537、情報の共有
食事の用意された部屋で、席に着くとレスラカーンが口を開いた。
「では、今日は忙しい一日となろう。
まずは食事をいただこう。
その後、地の神官の方にもおいで頂き話を進めるとする。
ライアはまだ目覚めないが、心配ないと言う事だ。
安心して皆も食事を進め、その間、頭を整理して話を頼む。
では…… 、皆、よく無事で戻った。
我らの無事を感謝して、汝らの働きに、手を貸して下さった精霊に、無事の朝の訪れに感謝して、ここに称える。」
レスラカーンがグリアと呼ばれるグレープ色のジュースのグラスを掲げると、皆がグラスを掲げる。
「 我らがアトラーナの為に 」
「「「「 アトラーナの為に 」」」」
リリスがそれを見つめ、共にグラスを上げて一口飲んだ。
疲れ切った彼らの表情が、輝いて見える。
逃げてきた彼らの行いが、失敗かというと失敗ではないように思える。
それはこれから聞く話の内容の濃さが、情報を得る事の大切さを教えるのだろう。
だが、王家の者、自ら赴く事はどうなのだろう。
彼の出発時に、館にいたなら止めただろう。
恐らくは、私が止めたら皆が止めた。
だが、私はいなかった。
これは運命だ。僕は自分にそう言い聞かせて、後悔をしてこなかった。
こうすれば良かった、それは、終わった後で考えても仕方が無いことだ。
失敗したら先を考えないと、好転させる道を考えないと、僕には必ずムチが待っていたから。
後悔するのは余裕のある者だ。僕には直後にせっかんが来るので、後悔なんてする余裕がなかった。
でも、後悔では無く、どうするのが良かったかを考えることは重要だ。
そもそもを考えるのも大切だ。
何かもっとやり方があったなら、何なのか。
王家が赴くに値する加護が最初からあったのか、機転による偶然だったのかを判断して、今後に生かせなければ死者を生んでしまう。
そうだ……
我らには、判断して過去に生かせる賢者が必要だ。
そんな人間が、城にまだ生き残っているのか…… いや、そもそもそんな人間がいたのなら、城があんな悲惨な状況にはならないはずだ。
人材を、これから見つけなければならない。
リトスの軍は、今も城に向けて進軍している。
途中の村や町を襲わないとも限らない。
守らなければ。
いや、それを守るのは、人間たちの仕事だ。
もう悪霊はいないのだ。
深入りすれば、玉座が近くなる。
そんな気がする。
私は、私には、玉座などに座っている暇は無いのだ。
私は、苦しんでいる眷属を解放して、神殿を復興させたい。
彼らを自由に、一刻も早く。
なのに、ヴァシュラムが今どこにいるのかさえわからない。
食事に入ると、談笑するかと思ったのに、黙々と食事を進めている。
レスラカーンの表情は、時々目を閉じ小さく首を振る。
考えているのか、後悔しているのか良くわからない。
神殿の少年が介助に付いてくれたので、ここでは心配ないが彼にはライアの代わりが必要だ。
確かに、彼が玉座に着くならば、まわりが信頼出来る者でいなければならない。
真実が目でしか確認出来なければ、そこに介助者の誤解や思い込みがあれば、真実が伝わらない。
この人は、それでも今まで人を信じて乗り切ってきたんだ。
凄い人だ。もう、生きてるだけで凄い人だ。
でも、王となればどうなんだろう。
リリスが小さくため息を付いた。
残る、王になれる男子は…… どのくらいいるんだろうか。
ガルシア様は…… 確か、分家だったろうか。あの方は最適だと思うけれど、どうなんだろう。
でも、まだ、まだ猶予はある。
何よりまだ、王は自分を息子と認めていない。
早々に食事が終わり、テーブルには水差しとコップが残された。
リリスが、3人のカップが空っぽなのが気になって落ち着かない。
自分で注いで回りたいくらいだが、そんな事、神官が許さないだろう。
すると女官が気がついて、水をグラスに注いで回る。
「いや、私はもう。」
「申しわけありません、巫子様のお気を煩わせてしまいますので。」
皆の視線がリリスに向いて、クスリと笑う。
リリスが真っ赤になって、神官がジロリとにらみを利かせた。
「すいません、悪いクセが出てしまいます。」
「なに、気が利かぬは我らの方でございます。どうぞご安心を。」
馬鹿にされたのでは無いことにホッとする。
自分はいいけど、神官たちが恥を掻く。
「失礼します。地の神殿からは、神官アキレウスと、守護者バーデン、そして司祭レナートが同席させて頂きます。」
地の神官たちも部屋に来て席に着く。
「よろしく頼む。では、始めようか。」
一同が揃い、レスラカーンが立ち上がった時、またドアが開いた。
「お待ちなさい、私も話を聞きます。」
パドルーを従え、イルファが姿を現す。
レスラカーンが胸に手を当て一礼した。
「これは巫子殿。私の大切なライアが世話になりました。
あれが今も生きているのはあなた様のおかげ、感謝します。」
「巫子として、当然の事。無事でようございました。
私も話を聞きます。よろしくて? 」
「もちろん、今後もお力添えを頂ければ幸いでございます。」
「ええ、わかっています。話次第では私も、城へ向かいましょう。
パドルー、水盤の準備を。
ルランの城とも繋げて、王にもお話を聞いて頂きましょう。」
「おお! 本当ですか?! 」
「それは有り難い! 」
「それは助かります! あなたがいてくださって良かった。」
「友人の助けになるのでしたら、いくらでも手をお貸ししますわ。」
イルファが顔も隠さず、ポッと頬を赤くする。
「ありがとう、イルファ。」
レスラカーンが、明るい顔で微笑んだ。
「イルファ、体調はどう? 」
リリスが話しかけると、パッと笑みを浮かべてグーを出す。
「一晩寝たら、全回復よ! リリ、頑張りましょ! 」
その元気に、男たちが目を丸くする。
彼女は見かけ以上にタフだ。
テーブル上に水盤を置き、さっそくイルファが水鏡を作りはじめる。
王の声が聞こえると、リリスが顔を上げ、目を輝かせた。
「素晴らしい、これでこそ精霊の国。
戻ってお伝えするのと、今お伝えするのでは雲泥の事。
これできっと、最も重要なリトスのことが皆に伝わり、何をすべきかがわかるようになる。」
すでに体を成していない城の守りと残った少ない兵力で、どうするかのは自分にはわからない。
でも、一つでも、情報があるのはきっと助けになる。
レスラカーンが、青い瞳を真っ直ぐに前へ向ける。
見えないことを感じさせない、その力強さが、皆に力を与えているように感じた。