551、本音で語れ!
女隊長は大きく息を吸うと、ゆっくり吐きだしリリスと城主トレストの顔を見据えた。
「我々は出発の前、御前に呼び出されて各々お言葉を頂いた。」
王の御前に先鋒隊の主要な者が集められ、勅命で斥候役に任命されていたのだ。
それだけに、王のその前の言動などは実際に目で見ていたので、リリスには比較的くわしく話せた。
王がティルクの王子と話したあと、この侵略が急に持ち上がったこと。
先鋒隊がこの砦を落とし、後発隊が二番目の王子を引き連れ国境を越えてくるのを迎える予定だったこと。
後発隊には、恐らくティルクが合流すること。
そして、ティルクの王がどれだけ恐ろしいかということ。
だが、前王の王子が捕らえられていることは、特に話さなかった。
「なるほど。先発隊を持ちこたえても、その後ろをティルクが先陣を切ってくると言う事か。」
トレストが聞くと、女隊長はわからんと首を振る。
リリスは心話でマリナにも伝えながら、ふむと口元に指を当てた。
「なにか、おかしいですね。」
「何がだ? 」
「ティルクという国です。
まあ、私は人の戦いには疎うございますので、未熟者の戯れ言ですが。」
女隊長が、険しい顔で口ごもる。
我が国の王の非難になるようなことは言えない。
これだけ情報を漏らしただけでも重罪だと思う。
だが、思わぬ事をこの巫子は言った。
「後発組に王子がいらっしゃるとおっしゃいましたね。
私はその王子にお会いしとうございます。」
「は? いや、それは。」
「危険ではありませぬかな? 」
女隊長とトレストが少し驚いて顔を見合わせる。
リリスは心中、リトスが国内に入ったと聞いたレスラカーンが、大皇に会いに行かなくてはと思った気持ちが、わかった気がした。
会わなければ。説得しなければ。これまで良好な関係を築けたのだ。
きっと話はわかって貰える。
気持ちは本当に、相手の良心を願う方に傾く。
心の中で、マリナが叫んだ。
『 待て! 赤、待つんだ、国境を越えてはならない。
ケイルフリントでは精霊の力が半減する。
待て! 私が心を飛ばして状況を見てくる。
良いか、勝手をするな、しばし待て! いいね、絶対動いちゃ駄目! 』
うつむき、動きの止まったリリスにトレストが声をかけた。
「どうなされた巫子殿。」
「いえ、国境を越えるなと怒られてしまいました。」
「 は? 」
「しばし、情報を待ちます。
あっ! ラグンベルク様がお見えになったようです。良かった! 」
「え? まだ知らせは来ませんが?? 」
トレストがドアをチラリと見る。兵の1人が一礼し、外へと確認に出て行った。
女隊長が、少し緊張した面持ちで顔を上げる。
「そちらに増援が来るなど聞いていないぞ。貴様…… 我らをはめたな! 」
ザッと、後ろに座っていた彼女の部下たちが一斉に立ち上がる。
剣に手をかける者もいるが、剣は抜けない。
「隊長! 剣が! 」
「部下を外に出せ! 」
思わず女隊長が立ち上がり叫ぶ。
城の兵達が、その叫び声を聞いてなだれ込んでくる。
それが一層状況を悪くした。
「おのれ! やはり信じた私が愚かであった! 」
歯がみする隊長に、リリスが立ち上がって正面に歩み寄る。
そして真っ直ぐに見据えた。
「落ち着きなされ、アウロラ様。」
アウロラが、仰天してまわりを見回した。
「なぜ私の名を知っている! 」
彼女は、自分も部下も、名を出さないように注意していたのだ。
「あ、ああそれは失礼。私にはあなたの名も、あなたの後ろの方々の名も見えるのですよ。
我ら火の者は、あの世とこの世の橋渡し、魂の名は真名として刻まれている。」
「気味の悪い奴め! 魔物か貴様! 」
スッと、リリスがアウロラに手を伸ばし、そして指さした。
「それです、あなた方は我が国を旅したことさえ無いのでしょう。
だが、神殿に祀られる精霊の話くらいは聞いたこともあろう。」
「だからなんだと言う。
当たり前だ、だが我が国の信仰は、精霊などと言うものでは無い。
全ての生命は森より出でて森に回帰するという、聖なる森の母、エリアドネの存在を説いたオルセーの教えのみを信仰する。」
「エリアドネ…… それは我が国の精霊の名だ。
地の精霊王の1人、アリアドネ。
アウロラよ、これだけは知るが良い。
精霊に、人の国境は意味が無い。ただ重要なのは、信じる者がいるかいないかだ。
汝の国は、宗教として神に崇めて神のみを祈った。
だから駄目なのだ。それでは駄目だ。
王だけを崇めても、眷属が存在出来ない。
精霊が、人が認識出来るほどの力を持つためには、存在を信じる人の力が必要なのだ。」
「精霊の王、だと? 精霊など魔物と同じではないか!
エリアドネを愚弄するか! 」
噛みつくように怒鳴る彼女に、リリスがため息を付いた。
「我ら神に仕える者が愚弄して何とする。落ち着いて下さい。
先ほども言うたはず、精霊王は神であると。
地水火風、そして天に輝く日。
これは生命の力を象徴する物、どれが一つ欠けても生き物は生きられない。
なのに、あなた方は彼らを魔物だという。
信じる者がいない国にも精霊は必ず存在している。
だが、姿を現すほどの力がない。
あの、ケイルフリントの美しく、豊かな森。
あれほどの生命力にあふれた森を持ちながら、精霊に力がない。
見た事もないその存在を、あなたたちが一切信じていないからだ。
あやふやな存在だからこそ、それを魔物と感じてしまう。
魔物などと、すでにその言葉が彼らを冒涜している! 精霊は神の使い、聖なる者である!
アウロラよ、信じよ。信じれば汝らケイルフリントの民は神の力を手に入れることができる。
友人を受け入れよ! 」
ゴクリとツバを飲む。
その時、すでにドアにはラグンベルクたちが立っていた。
それに気がつくことも忘れて、アウロラはリリスと対峙していた。
精霊を信じればこんな普通の人間の側にも、精霊が、神の使いが下りてくると、彼はそう言っているのだ。
「友人に…… なって、何をしようというのだ。」
リリスがブルリと身震いをした。
驚くほどに、表情が厳しく変わる。
「汝らの国は、大国に囲まれ、常に戦いを強いられている。
我が国とまで戦いになると、国の力がそぎ落とされるのは必然であろう。
このたびのことは、本意では無いはずだ。」
「それは…… 我らが王のお決めになった事に、他国の者が口を出すことでは無い。」
「本意では無いはずだ。汝の考えを聞いているのです!
問答などしているヒマなど無い! 」
今更体裁を語るアウロラに、もどかしいように手を振り下ろす。
空を切り、彼女の体裁を一刀両断する様に、アウロラが目を見開いた。
本音で語れと、リリスはそう言っているのだ。
「良いか、私はティルクという国を知らないが、あなたがたはその国の王は野蛮だと言った。
人の命を軽く扱うものだと。
だが! 軽く扱うなら、なぜ後発隊と合流するのだ。
我が国を襲う目的だというなら、合流すべきは先鋒隊だ。
死んでも砦を落とせというのが本当であろう。
ならば、なぜ後発隊か?!
それは兵を守る為などでは無い!
それは恐らく、目的があるのだ。」
「も、目的? だと? 」
「後発隊に、誰がいる? 」
ハッと、女隊長が青ざめた。
「馬…… 馬鹿な…… 」