531,生きろ、生きろ、生きろ
暗い
暗い
闇の中に立つ。
リリスが顔を上げて、呆然と立つレスラカーンの手を引く。
「は…… ここ は どこ? 」
「黄泉の入り口です。
あなたは1度黄泉に行ったと聞いたので、道が出来ているのでお連れしました。
ライア様をお捜しします。」
「黄泉の? ライアがいるのか? 」
「ええ、青が手こずっているようですので。」
「黄泉では目が見えたが、ここでは見えないようだ。残念なことだ。」
「いえ、ここはもとより真っ暗ですので。
ここにいるべきではないあなたは、存在していません。
言わば霊体のみの臨死体験。
手を離さぬように、ライア様に声をかけたらすぐに戻ります。」
リリスには、マリナの輝きはすぐに見つけられる。
ふわりと飛んで行くと、ライアに何度も術をかけていた。
「汝、黄泉への道は閉ざされ、生への道が開いた!
開いたんだってば! あーー! もう! 」
まぶしい輝きが生まれ、それが近づいてくる。
ハッとそれに気がついて周囲を見渡すと、3人生き返ってしまった。
マリナが頭を抱える。
「あああああ、赤〜! とうとう来ちゃったんだ。
もっと、もっと光り押さえてよ〜。」
「押さえてますよ、精一杯絞ってます。」
「ここはリリが来ちゃ駄目なんだよ。えー、レスラカーン連れてきたの? 」
「ええ、目を覚ましていただかねば。早々に退場など許しません。」
二人の会話に、レスラカーンが顔を上げる。
ボンヤリと、マリナの前に誰かの後ろ姿が見えた。
「ライア?! ライアがいるのか? 」
「駄目です、今の彼に触れてはなりません。
レスラカーン様、お言葉を。
彼は相当恐ろしかったのです、心の中で諦めと死が固執しています。」
「当然だよ、赤。彼の記憶は青色の水の中で沢山の兵に囲まれて襲われている。
引くことも出来ず、ただ向かっては切られ、蹴られて、その中で彼への忠誠心だけが支えになっている。」
レスラカーンはそれを聞くと、胸が苦しくなり胸元を握った。
最後の声が、覇気のある声が、耳に残っている。
死んでしまうのか?
ライア、
私を残して。
ライア!!
「ライア、 ライア・ガランフィール、
私を残して逝くな。私の為に生きろ!
ライア、生きろ! 生きて、生きて、 私より先に死んではならぬ!
ライア! 命令だ! お前はまた、このレスラカーンの隣に立て!! 」
ビクンと、ライアの身体が反応した。
リリスとレスラカーンの姿が足下から消えて行く。
「 ライア! 待っているぞ!! 生きろーーーーッ!! 」
手を伸ばし、必死で叫ぶその手の先で、一瞬しっかりとした、青年の姿が見えた。
生気が無く、暗くうつむく青年の、あれが!
声を残してかき消えた方を、ライアが大きく目を見開いて向いた。
ただ、怠そうに下げていた腕に力を取り戻したかのように、腰から見えない剣を抜き、目前に立てると胸に柄を握る手を当てる。
火が灯ったように髪が逆立ち、
黄泉の狭間で、この若い騎士は、まだ戦いの最中のように叫んだ。
「 ぉぉぉぉおおおおおおおお!!! 」
そして、クルリと踵を返し、一気に現世の光へと走り出した。
マリナはそれを、驚いて見つめていた。
息が止まるように、胸が打たれる。
黄泉で修行してから、こんな沸き立つ感情は初めてだった。
「なんて、ことだろ…… 」
あれほど、この黄泉の巫子を無視したくせに、
「まったく、騎士って奴は…… 」
呆れたように笑って、浮かぶ涙を拭いた。
「僕にもまだ、こんな感情が残ってたんだな。」
白い犬が歩み寄り、マリナに首を傾げる。
「今、来た、あの、マヨイビトの、血縁が、来た、よ。」
「 え? 」
振り向くと、1人の男が引き寄せられるようにレスラカーンのいた場所に立っていた。
それはマリナが霊体で覗きに行っていたとき、城で何度も見た顔だ。
「宰相か…… そうか、黄泉にいないと思ったら、ここで迷っていたか。」
宰相は、存在も薄く、真っ白な顔で鬼のような形相をしている。
よほど無念なのだろう。
業の深い男だけに、一番悔しい死に方だったに違いない。
マリナは彼の顔に手をかざし、まぶたを閉じるようにその手を下げた。
「汝の身体はもう無い。
そのままでは悪いものになる。
黄泉へ行くが良い。」
「 ぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉ…… 」
「駄目だね、言うことなんか聞く耳持ってない。
王族で権威を持つものなんて、人の指図をもっとも嫌う人種だ。
此の世つ神、黄泉へ頼むよ。
悪気がひどいなら、黄泉の砂が浄化してくれるから。」
「承知、承知」
此の世つ神が、ブルリと震えて毛並みを整え、ピョンと跳ねて胸の鈴を鳴らす。
シャンシャンシャン
シャンシャンシャン
暗闇に、ボンヤリ輝き地面から大きな手が両手を合わせて現れる。
此の世つ神は、その場でピョンピョン跳ねながら歌を歌い始めた。
「この世とあの世の境の間で、この世かあの世かまよいびと。
あなたはあの世へ参りましょう。
迷いは誰しも起きるもの。
あなたはゆっくり黄泉の間で、
お休みください安らかに。
さあさあこちらへ、さあどうぞ。」
シャンシャンシャン
シャンシャンシャン
大きな手は、優しくサラカーンを包み込み、黄泉へと向かう此の世つ神を追って行く。
そして、優しい光から渦巻く黄泉の砂に巻かれて消えた。