555、魅力ある森、そして死の川
王子と話すと言ったリリスを止め、意識を飛ばしてケイルフリントに入ったマリナは、その頃意識を広げて広く浅く国境近くの気配を探した。
先発隊と思われる意識の集合はすぐに見つけられたが、後発隊は先発のかなり後方でひどく乱れている。
「 どうも、様子がおかしいな。まだ国内なのになぜだろう。
侵略するなら数がまとまっているだろうから、賊に襲われるのも考えにくい。
トランに動きは無いし。内輪もめか? 血の臭いがする。」
マリナはとりあえず、動きの無い先発隊を目指してみた。
「 さて、身分の高い人間はいないだろうが、無駄足にはなるまい。
それにしても、森の民とはよく言うたものよな 」
緑の多いケイルフリントは、まさに森の国だ。
だがこれほど自然の多い国に、精霊の気配は薄い。
こちらの精霊たちには喉から手が出そうなほど生気に満ちた土地でも、えにし(縁)がないと近づくことも出来ぬ。
「しかも、土着の精霊も話が出来ぬほどに人との関係が薄い。
ヌシを探すのも骨だ。もう何度も来てみたが、いまだに見つけられん 」
『 ヌシ? アリアドネじゃないんだ? 』
リリスの声が心に来た。
「赤か。アリアドネとは昨夜話をした。
彼女は聖域から動いたことが無い。
交流が生まれれば、真っ先に自分が動いて良いと言ってきた。
信仰があるだけに、自分が一番動きやすかろうとな。
だが、この地のエリアドネは木霊の事らしいのだ。
地の眷属でも、はぐれ者だと。
木霊は精霊でも身分が低い、これだけの地力があれば短命の低級精霊は王はおらずとも言葉もなく彷徨ってるんだろうな。」
『 待って、何か…… 、血の気配がするね。人の魂が黄泉に流れていく 』
「小競り合いかな、川の上流のようだ。
この国はティルクとリトスからたびたび侵略されて終わりのない戦いで消耗している。
でもトランとの国境だから、内輪もめかな? どんどん人が集まってる。」
『 浄化をしたあとは、悪気が消えた分、邪な人間の悪意が膨大する時があると先々代が仰ったけど、まさにこれだろうね。
小国が狙われるのは常だ。』
「しかしヴァシュラムのせいでアトラーナの土地の神気が落ちている今、この国の豊かな森の生気は我らから見ても魅力がある。
今まで精霊の存在出来る場は閉塞的だった。
ヴァシュラムは南に開拓を求めたが、私はこの森に魅力を感じる。
なによりケイルフリントの民は無闇に森を開拓しない。
この地を治める人の王との契約があれば、えにしが出来て自然と人の意識は変わり、精霊が存在出来る場に変わるだろう。
この生気にあふれた土地は精霊の保養の地にもなり得る。
高位の精霊とふれあえば、沢山の木霊が自然と上位種の精霊に育っていくだろう。
眷属が増えるのは、地の王にも悪い話では無い。
活気が出て、我が国の精霊たちも力を取り戻せる。
精霊の数が増やせれば、アトラーナの荒れた聖地の力も取り戻せる。
赤よ、この国の王に接触出来る良い機会かもしれないぞ。」
『 ふふっ、関わらないんじゃ無かったの? 』
「 お互い様だ、ラグンベルクから兵を借りて入国するつもりだろう 」
『 とんでもない。僕も怖い物は怖いんだよ。
人の戦なんて、やもすれば手足を失う。おお恐ろしい。 』
「 よく言う、見境無く突入する者が。動くなよ。
お前は知らぬだろうが、腕を落とされたらもの凄く痛いのだ。
後発隊の様子が気になるな。先に見に行くべきか…… 」
左に行くか、真っ直ぐ行くか、霊体で上空で風に任せて漂っていると、北風の精霊がマリナの光を感じて恐る恐る近寄ってくる。
「おや? 風の精霊か。ふむ、何か情報があるなら伝えよ。
聖地を離れると言葉に出せないか? 少し力を与えよう。
リリと違って、私には伝わりにくかろうが、わからなくはない。」
人差し指を精霊の頭上にかざし、壊れないよう弱い力の片鱗を渡す。
ポッと光に包まれ、精霊がニッコリすると心話でぽつり、ぽつりと単語を放った。
『 空、若い長、向こう、から、こっち、きた 』
こっちか…… これは先発隊か?
