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554、王子を託す

サムエルが、剣を振り上げ追ってくる。


王子がトーケルに抱かれたままで叫んだ。


「サムエルが剣を! なぜ?! トーケル! 」


バシャバシャと、水音が近づき、殺気を浴びてトーケルが身を返し剣を盾にした。

ガイーンッ! ガンッガンッキンッ! 

寸でで受け止め、川に浸かったままで剣の応酬が始まる。

ギリギリと剣をあわせると、一回り身体の大きいトーケルが、力任せに一気にサムエルを押す。


バシャーーンッ! 「ぐぶっ! 」


サムエルは足を取られてひっくり返り、川の中で少し流され、ずぶ濡れで起き上がると、また剣を構え近づいた。


「はあ、はあ、はあ、トーケル殿! 王子をお渡しください! 」


トーケルが、その隙に急いで川から上がりながら王子を河原に下ろす。

乱れた息を整え、後ろ手に王子を守り、サムエルに向けて剣を構えた。


「どういう事だ、サムエル! 」


「王のご命令です。勅命なのです! 」


「フレデリク様と、アレクシス様の捕虜の交換か。

本当に戻られるのかわからぬものを! 我が子を乞われるままに差し出されるのか?!」


「事情をおわかり頂けるならば、お頼み申します。」


「サムエル…… 僕は…… 」


フレデリクの目に、涙が浮かぶ。

父の命令なのだ。

しかも、自分を連れ去るために、あれだけの兵を犠牲にして。

父王が、一体何を考えているのか頭が混乱する。


『 フレデリク、ハイと言うばかりでは駄目だ。

王族なれば、流されてばかりだと、とんでもない目に遭うのも常だ。

嫌な時は嫌だとハッキリ意思を示せ、いいね 』


ディファルト兄王子の言葉が、パッと浮かんだ。

唇を噛んで、フレデリクが顔を上げた。


「嫌だ! 私は行かない! 」


いつもうやむやな返事しかしない王子が、ハッキリ告げた。

トーケルがわっはっはと笑う。


「そうれ、見よ。王子もこう仰せだ。貴様の思う通りなどさせぬ。」


ギリギリと、歯を噛みしめ自分の服を握りしめるフレデリクを、何としても逃がさねばとトーケルが視線を走らせる。

動ける兵達は死に物狂いで戦って、自分たちを逃がそうと必死だ。

アレクシスか、フレデリクかと、比べるまでも無い。

王は、あのディファルト様を蹴ってでも世継ぎはフレデリク様と定められた。

心変わりなどと、この有様を見ればわかる。

心変わりでは無い、強要されたのだ。

あの方はアレクシス様の一件を負い目に感じられている。


だが!


だから、と仰られるのか! 王よ! あなたのお子ぞ!

あなたは判断を誤られている!


この御方は世継ぎなのだ! あなたがそう定められた!


あの、我らの希望の王子を差し置いて。


「サムエル、道を違えるな。この御方は王が定められた世継ぎだ。

お守りしてこそ騎士の道ぞ。」


「 わかっているともっ!


わかっているんだ、それでも…… 


それでも、俺のお世継ぎはアレクシス様なのだ! おおおおお!! 」


剣を振り上げサムエルがトーケルに襲いかかる。


バシャバシャバシャッ! 「 王子! 」

バシャバシャ 「 王子! お逃げください! 」「早く! 」

生き残りの数人が、加勢しようと川を渡ってくる。


「必ず誰かが参ります! フレデリク様! 先にお逃げください! 」


誰かが声を上げる。絶対1人にはしないと。

フレデリクは、だが足がすくんで動けない。

涙をいっぱいにためて、振り下ろされるサムエルの剣を見つめる。


ガイーーンッ!


ガンッ シャーーーッ! ガンッギンッ!


「 フレデリク様! 逃げよーーっ! 」


トーケルの声に、ハッと川に目を移す。

ティルクも加勢が現れ、川の中で戦いが始まる。

幾人もの兵が、川をこちらへ渡ってくるのが見えた。

川下を見ると、どちらの国の兵なのか、区別の付かない者達が戦いに負けて川に流されて行く。



怖い、怖い、怖い、 だが! 逃げなければ! 

