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53、復活の儀式

日当たりの良い庭の中央にそびえる、一際大きな一本の木。


「おお、これならよかろう。」


セフィーリアがリリスの頭を撫で、ガーラントが地面にそっとリリスを下ろす。

柔らかな芝生のシーツにヒヤリとした地面の感触が心地いい。

リリスがふと意識を取り戻し、乱れた呼吸をなんとか整えようと大きく息を吸った。


回廊を数人の兵や侍女が遠巻きに見て、ヒソヒソ怪訝な様子で話している。

一体何をするのかと、不思議に見えるのだろう。

やがて廊下をイネスの高い声が響き、やっと気が付き追いついてきた、騎手で侍従のサファイアを怒鳴り散らしていた。


「……だから、なんでお前がすぐに来ないんだよ!ゲロ袋はお前が持ってただろうが!

廊下に吐いて下女にもの凄く怒られたんだぞ!なんで俺がこんな嫌な目に遭うんだ。

だいたいゲーしてる最中に、ここで吐くなってバカか!あの下女はっ!

掃除が仕事だろう!頭からゲーしてやれば良かった、ああむかつく!」


廊下を行く人々は、その姿に巫子であることを察し、横に避けて頭を下げた。

巫子は王族の次の位にある。

白い髪、白い肌、赤い瞳のイネスの出で立ちは、その燃えるような意気と反して白くゆったりとしたブラウスと白いズボンに、細かな百合の模様が縁取られた、腰まであるベストジャケットを羽織る落ち着いた巫子服だ。