「長というと、王族か。
ありがとう、行ってみよう。日のご加護があらんことを。」
精霊が、ホッとした様子で風に溶けて消える。
ふと北を見て、小さく首を振り眉をひそめた。
何とも血生臭いものよ、また黄泉に押し寄せる。
飛んで行くと、川の畔に一部隊がテントを張り、馬車にミュー馬が多数休んでいる。
キョロキョロ見て、強い意識が流れる馬車の一つに向けて飛んで行った。
「しかし王子、今すぐ進軍を中止せよと申されましても。
王のご命令とあれば止む無しでございますが、王子のご命令では
またご不評を買われるかと存じますが。」
「私のことは良い。とにかく、隣国と争いを増やしたくは無いのだ。
父に意図をたずねても聞き入れて頂けなかったが、必ずこの無意味な侵略計画は止めてみせる。
考えてもみよ! わざわざなぜこの難所を選ぶのか、不思議に思わぬのか? 」
グルクでやって来たディファルト王子に問われて、先鋒隊隊長を預かる戦士隊長オリバーが唇を噛む。
自分たちは王の命令でここにいる。
勅命である以上、無理だと思っても命を捨てるしかない。
だが、そんな頑固なオリバーに、しつこく王子は食い下がる。
「それは…… ルランにもっとも近いからだと。」
「良いかオリバー。私なら、こんな国境越えるだけに恐らく30が死ぬ西の端より、もっとラクに国境を越えて、100のまま攻められる関など無い場所を選ぶ。
アトラーナと我が国は、古来からあまり敵対していない。
国境の守りも甘いと言っていいだろう。
お前とてそうであろう? 父がここを選んだことは、必ず理由があるはずだ。
よからぬ理由が。
ティルクとトランが手を組んだのか、それが何かわからぬうちは、動かぬ方が良い! 」
「しかし…… はっ! な、何だ? 」
「 皆、下がれ! 」
テントの中で話す2人の前で、突然ボッと火が生まれた。
それはまぶしいほどに輝いて、次第に火を大きくして行く。
2人の側近が前に出て、テントから王子を出そうとした時だった。
『 待て待て!! 逃げるな。何と運の良い事よ。
汝はこの国の王子か? 』
火の中から声がして、王子が足を止めた。
「いかにも、その方は何者か?!奇怪な術師よ。」
『 奇怪などと言うなら出て行くぞ、ディファルト王子。
我が名はマリナ・ルー、火の青の巫子である 』
火の中から小さな人が現れ、宙に浮く。
ディファルトは信じられない顔で側近やオリバーと顔を見合わせると、前に出て丁寧に頭を下げた。
「これは! アトラーナの巫子殿が、なんと、小さき人とは驚きだ。
私は長子ではあるが、世継ぎを外れた王子ディファルトと申すもの。」
ディファルトは、初めて見るのであろう巫子に、頭を下げて礼を尽くす。
マリナは大きくうなずいて、気に入った様子で少し身体を大きくした。
『 ふむ、侵略ヘの警告を告げに来た。
が、どうも汝らの本意では無いようだな。王の独断か。 』
見回しても兵の士気が低い。
この王子への期待にあふれている。
「私は説得に来た者ですが、このような間違いで死者を出したくないのです。
何としてもこの…… 」
マリナが、彼の目前に手を上げ遮った。
『 なるほど、知らせは届いていないか。
貴方らの後続隊が何らかの争いに巻き込まれているようだが 』
「 えっ?! 」
「なんと! まことか?! 」
激しく驚く様子の中に、懸念していた様子も取れる。
その時、テントに外から兵が飛び込んできた。
「 王子!! 隊長! 川に兵が…… 死者が流れてきます! 」
ディファルト王子が、目を大きく見開いた。
真っ先にテントを飛び出し、脇に流れる川へと駆け寄る。
すでに兵が集まって泥水になって流れる川に手を入れて、死人を何人も引き上げている。
それは、明らかに我が国ケイルフリントの民、後続隊の兵だった。




