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541、心臓会議 3

ケイルフリントの国境は、北をティルク、東をリトス、そして西から南をアトラーナに囲まれている。

特に、西はトランとティルク、アトラーナ3国が接する場所で、それぞれが近くに関を設けていた。

アトラーナはケイルフリント側にしてみれば接する三国でも一番国境線が長く、山間と主要道合わせて8カ所に大きな関がある。

二国は元々小国同士でとりわけ問題も無く、前王が娘フェルリーンの婚約を決めてからは良好な関係を保っていた。

ただ婚約の相手が王子からベスレムの領主の息子に移った事が、現ケイルフリント王は身分が釣り合わないと不満な様子だが、誰彼に取りなされて認めることで落ち着いた。

以降は特にベスレムとの交易が活発になっている。


アトラーナは小国だが、神殿があることで人の出入りと交易は活発で、ケイルフリントの木工製品とベスレムの絨毯がそれぞれの国を介して取引され、特にケイルフリントにはそれまであまり販路がなかった木材が川を使って運ばれるようになり、販路開拓で明るい兆しが見えるようになっていた。

だからこそ、この侵略はアトラーナ側にとっては思いがけない物で、ケイルフリントの民にとっては冷や水を浴びせられるようなものだった。



「800か…… 少ないな…… 」


弟のフレデリク王子が伴う兵が800と聞いて、ディファルトが呆然と天を仰ぐ。

先発隊も、もしかしたら1500と聞いているが、満たしていないのかもしれない。

その数で侵攻しようというのだから、父王は何を考えているのか。

金も足りず、人も足りず、何より食料が足りていない。

王は知りながら目をそらしている。

絶望的な状況に、大きく息を付く。


私が王を説得しよう。


喉から手が出るほどに、その言葉を皆が待っているのはわかっている。

だが、それは無理なことも皆知っている。

ディファルトがそれを行うと、悪くすれば幽閉されてしまうだろう。

王子はだからこそ、こうして秘密会議で凌いでいるのだ。


「誰か、この戦いを民衆がどう思っているのかを知る者はいないか? 」


戦士の2人が手を上げ、王子が指さす。

いかにも酒場にでも行きそうな者達だ。


「実は、後発隊の見送りの時、町にいたのですが、あまり歓声も上がらず。

市場にも食料が少なく高騰してきております。

疑問を持つ者の声が大きく聞こえました。」


「生活に困窮する者が増えてきております。

あと物資不足の一因かと思いますが、アトラーナから入っていた食料が城の異変あたりから入らなくなってきたと。

戦支度かと思われる買い占めがあったとかで、我が国へ安く卸していた分が無くなったと市場の者から聞きました。」


「アトラーナ内でも戦支度か。」


「アトラーナは精霊の加護があるので、平和の中で大きな災害も無く安定した食物の生産が行われています。うらやましいものです。」


王子が顎をさすり考え込む。

燭台のロウソクに目をやった。

ロウソクの近くにいる者が、長さを見る。

すでに、傷を入れた部分は溶けていた。


「過ぎております。」


王子がうなずき、顔を上げた。



「ふむ…… 戦いから無縁のアトラーナであれば、攻め込めば勝てるやも知れない。

だがそれは、精霊が介在しなければの話だ。

アトラーナの城は現在どうなっているのか情報が無いが、先日の世界が真っ白になった状況は、長老によれば何か力の強い巫子が現れたらしい。

強力な巫子が生まれた事は、結果、状況は改善しているだろう。


私は、アトラーナと戦争をしたくないのだ。

先日、星占で巫子と会話せよと出た。

それが妙に引っかかる。一体どの巫子のことなんだ?

地の巫子か? 水の巫子か? で、誰が間を取り持ってくれる?

こっちは侵略しようって国だぞ?巫子なんて絶対会えるわけが無い。」


「先鋒隊1500は、すでに国境を越え、ルランへ向かっています。

まずは西の関を陥落させて城への道を切り開き、後発隊とティルクの援軍と共に城になだれ込む計画です。」


「戦うな。と、私は言いたかった。だが、もう遅い。

私は父とは意見が相容れない。まるで水と油だ。」


「まことに。」


ククッと側近たちが笑う。

だから、こうやってコソコソ集まって話し合うのだ。

王子は王に疎まれて、世継ぎなどと呼ばれたことさえ無い。

しかも、やもすれば、語る内容は反乱罪になる。


「で、どうなさるので? 」


「父にとって、世継ぎは私では無く、捕らえられたままのアレクシスだ。

飽きられ絶望して自害した先妻の子の、私の行動など眼中にない。

よほど素直で可愛い腹違いの我が弟は、父の思う王になるだろう。

私はすでに失脚したも同じ、王子など飾りの身分でしか無い。

アレクシスが戴冠すれば前王の長男と煙たがられ、ろくな役職も貰えず僻地の領主にでも飛ばされる運命さ。

父はアレクシスが戻れば、すぐに玉座を彼に渡したいと思っている。

アレクシスに何かあれば、弟を世継ぎに担ぎ出すだろう。

私もそれで構わん、せいぜい国の為に自由に動くことにする。

と、言うわけで、諸君、私はグルクで先鋒隊の視察に向かおうと思う。」


側近たちが、厳しい顔を上げた。

視察が、ただの視察では無いことなどわかりきっている。

彼は、王家、もしくは巫子と話し合うつもりなのだ。

戦いを回避する為に。


「どうか、同行させてください! 命に変えてもお守りいたします! 」


「私は早いグルクを持っております! どうか連絡係でもお使いください! 」


「私がお守りします! どうか! 」


次々に家臣たちが手を上げ、声を上げる。

王子は呆気にとられ、苦笑してうつむき、小さく首を振った。


「お前達、私の話を全然聞いてないだろう?

私について来ても、何も良い事などないぞ? 出世などまず関係ない。

機嫌を取るなら弟にしろ。」


「王子、出世の為だけに生きているわけではありませぬので、お構いなく。」


隣の側近が、胸に手を当てお辞儀すると、皆もそろって頭を下げる。

王子が笑って、やれやれと首を振った。


「やれ、出世欲の失せた者ばかりで、我が国の行く末が思いやられる。」


大きく息を吸って、吐く。


「だが、頼りがいのありすぎる者共よ。人選に困る。」


クスクス笑い声が漏れ出る。


「よし! アラン、セドリック、クラレンス、アシュリー、供を頼む。

あと、友人の魔術師のバートを連れて行く。嫌だと言われたら諦める。

食料は各自準備しろ。野宿の準備もだ。俺の気まぐれに振り回される覚悟で来い。

出発は明日の早朝、日の出と供に。準備にかかれ。

残る者達、後は頼むぞ。」


「「「「  承知いたしました!  」」」」


ディファルトが、厳しい顔を上げる。

父が何故こんな暴挙に出たのか、それは計り知れない。

ただ、ティルクから王子が来て会談したあとに、急にこの計画が持ち上がったことを考えると、人質のアレクシスを巡って、何らかの取引が有ったのかもしれないとは思う。

それだけアトラーナの存在は魅力的なのだろう。

だが、それでも、だが、と言わねばならない。

民の命と飢饉を引き換えにするのは、あまりにも重すぎる。

重すぎるのだ、アレクシスよ。

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