549、国と国の話ならば、個ではなく国ごと動かさねば
女隊長が赤い髪の少年に視線を向ける。
ピンクのサッシュをリボン結びした可愛らしい後ろ姿からは、考えられないほどに覇気がある。
少年の後ろには白装束の顔を隠した不気味な男がピッタリと付き、その横には半獣のミスリルが時々こちらを振り返る。
「その、前を行かれる御方は何者か? 」
女隊長の問いに少女がチラリと振り返り、無言で先を行く。
やがて兵が並ぶ巨大な扉の前に付くと、その重い扉がゆっくりと開いた。
「ケイルフリントの捕虜が参りました。」
入るなり、兵の1人が声を上げた。
リリスが慌てて手を振って否定する。
「おや、違います。捕虜などではありませんよ?
失礼致しました。こちらへは代表の御方を。
他の方は後ろに並び、床に座って下さい。」
総勢22人を、ゾロゾロと中へ入れて行く。
だが、帯刀したままで鋭い目をした彼女の部下たちに、城の兵達が驚き思わずリリスに声をかけた。
「巫子様、安全のため、御前を代表のみに抑えて貰えませぬか? 」
リリスがにっこり、首を振った。
「剣は封じてありますし、皆様にお話があるのです。どうか御容赦を、安全は保証いたします。」
「そう仰られても…… 」
目つき鋭く、見るからに腕の立つ捕虜の姿に焦る兵達が、目配せて人を増やし、床に座るケイルフリントの者を囲む。
だがリリスが、彼らに手を伸ばし声を上げた。
「彼らは剣を封じられている。御館様を案じられるそのお気持ち、十分わかっております。
ですが! その狼狽えようは砦を守るあなた方の実力にはそぐわぬもの。
彼らは武器を封じられ、床に座ることで動きも封じられている。
万事100の姿勢で構えずとも良い、通常の守りで願います。」
兵達が、顔を上げて側近の貴族の顔を見る。
側近は苦い顔をしながら、初めて見る本当の巫子かもわからない、この赤い髪の少年に思わず吐き捨てた。
「見知らぬ巫子が偉そうに言う、あなたの事が計り知れぬから信用出来かねるのだ。」
リリスはここに、グルクに乗っていきなり現れて城主に挨拶をしただけだ。
公も半信半疑で、だが、どこの神殿でも見たことが無いこの少年が、聞いたことも無い火の巫子だという。
だが、巫子と言う者を邪険にも出来ない。戸惑いながら、砦城の皆も頭を軽く下げる。
ただ、魔導師の少女だけは、なぜか確信して城主に身の保証をしてくれた。
「巫子様、どうかお力の片鱗をお見せ下さい。
ここにいる凡庸な者達には、あなた様の眩しさなど見えないのでございます。」
少女がそう言ってお辞儀した。
リリスが、どうしたものかと口元に手をやる。
「力と言いましても、どうしたものか…… 」
ふと考えるその頭から、突然閃光を放つうさぎ耳1本の光の球が飛び出した。
「な! なんだ??! 」
「まぶしい! 」「目がつぶれる! 」
それは突然太陽が部屋に飛び込んできたように、目を閉じても、手で目を覆っても光が目を刺すように突き抜け、およそ普通の光とも思えない。
城の窓からも閃光が漏れて、昼間でも見てわかるほどまぶしく光っていた。
「どうでしょう? 私は日の巫子、そうですね、わかりやすく申しますと、燃える火と、お日様の日の巫子の1人です。
わかって頂けますでしょうか? 」
「わかりました! わかったから、どうにかしてくれ! 」
「申しわけありません! どうか! どうか、御静まり下さい! 」
「助けて! まぶしい! 」
真っ白な光に満ちた室内で、頭を抱えて床に伏せる者達の中、1人リリスが光の球に手を伸ばす。
「主様、光をお納めください。皆様、わかって頂けたようでございます。」
ぽよんぽよんぽよん、
飛び跳ねてリリスの手を伝い、ストンとリリスの中に戻って行く。
一瞬で光が消えて、皆うなりながら目を押さえてそっと顔を上げた。
「何だったんだ? 今のはなんだ? 」
「日の神が怒って飛び出してみえました。
このアトラーナで、巫子を信じぬ者の存在など許さぬと仰せでございます。
とは言え、まだ神殿もございませんので、皆様のお気持ちはわかります。
その内、神殿復興の折にはどうぞよろしゅうお願いしますね? 」
にっこり、宣伝までする巫子に一同が顔を引きつらせ頭を下げる。
二度と不躾なことなど言うまいと胸に誓った。
リリスがくるりと、上座の城主の椅子に腰掛けるトレスト公を振り向いた。
4つ頭のドラゴンが雄々しいアトラーナの紋章のタペストリーの前に座る公は、堂々としている。
うやうやしく一礼し、胸に手を当てもう一度頭を下げる。
ここに来るまでに、何をすべきかはマリナと少し話をした。
城内で、城主を巻き込み話す事が重要だ。
なぜなら、国と国とのやりとりならば、個で対応しても影響が少ない。
国が相手ならば、国ごと動かさねば!
そう、結論だった。
リリスとしては異存は無いが、自分がここまで出ていいものかは良くわからない。
だけれども、やると決めたらやるしか無い。
「さて、では早速話を進めましょう。
トレスト様、このたびは柔軟な対応ありがとうございます。」
城主のトレストは堅実な壮年の騎士貴族だ。
ルランの姑息に地位向上ばかりを狙う華美な貴族とは違い、攻めてくる情報にも狼狽えること無く、甲冑を身につけて剣を携えている。
金髪がすっかり白くなっているが、キリリと背筋を伸ばし、かなり鍛錬しているように見えた。
「なに、これも国境を預かる者の勤め。
ビクビクしていてはすぐに戦争になろう。
それでここに連れてこられた本意は? 隣国の情報を? 」
「私はこの戦いを回避出来ないか、事情を知らぬ者故、現状を聞きに参りました。
聞いたあと、何をするべきか考えたく存じます。
トレスト様は隣国の内情はご存じで? 」
「い、いや、そうだな、先代の王子がティルクに捕らわれ、その後もティルクとリトスから頻繁に攻撃を受けているらしいと、そのくらいであろうか。」
「なるほど、複雑な事情がおありなのですね。」
そう言って、キョロリとまわりを見回す。
そして、突然その場にストンと座ってしまった。