534、友人であり、家族ですから
思わず声を上げたリリスが、パシッと、ライアを見て口を塞ぐ。
二人は、リリスの前に来ると片膝ついてリリスの手を取り額に当てた。
「赤様、お迎えに上がりました。」
「随分早いですね。え? 休み無しで飛んできたのですか? 」
「我らは守でございます、しばし離れるしか無かったこと、お詫びを。」
「いや、昨夜は突然いなくなって申しわけありませんでした。
ご心配おかけしました。」
「お食事は? 」
「まだです。」
神官と話していると、白い上下のしっかり張りのある生地に金糸で百合の意匠の刺繍に紺の縁取りのあるコートを着た壮年の男が現れた。
一目で身分の高いとわかる、地の神官だ。うやうやしく、ゆっくりと頭を下げた。
「昨夜はお疲れでございました。我が術師に手をお貸し頂き、恐悦至極に存じます。
火の巫子殿、アリアドネ様より支度に手をお貸しするよう言付かっております。
昨夜の一件で血の臭いが染みついておられるかと存じますので、お着替えの準備を致しますので、どうぞ湯浴みをなさってください。」
「はあ、」
地の神殿の偉い方が頭を下げるなんて、自分としては嫌な予感しかしない。
「あのー、ですね。
お着替えの予感が巫子服しか浮かばないんです。
が! ふつう〜の服を貸していただけないでしょうか?
え〜、ふつ〜〜〜〜 の服です。」
「ですが、巫子様は巫子服と、決まっておりますが。
何がお気に召されませんので? 」
すました言い方に、リリスがモジモジ口ごもる。
「だって、まだ、心の準備が、なんだか、落ち着かないし。」
オキビが、心得て前に出た。
「我らが巫子様は、まだ落ち着いた場所も決まっていらっしゃらないのです。
ならば、あまり目立たぬ方が良いのでは無いかとお考えでございます。
どうか、動きやすく清潔な服であれば十分です。とお考えかと。
後々お世話になることもございましょう。
その時にお力お貸し願いたい。」
リリスが、パアッと明るい顔になった。
ピョンとオキビに飛びついて、指を立てる。
「そう! まさにそうなのです!
今は他国も攻め入り混戦模様。
そんな時に目立つ巫子服では、いきなりブスーッと刺されるやも知れません。
地の巫子様はお強いですが、私などほら!お掃除くらいしか出来ませんし!
なので普通の服下さい。
あれ! あれがいいです。」
手で指すそれは、庭の向こうで掃除する、下働きの見習い服だ。
見習い服は、麻色のナチュラルベージュの上下で、下働きで汚れても目立たないようになっている。
だから、白ではない。白は身分の高い者しか着ることが出来ない、特に純白は精霊の生み出した生地だ。
「駄目です。」
きっぱり断られた。
「 え〜〜〜、ケチですねー 」
グレンとオキビが目を丸くする。
神官が目を光らせ、髪を逆立てて一喝した。
「ケチではありませーん! 白い服には魔除けの効果があるのです!
ちゃんと理由があって…… こらー! ちゃんとお聞きなさーい!
リリス殿、あなたの性格は幼少の時からのお付き合いですから重々承知しておりますぞーー!
いいからお風呂に入りなさーーい! 」
「はーい、でもアキレウス様、巫子服はいや! ですからね!
断固拒否します! 」
「パンツ一つで帰るおつもりですか! お覚悟なさい、見苦しいですぞ! 」
「いやでーす!」
タタタッと風呂へと走り出す。
「あら? こらー、リリ様! 走っちゃ駄目って申し上げましたでしょう! 」
「あっ、すいませーん! 」
横から朝の勤めの途中の女官が声を上げて怒る。
リリスはペロッと舌を出して、いたずらっ子のように笑うと、楽しそうに歩き出す。
勝手知ったる地の神殿。
グレンが横に並び、問いかけた。
「赤様にとって、こちらはどういう場所でございますか? 」
ああ、と、明るい顔で振り向いた。
「ここは、小さな時から母様に連れられたり、自分で修行と称して歩いてきたり、息抜きの地です。
私の生きる糧と言ったところでしょうか?
ここへ来ることは女中頭の方から固く禁じられてきましたが、それでもここへ来なければ、私はきっと心が死んでいたと思います。
ここの方は、私を普通の子供として扱ってくださいました。
お菓子を下さり、美味しいジュースを与えていただき、何の見返りも課せられず、勉学を与え、遊びを与えられ、自由な時間があり、手伝えば褒められ、いけないことをすると優しい中で厳しく、何故そうなのかを説かれ、ムチなど見た事もなく、柔らかで上質な服をここにいる時は着ることが出来ました。
ここにいる時は、私は普通の子供に戻れるのです。」
「承知、いたしました。」
グレンが黙り込んでしまった。
足を止め、クルリと振り返る。
「私はですね、今とても幸せなのです。
家族が増えて、私は、今が一番充実しています。
グレン、もちろん家族が誰を指すかはおわかりですよね? 」
ピョンとグレンの手を取り歩き出す。
「赤様、神官は家族ではございません。」
「あははは! 石頭ですねー! ホムラといい勝負です。
お風呂に入って、暖まって頭を柔らかーくしてください。
さあ、これからまた忙しいですよ! 」
グレンが苦笑して、リリスの手の温かさに微笑む。
「御意にございます。」
「なんでも打ち明けられる、友人でもあるあなた方の存在は、私にとって家族です。どうか、私にも何でも思ったことを仰って下さい。
私はあなたたちの言葉を、いつでもお待ちしています。」
「ありがとうございます。」
グレンとオキビが目を合わせ、クスリと笑う。
オキビが早速身を乗り出した。
「それでは、赤様。地の神殿での無作法は、火の権威に関わりますので、どうかお控えください。」
「はい! わかりました〜
そう言えば、火の神殿にはどんな植物が植えてあったんでしょうか?
すっごく気になります。
出来ますれば、こう、なんかずらーっと、記述が欲しい物です。
覚えていらっしゃる限りで良いのですが、頼めましょうか? 」
「それでしたら、ゴウカが多少はわかるかと。
…… 承りました、と返事が参りました。」
「凄い、皆さん繋がってるんですね? わー、隠し事が出来ない!
いたずらしたら、すぐに皆さんにバレちゃうじゃないですか〜
神官怖ーい! 」
怒っても、ちっとも聞いてない巫子に、やれやれと苦笑した。




