550、女隊長は腹を決める
その場にストンとリリスが座る。
そこは城主の前だ。両側には騎士や兵士も立っている。
一体何をするのかと、一同はキョトンと見ていた。
「さあ、どうぞ。じっくりお話を聞きましょう。」
「は? はあ? 」
ざわめく謁見の間とも言える広間に座ると、女隊長に向けてさあと手を差し出す。
女隊長は、いや、その場にいた全ての者が戸惑う。
慌てて、側近の1人が前に出てリリスに囁いた。
「巫子様、御館様の御前でございますが。」
「ええ、だからここで話を聞かねば。さあ、隊長様、どうぞ。
ケイルフリントの現状を教えて下さいませ。」
「そ…… んな、敵に情報を渡すわけ…… 」
「敵ではありません。我らは友好国です。
聞かねば歩き出せません、このままでは戦争になります。
それは両国の潰し合いです。そしてその後ろで、それを待っている不届き者がいることは知っています。
ここは、潰し合うより手を結ぶことが両国のためです。
そしてそれは、極秘にすべきです。」
リリスが真顔で見つめる。
女隊長は、目を大きく見開いて、ゴクリとツバを飲んだ。
自分の独断で、それをここで進めて良いのかわからない。
ここにディファルト王子がいればと願う。
だが、ここで逃せば、この人物が関わらなければ。
これは二度と無い機会かもしれない。
これほど戦い以外のことに目を配り、行動する者など、現状他にいない。
ディファルト王子であれば、きっとこの方と手を組もうと仰るはずだ。
違うと仰った時には、責は、私が負えば良い。
女隊長は意を決し、肩に担いだミランダを下ろした。
「部下のいましめを解け。それからだ。」
「なるほど、承知しました。」
リリスが正座して両手を顔の前で合わせ、パーンと柏手を打った。
ミランダがバッと目を見開き飛び起きる。
「 隊長! 」
「うむ、無事のようだな。ここは城の中だ。
お前は下がって皆と共に控えよ。」
ミランダは、女隊長に不手際を土下座すると、そのまま後ろに下がって行く。
リリスがその様子に、女隊長に微笑んだ。
「慕われておいでですね。斥候とは、危険なことも多いでしょうに。」
「だからこそだ。我らは正確な情報を伝えねば、我らを信じて送った兵の命運に関わる。
巫子殿、と仰ったか? この判断は、私個人で行いたい。
後ろの部下は別室に願う。」
リリスが、彼女の決意と後ろの部下達に目をやる。
部下たちは、厳しい顔で女隊長の決意を察し、這いつくばるようにその場に全員が伏し、1人が声を上げた。
「我ら一心同体。隊長の判断にこの命ゆだね、責任を取れと言われた時は、我らも供に死にます。
ここを動く気などありません。」
リリスが隊長を見上げて、返事を待つ。
女隊長は大きく息を付き、彼の前の床にあぐらをかいて座った。
副隊長2人もその両側に座る。
皆が、重責を背負ってここにいる。
だが、城主がその前例のない行動に仰天して立ち上がった。
こんな奇天烈な行動をする巫子など、いまだ見たことが無い。
巫子だけに、地位が高すぎて余計に始末が悪い。
「なぜここで座るのだ。無礼であろう。部屋なら他に用意させる。」
城主が戸惑いながら聞くと、リリスが振り返ってニッコリ笑う。
「急ぐからです、隣国の兵はすぐそこまで来ています。
さ、どうぞ。話を聞かせてくださいませ。
この隣国の急な動きは不自然だと聞いて、私は話を聞くべきだと思うのです。どうぞ。」
城主の自分にも座れという。
驚きで、顎がガクンと下がった。
「なんなんだ、本当に巫子なのか?
なぜ場をわきまえる事を知らぬのか。語りでは無いのか? 」
愕然とする城主トレストに、リリスが見上げて唇に指を立てた。
「このくらいで狼狽えてはなりません。
どうぞ落ち着いて。私は状況を悪化させたくないのです。」
側近の騎士が察して、手を上げ、私がと前に出る。
しかしトレストはそれを制して上座の椅子から立ち上がると歩み寄り、リリスの横にどっかとあぐらをかいて座した。
「これで良かろう。
ここで話をする意味をわしは良くわからなかったが、それは恐らく必要だからこそなのだろう。」
「はい、この話し合いは、恐らくもっと大きな輪になるはずなのです。
これは、ケイルフリントと共に、解決するべき事です。
リリスは、快くうなずいて女隊長に手を差し出した。
「まずは、ケイルフリントの現在の状況をわかるだけお聞かせください。」
リリスは師であるこの城を建てた過去の王ヴァルケンからこの国境の話は聞いたことがある。常に領土争いの戦いであったと。
だが、現状は少し変わっているように感じていた。