543、地位と誓約を約束せよ
神官二人に守られ、マリナが入ってきた。
家臣たちはサッと道を空け、マリナは神官二人に守られ王へと歩み寄って行く。
「あの…… 豪腕が死んだというのか? 」
王が信じられないと口に手をやる。
彼はそれこそ、狂戦士と言われたザレルと互角に戦った、唯一まともな戦いをした戦士だ。
王の覚えも高く、戦士長を長く勤め兵達の人望も厚かった。
「悪霊に殺されたのだ。どんな豪腕も悪霊には敵わぬ。
だから我らが必要なのだ。お前達が代々殺してきた歪みと知れ。
ん? ラグンベルクはどこへ行った? 」
「あれは国境を越えたと連絡があったケイルフリントの対応に城を出た。」
「兵を連れてか。ふむ…… ガラリアが空間転移の魔導を使ったか。
だが、これは一方通行であろう? 」
「そうだ、だが誰かが行かねばならぬ。ベスレムから来た臣下とレナントの者達を連れ、まずはベルクが向かった。」
「王家自ら出たか。豪気な物よ。無謀とも言う。
また何かあっても、我らは動かぬぞ。」
マリナが、近くの椅子に座り足を組んだ。
「で、トランの兵もそちらへ向かっている。とは、聞いたか? 」
一同が、目を剥いて顔を上げた。
「いや、初耳だ。何故知っている? 」
「そうだな、お前達に言うてわかるかわからぬが、見てきたのだ。
国境付近の森を、シニヨンに乗ってケイルフリント側へと向かっている。
位置的に、ベスレム隊は丁度背後から襲われて、挟み撃ちに遭うな。」
指で辿るように交差させ、のんびり告げるマリナに、王が手元の指し棒を落した。
「何騎だ? 」
「私は数に疎い。何しろ黄泉には無数に亡者が押し寄せるからな。
いちいち数えなんかしない。
出兵したトランが別れて、足の速い者達が北上してそちらへ向かった。
そう言う数だ。
まあ、遠く離れた国境の情報までもが伝わるのが早い。
トランの情報網は大したものよ。」
「あなたなら、ベルクに伝えることも可能なはずだ。」
「この私を手先で使う気か。無礼な。」
リリスと一緒にいる時と明らかに違う視線の厳しさに、王が正面を向く。
マリナは薄く笑い、うつむいて上目遣いで睨み付けるように視線を送った。
「私は、協力するとはまだ言っておらぬぞ。
お前から、地位と誓約を取り付けていない。」
「誓約? なんだ、この状況で、何を誓約せよという。」
「忘れたか、火の神殿の再興だ。
お前からは確かに王家の代表として謝罪は聞いた。
だが、まだ神殿再興の話が無い。
赤はその話はまだしなくて良いと言うが、私は腹にすえかねている。
何が大儀であっただ! その一言で済ますつもりか。
約束せよ、神殿建設を優先すると。」
臣下達は、それは当然だと、あの悪霊を消した働きを見ると、もっともな話だと王を見る。
マリナはなにも、巨大な神殿を建てよとは一言も言ってはいないのだ。
とにかく、再興を約束する。それだけでも溜飲が下がる。
ところが王は、肝心な時に大義であったで終わらせてしまった。
こちらは命をかけて闇落ち精霊と悪霊を払ったというのに。
「この騒ぎの後に判断を下す。待て。」
マリナの視線が踊り、静かに立ち上がるとドアへ向かった。
「行くぞ、決裂だ。下らぬ、恩も知らぬ人間が。」
「どこへ行く! この、国の危機がわからぬと…… 」
「お前達人間はわからぬようだが、我ら精霊側には、この国を誰が治めようと構わぬ。
王よ、アトラーナの王よ、お前が我らを見限ったのだ。
我らは何度もお前達に心を配ったというのに。
食い散らかされたこの城さえも救ったというのに!
それを最後のチャンスだと気がつかぬ!
穴に吸われて消えてしまえ。私は赤と共にルランを立ち去る。」
吐き捨てるマリナが歩き出すと、突然王の傍らにいたザレルが足音を立てて向かってきた。
ドアの前に立ち、リリスと変わらない小さな背丈のマリナを見下ろす。
ニコリともしないその巨漢は、恐ろしいほどの圧力で睨み付けると大きく息を吐く。
「なんだ、たとえ赤の養父でも、聞けることなど…… 」
大きく手を広げ、襲いかかるのかと神官二人が思わず前に出る。
だが、その姿はサッと手を胸に当て、ストンと目の前に片膝つくと、頭を下げた。
「必ず、神殿の再興は成す。
たとえ王がならぬと言われても、我ら人間として約束する。
小さな家でも、あなた方がおわすところは神殿。
我が家族が今の屋敷を明け渡してでも、必ず説得を約束する。
我はいち騎士なれど、この剣にかけて、あなた方の働きに感謝して、必ず恩にむくいろう。」
その場にいた王以外の者達が、自然と集まりそろって頭を下げる。
「どうか、我らをお見捨てになられますな。
神殿建設には、些少でも是非とも力になりとうございます。」
「我らのお力に! 」
「どうか! 」
「王のおそばで、どうか我らに御手をお貸し下さい! 」
一同が頭を下げる姿を見て、一人立ち尽くす王を見る。
マリナが、今のその態度では、優柔不断さでは駄目だと大きく首を振った。
「王よ、皆我らを受け入れてくれるぞ。お前はどうするのだ。
いまだ不動であるのは、お前ただ一人。
そうだな、お前が私と手を取ろうというのなら、今我らがどうにも出来ず困っていることを教えてやろう。」
その言葉に、王が驚き、眉をひそめた。
困っているだと? この全知全能の神のように振る舞うこの巫子が?
あれだけの魔物を、一瞬で消し去ったあの子が?
どこか、空恐ろしい物を感じる。
ここまで荒れ果てた城を横目に、これ以上の問題がまだ、どこかにいまだある事が心にズシンときた。




