546、捕虜にはならぬ、その覚悟
木の上の少女が、キャッと笑った。
その手には長い杖を持っているので魔導師と思われる。
長い黒髪が風になびき、見た目は15,6に見えるが自信に満ちた姿からはもっと年上なのだろう。
「まあ、ご覧なさい、凄いわ。隣国は女性の隊長がいらっしゃるのよ?
あなた賢いわ、剣など精霊相手に無駄な事。無駄に振り回すのは精霊を怒らせるだけよ。」
「それはどうも。」
別の枝に立つ、獣の顔をした青年が、彼女に報告する。
「主よ、これで合計22名、全て捕らえました。」
少女は、何でも無い事のようにうなずくと、フワリと浮いて地に下りてきた。
「じゃあ、城に戻りましょう。お茶の時間だわ。
あなた方も来て頂くわ。ある御方がお話があるそうなの。」
なんでも無い事のように、軽く声をかけて来る。
だが、実際の状況は重い事なのだ。そのギャップが異様に不自然で、彼女たちの気持ちを逆なでした。
「捕虜になるくらいなら自害する。
我らはその覚悟で、皆より一歩先を歩いているのだ。
これは戦争だ! 甘い事を言うな! 」
女隊長が言い放つと、周囲の部下たちも鋭い視線を送る。
「まあ、困ったわ。強制連行かしら? 」
少女が少し首を傾げ、困ったように城を見る。
いつもなら、まあ、勝手に死ねと言いたいところだ。
杖をトンと地に着き、巻き付くツルを締め上げる。
杖をクイと引き寄せるように動かすと、兵達がつんのめった。
「クソッ! この思い通りになど…… なんだ? 」
目前に小さな光がキラキラと生まれ、そこにポッと火が燃えた。
それが大きく膨らむと、揺らぐように言葉を発した。
『 あなた方は本当にこの戦いを望むのか?
私はそれを問いたい。
おいでなさい、あなた方が力になってくださる事で、あなた方の大切な方も話しをしやすくなる 』
「我らの大切な? 奇怪な奴め、貴様は何者か? 魔物なのか?
汝が何者かは知らぬが、戦いを甘く見るな!
わかるか、王が敵国だという国に捕虜になる事の屈辱を!
我らを捕虜にするというのなら、差し違えても死を選ぶ! 」
火の向こうに人が揺らぐように見えて、彼らを指さす。
すると、巻き付いていたつるがハラリと解け落ちた。
『 厄介な事だ。あなた方は情報収集が任務のはず。
この国を知りなさい、恐れを知らぬ者よ。
この国が精霊の国と言われるゆえんを知って、そして報告するが良い 』
すると突然、女兵士の1人が、突然バッと駆け出す。
「イヤーーーッ! 」
剣を取って火に向けて振り下ろした。
「 ガッ! 」
身体にバシンと閃光が散って、硬直する。
その女は、白目を剥くと剣を落としてドスンと倒れた。
「ミランダ! 」
『 戦争など、その言葉一つで命が軽くなる。
だが、あなたはここでの戦いを回避しようとした。
ケイルフリントは、あなたのように無駄な戦いを回避して、少しでも命を守ろうとする民を斥候に使っている。
ならば、話し合いの余地がある。
その方も連れておいでなさい。来たら解いてあげよう 』
女隊長が、ミランダを抱き上げると肩に担いで立ち上がった。
「私だけでは駄目か? 部下はこのまま国へ戻してほしい。」
「隊長! 」「隊長駄目です! 」
駆け寄る兵達の姿を見れば、この女隊長がどれほど信頼を受けているかがわかる。
鎧を着けた女を担いでも揺るがない体躯に、露出する肌に見える傷跡が、大国3つに囲まれ、常に侵略を受けている国としての歴戦の勇者だと物語っている。
『 話をするだけです。あなた方はあの城の中も見たいのでしょう?
ならば丁度いいではありませんか。
愚かな巫子が、城の中に入れたのだとでも言いなさい。
私は恥も屈辱も、この戦いを回避する為ならいとわない 』
女隊長が、ハッとしてツバを飲み、うなずいた。
「わかった。ならば行こう。」
『 お待ちしております 』
火の人は、一礼してポッと消えた。
魔導師の少女が、ホッと息を吐く。
「なんて事かしら、私の術をいとも簡単に解いちゃったわ。
でもね、剣は封印させてもらう。」
トンッと杖を地に着くと、剣はツタが巻き付き抜いてもビクともしない。
手にした斧には、刃にグルグルとつるが巻き付いてしまった。
少女がどうぞと城へ招く。
「どうぞ、ケイルフリントの方々、精霊たちに従って、大人しく付いてきてね。
彼らが本当に怒ったら、私では押さえられないわよ?
そうそう、アトラーナではね、我々を魔導師と呼ぶの。
魔導を使う魔導師。
そして、巫子は神の使いよ。巫子と名を聞いたら頭を下げよ。
それがこの国のしきたり。」
うつむき、上目遣いでニイッと笑う黒髪の少女の青い瞳に、隊長がゾッとして首を振る。
「たちが悪い相手に掴まったか。」
「いいえ、とても幸運だと思って頂戴?
戦いであれば、あなた方は今ごろ土の下よ? 」
クスッと笑う少女を、獣の顔の青年が腕に抱きかかえる。
先になって城に歩き出すと、一行はうなずいてあとを追った。
その頃、西の国境に向かうラグンベルクの隊列に、1人の男が現れた。
ラグンベルクと側近はミュー馬に乗り、ベスレムとレナントの兵総勢300ほどを引き連れている。
前後を守られ、馬車にはお抱えの水の魔導師グレタガーラも共に来ていた。
一行は急行したい旨をくんで、ガラリアの力で途中までを一息に、城から狭間を通って移動してきている。
よってあまり疲れも見えず、砦城へと目指していた。
ただ、この途中というのには訳がある。
砦城にかかるあらゆる魔導に干渉しない為だ。
同じ地に属する魔導師がいる為に、安全圏よりも離れた場所に一行を出現させた。
その男は、急ぐ一行の行く手を遮らないように草原に1人頭を下げて、ラグンベルクの列に自ら声をかける事はしなかった。
だが、その服装は暗い灰色の上下が繋がった無地のシンプルな服で、靴は革を縫って布で膝下まで巻き上げている、見るからに足音のしない作りだ。
顔には口元を隠す覆いをして、普通の出で立ちでは無い。
普通の王族であれば、気味の悪い出で立ちに追い払うだろう。
だがラグンベルクは、チラリと横目でそれを見ると兵に顔を振った。
兵の1人が引き返し、男に何用かたずねると、男は自分はミスリルで、大切な報告が有ると言う。
ラグンベルクは隊列の歩みを止め、その話を聞く事にした。




