536、巫子服を仕方なく着る
浴槽を出て、身体を拭いて風呂を出る。
ハッと着替えを見ると、そこには巫子服しか無かった。
「えっ、なんで? これイネス様と同じですよね? 僕はまだ巫子服は着られませんと言いましたけど。 」
風呂番の少年は、無言でその場にスッと立っている。
スタスタ歩いて1人の前に行くと、リリスがにっこりした。
「申しわけありませんがトーリア様。あなたの服、お貸し願えませんか? 」
「様は不要でございます。お断りいたします。」
ニッコリ、ギリギリにらみ合う。
「赤様、とにかく下着だけでも。」
横からパンツだけ履かせてもらいながら、視線を外さずにらみ合う。
オキビがパンツの脇の紐を結びながら、チラリと双方を見てどうしたものかと思う。
「服をお貸し下さいませ。」
「お断りいたします。」
声高らかに、お断りが続く。
横から、オキビが巫子服のズボンを広げて首を振った。
「諦めなさいませ。上着を何かお借りしましょう。
さ、冷めないうちに下を。」
仕方なく、ズボンをはかせてもらう。
腰の横で紐を結び、両足のすそを軽く絞って紐を結ぶ。
それでもまだ納得出来ないのか、苦虫噛みつぶしたような顔で恨み言をつぶやいた。
「うぬう〜〜おのれ〜〜地の神官、許すまじ。」
「ささ、お手をお通しくださいませ。」
グレンが、横からなだめて下の7分袖のシャツを着せる。
まさに、真っ白の白装束だ。
こんな真っ白い服はこの世界、貴族と巫子と王族くらいしか着ることは無い。
「うわあああ、恐れ多くて死にそうです。」
グレンがふと見ると、リリスの肌に鳥肌が立っている。
よほど嫌なのだろうが、いずれは着なければならない物だ。
一目見るとわかる、これは精霊の織物だ。
シャツの上に、長方形の一枚の布でドレープを作り、肩に巻いて肩とワキをブローチで止めて腰の丈のヒラヒラした上着、キトンを作る。
グレンの手つきは慣れているので、昔から巫子服はこれなのだろう。
結局リリスは怒りの表情で、ギリギリしながらとうとう着せられてしまった。
ただ仕上げに地の神殿の意匠の付いたベルトを着けようとすると、それは頑として拒否した。
上着が一枚布なのでベルトで止めないと、ヒラヒラしてどうにも落ち着かない。
「そんな上等のベルトなんていりません。このままで結構! 」
外廊下に出ると、ピュウウッと風が吹いて、上着が広がり、下のシャツ共々バサッとめくれる。
風呂上がりの冷たい風に、ぶるっと震えた。
「お腹が寒い! だから着たくないって言ったのにっ! 」
「ああああ、お待ちを。とりあえずはこれでご都合下さい。」
はたでどうなるか見届けていた地の神官が、廊下を追いかけてくると、近くの女官に都合してもらい、とりあえずとピンクベージュのサッシュをグレンに渡した。
しかし、なんだか女物なので長すぎる。
仕方ないので、後ろでリボン結びしたら妙に可愛い。
「え、どうです? さっきよりマシですか? 」
「えー、ええ、お似合いでございます。城に戻ったらお着替えなさるでしょうから。よろしいかと。」
「当然です、これはイネス様にお返しします。」
ぷいぷい腹を立てながら前を歩く。
すると途中で合う女たちが、妙にニコニコしている。
「リリス様じゃありませんか、お久しい。
あらあら、お可愛らしいこと、良い朝でございますわね。」
「まあ! お可愛らしいわ! ほら、ご覧になって。」
「まあ!本当に! 」
「あら! まあ! お可愛らしいこと! 」
可愛い可愛いと会う人会う人に言われ、死んだような目で振り返った。
「なんか、地味〜な上着を都合してください。」
「承知しました。」
『赤は往生際が悪いよねえ〜 』
青が心の中でケラケラ笑ってる。
「マリナ、イネス様のことなにかわかりましたか? 」
『心配いらないとだけ言おう。今後の行動はアリアドネに伺い立てねばならない。地のトラブルは、地で解決するだろう。
我々は、依頼がない限り、地のもめ事には手を出さない。
ただ、現状だけはガラリアに聞くといい。ガラリアは、アリアドネと同化している。実体は城にあるが、霊体で神殿に行くことも可能だろう。』
「ガラリアとは、セレス殿のことだね。」
『そうだよ。赤、眷属のことで、ガラリアに苦々しい物を感じるのは見当違いだ。眷属を閉じ込めたのは、ヴァシュラムだったんだろう? 』
「そうだよ、その通りだ。でも、彼は関わっている。
そして、意見出来る立場にいながら、これまで沈黙したのだ。
この胸のざわめきは、どうしようもないのですよ。」
『見てきた赤に、見ていない私が何を言っても軽い物だ。辛いね。
赤、早く帰ってきて。』
「うん、彼らに話を聞いたら、急いで城に戻るよ。」
『待ってる。』
息を吐いて、顔を上げる。
心配ないという言葉を信じる。
今は、それしかすべが無い。とにかく、何が起きたか状況を詳しく知りたい。
「さて! 食事して、皆さんに話を聞かなくては。
帰るのはそれからです。」
廊下でレナントの戦士2人が待っていて頭を下げた。
「おお、巫子服がお似合いでございますな。」
「無理矢理着せられました。」
苦笑してヒョイと肩を上げた。
ため息しか出ない。
「レスラカーン様が、食事を取りながら話をと仰っています。
準備はあちらに出来ているそうです。」
「では、あなた方もご一緒に。」
「恐れ多いですが、ご一緒させて頂きます。」
「とんでもない、私は服が替わっただけです。お気遣いなく。」
案内されて、一室に招かれる。
そこにはすでにレスラカーンが座し、ベスレムの戦士2人がリリスを見ると立ち上がり一礼した。
「これは! 巫子服がお似合いで。」
「お気遣い無用です。私には過ぎた物です。」
「何を仰います。巫子なれば、巫子服に身を包む物ですぞ。
我らからすると、ようやく馴染んだお姿で拝謁出来るという物。
深く考えなさるな、それが自然なお姿です。」
ベスレムの二人がそう言うと、レナントの二人もしきりにうなずく。
そう言われると、リリスの心も軽くなった。
「巫子様はこちらへ。ご無礼はお許しください。」
「え? え? 私は端っこでいいのですが。」
「さあさあ、どうぞ王子の隣へおかけ下さい。」
レスラカーンの隣へと椅子を引かれて、尻込みすると後ろから押されてストンと座る。
すると、レスラカーンが腕をトンと叩く、その手を握るとギュッと握り返して来た。
「さあ、朝が来た。頑張りましょうぞ巫子殿。」
「はい。」
レスラカーンが微笑んでうなずく。
この人は、本当に強くなったと館に来た時の頃とは別人のようだと思った。