530、黄泉の入り口
暗闇の黄泉の入り口で、マリナが見回して探す。
黄泉の入り口は真っ暗だ。
死にゆく者には黄泉の優しい光が見え、生きる者にはまぶしいほどの現世への輝きが見える。
マリナにはどちらも見えるので、その照らす輝きを頼りにライアを探した。
上も下もないような場所で、フワフワ飛びながら探す。
真っ暗な中に、人々の姿がぼんやりとまばらに見える。
生死を分けるこの場所は、人の存在がおぼろでハッキリしない。
彼らの意識もハッキリしないので、マリナでも探すのは骨が折れる。
先代が言うには、黄泉の光しか見えない者を、勝手に生の世界へ連れ出さないようにじゃないかなーと言っていた。
まあ、結論で言えば、神の巫子対策なのかも知れないと。
自分だってリリが先にここに来たら、自分の中に入れてでも連れ戻してしまう。
諦めきれない心がまだあるのは、修行不足だなと思う。
黄泉の巫子は、感情を捨てなければならないことがある。
さて、ライアだ。
そうは言っても身体を直したら連れ戻さねばなるまい。
巫子が治すことは結果的には自然に逆らうこと、死に近い者は時にそのまま死に向かってしまう。
この世界、全てが流れの中にあり、それに逆らうことは難しいのだ。
「 いた! 」
ライアが、無表情でゆっくり黄泉に向かっている。
「マズいぞ、やっぱり黄泉を向いてる。ひっくり返すの大変なんだよ〜」
降りて行くとライアの前に立ち、彼の額に手を当てた。
「汝、黄泉への道は閉ざされ、生への道が開いた。
その眼を開き、現世へと辿れ。」
パッと手が明るく輝き、ライアの歩みが止まる。
だが、その光に惹かれて、周りの老人たちが集まってきた。
老人は歩くのもままならず、地をするすると滑って進む。
ここでは現世の姿のままなのだ。
「ああ〜、厄介なんだよここは〜
違う違う、僕は現世の輝きじゃない。」
老人の1人が、マリナに手を合わせて穏やかな顔でフッと消えた。
恐らく、生への光と思って生き返ったのだろう。
「ああ〜〜、生き返っちゃった。
死への予定調和が崩れる。
だから、ここに入るの一番困るんだよ。
いったん無になろう。うん。」
半分目を閉じて、心を無にする。
マリナの輝きがスウッと消えて、また人々が見える光の方向へ歩き出す。
ライアは、周囲を見回しまた黄泉へと歩き出す。
「どうしよう、グズグズしてたら赤が来ちゃう。
赤が来たら、すっごいまぶしいから、みんな生き返っちゃうかもしれない。」
無で胸に沸いた言葉をそのままつぶやき、顔を上げる。
「理を守るのが我らの仕事なのだけどね。
そうも行かないこともある。
黄泉の管理は巫子の仕事、されど生きることの出来るものをむざむざ、黄泉に送ることあたわず。ああ、来たか。」
シャンシャンシャン
首に鈴の付いたしめ縄を巻いているもふもふの白い黄泉の番犬が、気がつくとすぐ後ろに立っていた。
「番犬よ、汝の判断はいかに」
全身真っ白な番犬は、ライアの後ろ姿を見てマリナを見る。
紫の舌を出して息を付きながらしばらく考え言葉を告げた。
『 恐れながら、 現世の青ノ巫子。
かのもの、 現世の光が見えぬゆえ。
なれば、 黄泉へ行くが理 』
はーっ、ため息を付いてマリナがゲンナリと番犬を見る。
「つまり、まだ治療が終わっていないということか。
これを説得するのも骨よのう…… 」
マリナは犬の前にしゃがむと、久しぶりで会ったその犬の頭をなでた。
リリスはその頃、治療の仕上げにかかっていた。
集中する顔は眉間にしわ寄せ、指はまるでハープでも弾いているかのように小刻みに動く。
「繋げ日の糸、小さき日で細かく、丁寧に。
一つ一つの細かき目を戻すように。
丁寧に、丁寧に。」
日の神とリリスの、意思の疎通でゆっくり、一つ一つの傷のチカチカした灯りを消して行く。
神が行う術なら簡単にできると思うのが常だが、なにしろ日の神は力が強い。
それを押さえ込みながら、弱い力でチリチリと治していった。
「慈愛に満ちた…… 我が神よ……
もっと、繊細に。 丁寧に……
ああ、そうです。 美しい、 とても美しい、 ああ、我が君……
なんて凄い、私はあなた様の巫子でたいそう幸せです。
素晴らしい、美しい、なんて美しい、傷跡もわからない。
尊き日よ、その輝きは闇夜の輝き、千の希望
いと尊き我が主、我が至上の美しく、いと高き神よ、ああ、あなたの美しき光の下で日々を過ごす幸せよ、称えよ、称えよ 」
リリスはたいそう饒舌で、これでもかと褒め称え、光は嬉々として活発に動く。
やがて指先から糸が手に吸い込まれ、光の玉がリリスの頭までまた戻っていくと、大きく息を付いた。
「主様、感謝いたします。
繋げました。問題なく戻ったと思います。
イルファ様、いかがです? 」
「ええ、こちらも済んだわ。でも、思った以上に身体に影響が大きい。
気が戻れば良いのだけれど。」
「もう少し…… もう少しお待ちを。
今、青は黄泉にいます。
身体は治っても、気が血と共に流れてしまった。
気を戻して次の処置を。青、頼みます。」
レスラカーンが呆然と立ち、伸ばす手をカリアがライアの手に誘導する。
その手をしっかり握る姿を見て、リリスが彼の手を取り目を閉じた。