂崩れを逃れた者達が、上流をさかのぼって来たと!

相当数がおります! 」


「なにっ!? ばかな、どうやって登ったのだ! 」


堰き止められた土砂崩れの向こうからは、水が滝のように噴き出している。

逃げ出せたとしたら、よほどの幸運だったに違いなかった。

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