529、褒めて褒めて持ち上げる
椅子に座ったイルファに、パドルーが水を飲ませて汗を拭く。
疲れ切って身体が傾ぐイルファに、リリスが血止めの術を引き受け声をかけた。
「少し休んで、イルファ。」
「うん、 うん、 私は、大丈夫よ。
まだ戦えるわ。 リリ。 」
神殿の医術師見習いの少年が、イルファの手を水に浸し優しく洗う。
もう一人の青年が、彼女の顔を湯に浸したタオルを絞り、そっと拭いた。
「ありがと…… ああ、気持ちいいわ。ありがとう。
どう? リリ。」
リリスは、傷に手をかざして目を閉じている。
気を抜くと、血がすぐに胸いっぱいになるだろう。
ふと、ライアの顔を見る。
意識はなく、暗いランプに死人のような顔に見える。
息してる? うん、まだ浅くしてる。
血に溺れてない。中の血は全部吐き出せたのか。
傷を負った部分を完璧に血を止めてるんだな。
さすが、 水を操れるイルファがいてくれて良かった。
心の臓は動いてる、けど弱い。
血が少ない。
このままじゃ、他の臓にも影響が出る。
「やってみます。
私が縫い合わせるので、イルファは急いで血を増やして。出来る? 」
「うん、身体を巡る水分は増やせるわ。
リリが来るまで、少しずつ増やしてたの。
でも、術が干渉しない? 」
「大丈夫、我らの力は重なっても何ら影響は無いと思います。
魔導師の術とは違うから。
あと、主様が直接干渉するので、身体中の働きはもの凄く活発になると思います。
だから多少血が薄くなっても大丈夫。
神気がどのくらい回復を助けるか、良い方向を信じます。
とりあえず出てしまった量をまかないましょう。」
パンと手を合わせると、リリスの髪が、ボッと炎のように燃え上がった。
両目が赤く輝き、傷に添える手が赤い炎に包まれる。
断ち切られた場所が、チカチカとリリスの目に火花のように光って見える。
森で初めてこの力を使ったとき、ミラン様はあまりの痛みに七転八倒された。
まるで、火箸でも押さえつけられたようだったと。
あの時は、加減の調節がわからなかったけど、今ならわかる。
「主様、手伝って下さい。」
『 名前 』
「シャシュリシュラカ様、手伝って頂けますか?
この方は、今はまだ死ぬべきではないのです。」
『 イー ヤー である 』
「またそのような。」
『 対価を寄こせ。人間など触れたくもなし
中に? なーかーにー 入れ だとおおおお 』
頭の中で、憤慨してビヨンビヨン跳ねている。
そう言われても、私の中には勝手に入っちゃうじゃないですか。
「対価と言われましても、急ぐのですよ。」
『 死にかけのー、 中は やだ 』
リリスが途方に暮れる。
対価なんて、求められたのは初めてだ。よほど嫌なんだろう。
「わかりました。うーーーーん、対価、対価か〜
では、術中ずーっと褒めます。凄ーいって褒めます。」
『 褒める〜? ずっと? 』
「ええ、術中ずっと。」
『 ふーむ、 まあ、 うーん 」
「では、帰ったら フィーネ(琴)などひいてお疲れを癒やすことに。」
まあ、神様が疲れるのか知らないけど。
とにかく急ぐのだ。
『 フィーネだと?! 汝、 汝、 本当に? ほんっとうに? 』
「はい、母上直伝の妙技でございます。」
『 うむ、うむ、良かろう。 まずは、褒めて 称えよ 』
「はい、承知しました。」
そのやりとりを、イルファがポカンと見つめる。
こんな駄々っ子みたいな神様もいるんだ。
緊迫した状況なのにウソみたい。
するとリリスの顔から、まぶしい輝きが覗き出た。
「慈悲深き我が神の御手、日の紡ぎ糸。断たれし場所を繋ぎたまえ。」
リリスの手を伝って指先へと、まぶしい光が降りてくる。
そしてその10本の指先から、白く輝く糸がするすると伸び、ライアの傷口から身体に入り込む。
イルファが、目を見開いてそれをのぞき込んだ。
「す…… ごい…… 光の糸が、縫ってる…… 」
糸はシュルシュル伸びて、どんどんつなぎ合わせているのだろう。
イルファの負担が軽くなる。
「良かった! じゃああたし血を増やすわ。
いと、慈悲深き水の精霊よ、汝の子に力をあたえたまえ。
この身の中で巡りをやめたその血を糧に、巡る血を作りたまいしその御手で、
巡り巡り巡り巡りて血潮が巡る…… 」
イルファが呪を込めて、手印を切り血を作り始める。
リリスはその前で、光の糸でどんどん縫い合わせていった。
「ああ美しきその糸に、命の輝きあり。
汝、慈愛満ち満ちて、御身ますます栄えあれ、後々代々火の巫子が、尊き汝をあがめ奉る。ああ美しき日の神よ、いと高き神、我が御神…… 」
ブツブツと、リリスはずっと日の神を称えている。
褒めますって、このことかと、信じられない顔で見ていても、リリスの顔は真剣で、額に汗がにじんで時々険しい顔になる。
「ああ美しき日の神、輝ける至上の美しさ、我らを照らす万能の神よ……
なんて素晴らしい、凄い凄い、なんと素晴らしい我が主。
私はなんと幸せ者か、ああ、わが愛しき我が神よ。
その動きに見とれます、なんという素晴らしい動き、このように目前でこの光景を目にする幸運!
まさに神、ああ、これが我が神、素晴らしい、素晴らしい、なんと素晴らしい…… 」
じわじわと、傷つけられた場所が修復されていく。
イルファの顔が明るく、心が軽くなった。
「 リリ、凄いわ! 」