僕が逃げなければ、彼らの命をかけた戦いに、応えるために!



動かない足がもつれて膝を付き、大きく息を吸って心を、足を奮い立たせる。


「トーケル! みんな! 死なないで! 」


「わっはっは! このトーケル! 死など考えてはございませんとも! 」


フレデリクが、森の中に向けて走り出した。




「弓を! 弓を射れ! 生きていればそれで良い! 誰か! 」


焦るラジェンドラが兵に向けて叫ぶ。

ケイルフリントの兵は、恐ろしいほどに命がけで反撃してくる。

ラジェンドラは連れてきた兵の数が少ない。

だからこそ後発隊を河原へと招き、渡された採石に使う破裂薬を使って意表を突いたのだ。

だが、生き埋めに出来たのは半数以下、弓で射殺しそのまた半数、だが、それでようやくほぼ同数。

しかも、手負いの獅子たちは恐ろしいほどに牙を剥いてきた。


「 ラジェンドラ様! 」


ラメスの声に、振り向くとケイルフリントの兵が血を吐きながら剣を振り上げ、今にも襲いかからんとしている。


「死ね! 下衆がっ! 」


「キャアッ! 」


ラメスが、彼の腕を引き剣を抜く。


ガインッ! ガンッ!


受ける横から、もう一人が現れラメスの脇を切った。


「ガッ! 」


「 ヒイッ! ラメスッ! 」


ラメスの血に、ラジェンドラが悲鳴を上げて凍り付く。

恐怖に目を閉じ、顔を覆ってラジェンドラがガタガタ震えた。


「いや、いや、父様、助けて。母様…… 」


ラメスが脇腹から血を流し、よろめきながら1人を切り、そしてもう1人に胸を突かれた。


「ラ、ラジェ…… お逃げ…… 」


ドサリと倒れる彼に、ラジェンドラが凍り付く。

見回すと、他の2人の同行者も近くで死んでいた。


「ラメス…… ラメス  僕を守って  僕を…… ラメス! 」


ガクリと事切れるラメスの手を取り、泣き叫ぶラジェンドラがそのまま気を失って彼の胸に倒れてしまった。


「弓隊前へ! 一掃せよ! 」


その時、ティルクの兵が馬車の背後の森から更に加勢に加わった。

弓隊が前に出て、一掃して行く。

それは、まさに敵味方関係なく、この場にいるもの全ての命を絶っていくようだった。


ヒュンヒュンヒュンヒュンッ

ヒュンッ ヒュンッ!


「新手か! くそっ! 」


風切る弓の音を残し、弓隊は次々とケイルフリントの兵を撃ち倒してゆく。

トーケルも身体に矢を受けながら、川を渡ってきた兵を倒して飛んでくる矢を切って落とした。


「サムエル! このままでは共に死ぬぞ! 」


サムエルも矢を受けながら、トーケルに駆け寄り剣を合わせる。

彼の決意に揺らぎが無い。

このままでは、王子を守る者が1人もいなくなってしまう。


「何としても、アレクシス様を取り戻さねばならぬのだ! 」


「サムエルよ、ディファルト王子はこの有様に何と仰るであろうか。」


「そのようなこと…… 愚かとしか仰られまい! 」


「わかっているなら、なぜ止めなかったのか! ごふっ、ゲフッ 」


矢が肺を傷つけたのか、トーケルの口から血が流れる。

苦い顔で剣を合わせるサムエルの目前で、トーケルの肩口に矢が刺さった。


「ぐあっ! 」


「許されよ! 」


ドッと、サムエルが胸を貫く。

よろめきながらトーケルが、サムエルの服を握り、彼に言葉を振り絞った。


「サムエル…… 王子を、頼む。」


「ば…… 馬鹿なことを、この私に…… 」


ヒュンヒュンヒュン


身を返し、飛んできた矢からサムエルを庇い、トーケルが我が身を盾にする。

背に何本も矢を受けて、サムエルにニッと笑った。


「 王子を 頼む、サムエル殿。 」


サムエルが愕然と剣を抜く。トーケルはフラフラと下がるとバシャンと川に倒れ込み、そのまま流されていった。


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