540、心臓会議 2
ベスレムを無視してアトラーナに侵入したというリトスに、王子ディファルトが怪訝な表情を見せる。
リトスは好戦的だ。王子が多く、常に跡目争いのために何かしらの戦果を上げようとしてくる。
我が国ケイルフリントは、何度も攻撃を受けて、そのたびになんとか侵入を阻んでいるのだ。
他の者が手を上げ、王子が指さした。
「ベスレムの産業は、かなりリトスに珍重されていますので。
昔、絨毯職人がリトスに誘拐され、命を落とした事で絨毯の流通が止まり、リトスがねを上げた経緯があります。
侵略するより同盟を結ぶでしょうから、慎重に対応しているのでしょう。」
「我が国も、質の良い絨毯はほとんどベスレムです。」
「あれはよいものだ。」
「ベスレムの、絨毯か……
ベルク公は何も無かった僻地に、産業を興し、精霊に頼らない価値を生み出した。
見習うべき手本だ。」
「ですがベルク公は、兵を連れ、本城に向かい現在留守です。
今攻め込まれたら、簡単にベスレムの城は落ちると思いますが。」
今、この状況で領主が留守にするなど、普通なら考えられない行動だ。
だがラグンベルクは、思いがけない行動を起こすからこそ、何かあるのでは無いかと警戒もするだろう。
「ふむ…… ラクリスは父に劣らぬ賢者だ。心配いるまい。
私は彼の所へフェルリーンが行って良かったと思っている。
アトラーナの世継ぎには昔会ったが、気弱で一人で判断も出来ない。
従者任せで力不足が否めなかった。
大切な従妹が共に首をはねられるような事になっては敵わぬ。
よい情報であった。次」
先ほどの3人目の男が手を上げ、指さす。
「ティルクが接する西のトランが、国境部隊をかなり強化していると話が来ています。
トランの出方は不明です。
トランは長くアトラーナとは対立していますが、ティルクとの関係は良くも悪くもありません。二国は距離を取っているように感じます。」
「ふむ、だがトランは王が引いて王子に玉座を譲ると、知らせが来ていたな。
対応がどう変わるかわからん。
注視したが良かろう。次。」
身分の低い一般兵が、おどおどしながら小さく手を上げる。
構わず王子が指さした。
「あの…… 1000の後発隊を率いて、フレデリク王子が昨日出発されましたが……
実は、食料を満足に準備出来なかったと、ある兵長の会話をコッソリ聞き及びました。
あの、こっそり盗み聞きのような…… 感じですが。」
「なに? 初めて聞いたぞ、よくぞ申した。
王家の旗を揚げて率いる隊なのだぞ? 準備の責任者は誰か! 」
「確か、エミール卿が物資の管理責任者でございます。」
「卿はどこか? 」
「東の村で別の種類の芋の備蓄があると聞いて、自ら分けて貰えないか交渉に行くと、お出かけになられました。」
王子が、大きくため息を付いた。
「奔走して、結果がこれか。それでは責めることも出来ぬ。
不足あれば略奪か。芋と麦は不作なのか? 」
「はい、特に芋は雨が続いて、かなり不作になっていると聞き及びます。戦が無ければなんとか賄える程度だと聞いたので、安心していたのですが、王は決起されてしまいましたので。」
「略奪は禍根を残します。
ですが、王はそれで良いと仰せです。」
思わず、天を仰いだ。
父は知っていて許したのか。
フレデリクに盗賊のような真似をさせる気か。
ああ、本当に礼を言うぞ、父上。 俺は、あなたのようにはなるまい。
「あの…… 卑怯な形で、申し訳なく思いますが。
本当に、申しわけありません! 失礼致します! 」
話した一般兵の青年が、おどおどして頭を下げると後ろに下がる。
「待て! 何故下がる。謝罪する必要も無い。
お前は告げ口でもしたと思うか?
そうではない、お前は上の者の苦況を見て、我らにも知らせねばと思い情報を提供したのだ。
それで良い。ここはそう言う場所だ。
語るに勇気が必要であったろう。よく話してくれた。
それに、この会議のドアは簡単に開かぬぞ。
途中で立ち去ることはなかなか許さぬ。覚悟せよ。」
「は…… はい。」
ふふふと小さく笑う声がして、その青年の肩を横の者たちがバンバンと叩く。
青年はまわりを見上げ、ホッと息を吐いてその場に留まった。
「ここへ来て、食糧難とは…… 」
側近がぼやく。
「食糧難は、誰のせいでもない。苦渋のまま出発するしか無かったのだ。
エミールは、彼らが出発してからも奔走してくれている。
私は皆がよくやっていると思う。
皆に重ねて言う。
ここで語ることを告げ口だと思ってはならん。
必要なのは、現状報告だ。
ただし、人の悪口など聞いている暇は無い。穴掘って叫んで埋めろ。」
笑い声が漏れた。
自分たちもそんな物聞きたくない。
「私は食糧難を初めて知った、父はほとんど私に情報を渡そうとしないからな。
お前達も初耳ならば、父が混乱を恐れたのだろう。だが、知っておいた方が良い情報だ。
助かったぞ。まさに、これを開いて良かったと思う。
食料の上に人員不足か。」
正面の貴族が手を上げた。王子が指さす。
「では、実はこれも聞いた話ですが。
後発隊で兵力かき集めてなので、実は、1000ではなく、本当は800だと聞いております。」
「 は? 」
あんぐり、王子が魂抜けた。
一同が、思わずざわめく。その貴族は口元を手で覆い、視線を走らせ言葉を続けた。
「実は、当方の商いを通して出入りの商人が多いので、傭兵のツテが無いかとたずねられまして。
これ以上は平民を駆り出しての増援となるので、傭兵はどうかと。
そこで訪ねてはみましたが、芳しくなく。
最近はリトスが相場を上げて集めていると言う噂で、金がかかりすぎます。」
「今度は金か。
ああ…… 出発式の時、なんだか1000にしてはと思ったのだ。
200も少ないだと?…… 誰か後発隊を国境を出る前に止めろ。」
「それは沽券に関わるかと。」
「じゃあどうする! 」
王子が顔を上げて皆を見回す。
皆、表情が暗い。
元々この国の人口は少ないのだ。
その上、リトスから2度の侵攻を受けて負傷も多く、兵が疲弊している。
リトスは兵の数が遙かに多い。
相手は山での戦いに慣れていないだけに、数々の罠を仕掛けて退却させた。
知恵を絞ったのだ。
なのに、父王はそれをわかっていない。
国を守るだけで精一杯の兵力しか無い。
国力が、戦いでどんどん削られ風前の灯火だ。
侵略なんかする余裕はない。
元々大国からの侵略から国を守ることが出来たのは、山が多い地理的条件を有利に戦い慣れていたからだ。
面と向かって戦いとなると、ただの消耗戦になるに違いない。




