54、セフィーリアを呼ぶ声
「終わったのか?」
「もうしばらくお待ちを。気を整えねば逆効果です。」
小さく唱えながら丁寧にリリスの身体を撫で、しばらくしてようやく息をつく。
「これでよい。地の精霊よ、感謝します。」
イネスが葉を散らした木に平伏した。
サファイアが渡した懐紙で、イネスが地面に刺した剣を拭いてサヤにもどし、静かに寝息を立てるリリスの頬を指で撫でた。
「良かった、間に合って良かった。本当に、死んでしまう所だったぞ。」
リリスの身体は生気を取り戻し、呼吸が落ち着いて静かに寝息を立てている。
イネスが振り向き、セフィーリアに一礼した。
「終わりました。これでしばらく眠れば元に戻るでしょう。」
「おお、おお、やはりお前に来てもろうて良かった。礼を言うぞ、イネスよ。」
セフィーリアがリリスを抱き上げ、ギュッと抱きしめる。
「本当に、死んでしまうかと思うたぞ。心配させおって。」
「私が部屋へお連れします。」
ガーラントが横から声をかける。
「頼むぞ、そっとな。」
セフィーリアからリリスを受け取った時、彼女がハッと空を見上げた。
「どうか?」
「いや……ザレルが、わしを呼んでおる。」
「何かあったのでしょうか?」
セフィーリアが、眉をひそめて唇をかむ。
「うぬ、これは……いかん。
まったく、何故わしの子供達は無理をするのじゃ。」
どうしたものか、空を見上げた。
子供達……
確か、ザレル殿には娘がいたはず……
ガーラントが眠るリリスを見て、セフィーリアに目を移した。
「ここは我らにお任せを。どうぞ本城にお戻り下さい。お嬢様の危機なれば、それは人間ではどうしようもない事でありましょう。」
「ならぬ、それは敵の魔導師の思うつぼであろう。
近く隣国から使者が来る。
魔導に対して強固であらねば、この国に明日はない。そのための精霊王じゃ。」
「しかし……では他の精霊王殿は?」
「むう……」
だが、地のヴァシュラムは日本にいるし、水のシールーンは人嫌い、火のフレアゴートは来るはずも無い。
「セフィーリア様!我ら地の巫子にお任せを!
力が足りぬ時は、無理矢理でもヴァシュラム様を呼び寄せまする!」
イネスが多少イラついた口調でグッと拳を握った。
気が短いだけに、さっさと行かない風のドラゴン相手にイライラする。
セフィーリアが、そんなイネスに苦笑して一つ大きなため息を漏らした。
「元気でよいのう、イネスよ。お主の余った元気をリーリに分けておくれ。
この子は時々我を捨てて無理をする。
イネスよ、このレナントと私のリーリをお主に託そう。
シールーンにも、私から手を貸すよう告げていく。用が済んだらすぐに戻るゆえ、頼んだぞ。
では、わらわはガルシアに一言告げて本城に戻るとしよう。」
「は!お任せを!」
イネスが頭を下げる。
セフィーリアはリリスの頬にキスをして、風を巻き白い精霊の姿で空に飛び立つと、ガルシアを捜して外から城を飛び回りやがて消えていった。
「では、リリス殿は部屋へお連れします。」
「ああ、たのむぞ。」
頭を下げるガーラントにイネスがうなずいて振り返り、一同を見渡す。
「確か、ここには魔導師グロスがいたと記憶するが。」
「はい、先ほど確認しましたが、もう一人の魔導師の治療を行っているようです。」
「治療?まだ弱っている者がいるのか?」
「は、魔物に捕らわれていたとか。」
「魔物?」
「はい、リリス殿が聖なる光の矢でお救いになったとか。それは大変な……」
イネスがわなわな手を握りしめる。
「あ、い、つ、は〜〜〜馬鹿かっ!」
ドカッと横の壁をゲンコツで殴った。
「いっってええっ!!」
「壁は固い物と決まっております。」
サファイアが頭を下げる。
「わかってる!
あの馬鹿、あんなけがれを身につけて聖なる力を呼び出すなんて、ほんとにバカッ!
あんな物ずっと身につけてたら、回復できないのは当たり前だ!
ええい、兄様が来る前に一度公へ挨拶に行くぞ。
それからもう一人の魔導師の様子を見に行く。」
「は」
振り向き、近くにいる若い騎士のミランをビシッと指さす。
「おい!ガルシア殿の元に案内せよ!」
いきなり指さされたミランはあたふたと周りを見回すが、周りの騎士はひょいと小さく肩を上げて首を振る。
「あの、御館様をお探しして、お迎えに参りますのでお待ちを……」
「俺は待つのが嫌いなんだ。さっさと適当な場所に連れて行け!」
「ええっ!そう言われましても……あのう。」
煮え切らないミランに、イライラしてイネスがずかずか近づいてゆく。
そして腕を掴み、右に回廊を歩き始めた。
「いいから歩け、歩けばどこかで当たる!」
「し、しかし、あの……」
「貴様は、あのあのとうるさい!はっきり物を言え!」
「では申します。御館様のお住まいと執務は左の建物でございます。」
ピタリとイネスの足が止まる。
怒られるかとビクビクしているミランに、くるりと振り向きにっこり笑った。
「わかってる、俺はお前を試したんだ。
さあ、案内してくれ。」
「はい、承知いたしました。」
ミランがホッとして先を、城内の案内もかねて歩きだす。
あとを行くイネスに、サファイアが声をかけた。
「大人になられました。方向音痴は相変わらずですが。」
「お前はいつも一言多い。」
「は、ありがとうございます。」
「ほめてない!」
ビクッとミランの肩が震える。
しかし、振り返る勇気はなかった。
清々しい見た目と性格のギャップがこれだけ大きいなんて、なんだかよくわからない人で気が重い。
早く離れたい。
「おい、ここは何の部屋だ。」
「はい?」
振り向くと、一つドアを開けてのぞいている。
そして返事も待たずに、好奇心満々でまた次のドアを開けて中をのぞきはじめた。
「ああ……」
なんて変わった人だろう……
不意に捕まったことを後悔するミランは、以後出来るだけ離れていようと誓うのだった。