532、足を踏み入れる勇気
「気が、戻ってきてる。」
リリスが、ライアの顔を見てつぶやく。
ライアの服を開くと、胸に両手を当てた。
「主様の神気が残っている。よし。
万物を照らす日よ、その力、慈愛に満ち満ちて誉れあり。
尊き力、拝領し、弱りし者の血と力になる。
日よ、栄あれ。」
パシンと、手の中で光が弾いた。
パッと、ロウソクの明かりの下で青白い顔色に赤みが差す。
リリスが大きく息を付いた。
「これで、全ての処置は終わりました。
あとは目覚めを待つのみ。
私は、迎えが来るまで少し休ませていただきます。」
「終わったの? これで大丈夫? 」
「はい、イルファ様もお疲れ様でございました。」
「良かった、はあ…… よかったぁ…… 」
イルファはベッドにもたれかかり、安心したように寝息を立て始める。
もう限界だったのだろう。
「お疲れ様でございました。では、寝台の準備を。」
医術師が下働きの青年に指示しようとした。
「いえ、一晩ですので寝台は無用です、床に寝ます。
毛布を一枚お貸し願えますか? 」
「えっ、巫子様にそのような…… 」
困って焦る医術師長が、とにかく毛布をと部屋を出る。
ホッとしたレスラカーンが立ち上がって頭を下げた。
「リリス殿! ありがとう、ありがとうございました。
このご恩、必ず報いてご覧に入れます。」
「あなた様には、リトスとの間に何があったのかを聞きたく存じますが、今はお疲れと思います。
明日の朝聞かせてくださいませ。
どうぞ、ご自身もお休みになさってください。
ご無事でようございました。」
リリスが頭を下げて部屋を出る。
ドアの前はひさしの突き出た回廊になっていてかがり火が焚いてあり、一緒に行ったのだろう、ベンチに座っていたレナントやベスレムの4人の兵が立ち上がり頭を下げる。
「ライア殿は…… 」
「はい、もう大丈夫かと思います。
あとは気がつかれるのを待つだけです。
どうか、準備された部屋でお休みください。
皆様ご無事でようございました。お疲れ様でした。」
「我らは、レスラカーン様をお止めするべきだったのでしょうか? 」
暗い顔の彼らは、後悔にさいなまれて見える。
これは結果だ。
彼の行動の結果。だが、何かがあったのだ。
「何がありましたか? 大きな事だけを教えて下さい。」
顔を見合わせ、一緒に大皇を見た2人が出た。
「大皇が、少年の姿になっておられました。
そして、リトス大神の巫子と言う老人がいたのですが、それがヴァシュラム様を名乗ったのです。
そして…… 」
口ごもる彼らに、ふと顔を上げた。
「そう言えば、イネス様は一緒ではありませんでしたか? 」
ギクッと顔を見合わせる。
「まさか、お怪我を? 」
「そ、れが…… 」
仕方なく、顛末を話す。
サファイアはどこに行ったのか、あの後付いてこなかった所を見ると、あの場に残っているのかもしれない。
神殿の者には話したが、今巫子がいないので判断を保留すると言われた。
全ては夜が明けてからだと。
リリスは視線を巡らせ、珍しく指を噛む。
うろたえ、足下が揺らいだ。
「疲れて、探ることが出来ない。
マリナ、任せていいかな? 僕は休むのが先らしい。」
小さく独り言を言うリリスに、兵が頭を下げる。
「生きていらっしゃることは確実ですが、身体を失われたかもしれません。
王子のように。」
「それは……、 とにかく今は休みます。あなた方も…… 」
「巫子殿、申し訳ない。
やはり、レスラカーン様をお止めするべきだった。」
1人がガックリとうなだれる。
リリスは、ゆっくりと首を振った。
「いいえ、誰かが動かねば、何も情報は入らなかった。
まず率先して動かれたのが、レスラカーン様だったというだけのこと。
ここまで危険を侵しても、国の為に動かれたのです。
それに同行されたあなた方も、相当の覚悟の上だったことでしょう。
顔を上げて下さい。
何が起きるかわからぬ事に、足を踏み入れる勇気は称えられてしかるべきです。
王ならば、こう言われるでしょう。
大義であった! と。」
彼らがハッと顔を上げ、背筋を伸ばすと胸に手を当て一礼する。
「「「「 有り難き幸せ 」」」」
えっ、とリリスが一瞬ひるむ。
いや、王様ならって言ったはずなんだけど。だけどーーーー!
「それでは休ませていただきます。」
「は、はい。」
顔が引きつってしまう、どんな顔すればいいのかわからない。
あああ、頭の中が混乱する。
でも何故だろう、イネス様は生きていることはわかる。
「大丈夫ですよね? イネス様。」
ここで誰に聞いても、何かわかるはずもない。
「マリナ、イネス様のことだけど。」
『 任せて寝なさい 』
「 はい…… 」
怒られた。
「巫子様、お休みの準備が出来ましたのでこちらへ。
ゆっくりお休みになって下さい。
とにかく、何ごとも夜が明けてからと。」
「わかりました。聞きたいことをまとめておきましょう。」
「はい、ですがこちらでもあまり情報がありません。
お応え出来るかはわかりませんが。」
「はい。」
居住館に案内されながら、外の空気をいっぱいに吸って大きく息を付いた。
「あ…… なんか食べる物ありますか? 軽食で結構です。」
「これは気が利きませんで。準備させましょう。
あちらの方々にも。」
「はい、よろしゅう。」
レスラカーンが、ライアの手を握りじっと目覚めを待つ。
イルファは、抱きかかえられて移されていった。
疲れて目も覚まさないようで、レスラカーンが礼をささやいた。
レスラカーンは付き添いを決めて、時々ウトウトして眠り込み、目が覚めては息をしていることを確かめる。
生きてくれ、頼む、生きてくれ。
ライア。
暗い黄泉の入り口で、一瞬見たあの姿。
死んだようにうつむく、あの姿。
あれが、ライアの唯一の目の記憶だなんて、ひどい。ひどいよ。
ライア、お前の、生きている姿が、
生き生きと、笑う姿が、見たい。
見たい!
見たいんだ!