背にも美しい百合の紋章が、百合の戦士とも言われる地の神殿の巫子であることを表していた。


前を歩くイネスのあとを、彼のコートとゴーグルを手に黒髪の青年が涼しい顔をして付いてくる。

彼は身体にフィットした紺色の騎手の装束で、タスキにかけた大きなバックをヒョイと背に回し、横で目の合った騎士にニッコリ微笑み会釈した。

すでに20代前半に見える落ち着いた青年だ。

こういう事も慣れているのだろう。


「あ、イネス様あちらのようでございます。」


急ぎ足で通り過ぎようとする彼を、声をかけ引き留めた。


「わかってる!俺はあっちから降りようとしたんだ!」


振り向くと、セフィーリアとガーラントがひどく心配そうな顔でリリスを介抱している。

イネスの顔が、キッと締まった。


「サファイア、とにかく急ぐぞ。」


「はっ」


イネスが駆け寄ってリリスのかたわらに膝を付き、シャツの合わせから手を入れ彼の胸に手を添える。


「どうじゃ?イネスよ、こんなにひどい状態は初めてじゃ。苦しんで、見ておられぬ。」


まるで雪の中、水浴びしたように冷たく、顔は青白い。唇は真っ青で、歯がカチカチ鳴っている。

生気が消えて、危ない状態であるのはセフィーリアの動転した様子からもわかった。

イネスがリリスの頬を両手で挟み、ユラユラと揺する。

うつろな目のリリスは、まるで死の淵にいるように視線が定まらない。


「リリ、リリ、聞こえるか?息を整えよ。

教えただろう、大地と息を合わせるのだ。心を身体の中心へ、大きく息を吸い、吐いて腹の中に。そして胸へ、ゆっくりと手の先へ、先へ。」


イネスが言葉と共に手を移動して、リリスを導こうとする。

しかし聞こえている様子もなく、リリスの身体からはどんどん力が消えていくようだ。


「駄目か」


「サファイア」


「は」


イネスがリリスの胸のボタンをはずしていく。

サファイアは聖水を腰のバックから取り出し、イネスに渡して急ぎ、回りに咲く花を切り集めてきた。


「どうじゃ?」


「駄目です、限界を超えてすでに自分の力では回復が望めません。

このままでは死を待つばかりです。

復活の儀式を行います。」


サファイアが、リリスの身体を木が頭の上に来るよう直角にずらし、花を身体の上に散らす。


「よろしいでしょうか?」


「よし」


サファイアが後ろに下がり、膝をつく。

イネスがリリスの傍らに正座すると目を閉じ、パンッと両手を合わせた。


一息にその空間が静粛に包まれ、ピンとした清浄な気が張りつめた。

セフィーリア以外の回りにいたギャラリーが、思わずその場に膝を付き頭を下げる。

巫子の祈りはアトラーナの人々にとって聖なる祈り、何よりも大切にされていた。


「聖なる地の王よ、汝の子らの声聞き届けたまえ!」


リリスに向かって一礼する、そしてジャケットの内に両手を入れ、両腰から短剣を抜くとリリスの顔の両側に突き立てた。


「我が声に答える、我が主の声を聞け。

地の精霊よ、弱き迷えるものに祝福を。」


リリスのはだけた胸の上でもう一本の短剣を取りだし、聖水を振りかける。

そして胸の上に置いた。

しかし、ぴたりとイネスの動きが止まる。


「……おかしい」


つぶやき、イネスがリリスの身体を探りはじめた。


「イネス様?どうか?」


サファイアが横から声をかけると、小さく彼にささやく。


「わかりました。」


イネスが立ち上がり、サファイアが変わってリリスの身体を探った。

セフィーリアが心配そうに、イネスに小声で問う。


「どうしたのじゃ?」


「わかりません、何か違和感がします。何かひどくけがれたものがあるような……

それが祈りを邪魔します。

私は祈りの途中ですので、サファイアに探させます。

何かお気づきのものはありませんか?」


「汚れたものか?うーむ、そう言えば髪をくくるリボンにひどく嫌な印象を受けたくらいかのう。

リーリもわかって使っていたようじゃが。」


「髪だ、サファイア。」


「は、……ありました。これです。」


サファイアが、焼けこげた青いリボンを取り出す。

イネスが遠巻きに見て、突然ガーラントの剣を抜き、刃に指を置く。

小さく呪文をつづり、リボンを切り捨てた。

リボンは地に落ちると同時に、青い炎に包まれ消え失せる。

皆驚いて顔を見合わせた。


「なんだこれは!なんでこんな物を身につけている!コイツは馬鹿か?!」


リリスに向かって言い捨てると、イネスは剣をガーラントに返し、またリリスのかたわらに膝を付いた。


「あれは高位の術者、もしくは巫子かそれ以上の奴の呪いがかけられている。

一体誰に貰った?あとで聞かせて貰うぞ、馬鹿野郎!」


リリスは意識が混沌として、聞こえているのかわからない。

イネスはリリスの身体に聖水をまき、そして両手を組み、印を結んだ。


「我が主の声を聞け。

地の精霊よ、弱き迷えるものに祝福を。

汝の手に横たわる者の、身を清め、内を清め、宿る悪しき気配をはらい清めたまえ。」


3本の剣が、共鳴してリンリンと鳴り始めた。

イネスがリリスの胸の剣に手をかざし、せわしく印を結ぶ。


「地は清浄なり、地に宿る一切これも清浄なり。

その清浄なる地を巡る尊き力、祝福を持ってこの身に宿りたまえ。」


イネスが胸の剣を取る。

踊るように両手で大きく弧を描き、ブツブツと早口で祝詞を唱え始める。

かたわらの大きな木が、風もないのにザワザワ騒ぎ、リリスの頭の両側の剣が輝き始めた。


「地に宿りし者よ、御身おんみは慈愛に充ち満ちて、その血、その気、その力を弱りし者に分け与え、ますます神気に近づく者なり!


地よ!


祝福あれ!」


イネスが、木の幹に剣を突き立てた。



ザアアアアアアアッ!!!



震える木の半分が一気に枯れ、ドッと葉を落とす。

リリスの身体が弓なりに跳ね上がり、大きく息をついてガクリと力を失った。

イネスが落ち葉を払いのけて急ぎリリスの身体に取り付き、身体全体を流れるように撫でて気の流れを整える。

リリスの身体は一気に流れ込んだ生気が身体中を翻弄し、青白かった肌が花が咲くように赤く燃えていた。


イネスは地の巫子です。地の神殿は俗に言う神社形式で、ごく普通に信者が金や物資を持ち寄り、参拝してお札買ったりして、アトラーナでも金集めの上手い裕福で親しみのある神殿となっています。

ヴァシュラムは商売人気質なので、日本で見た神社を参考にしたのでは無いかと思われていますが、まあ彼が言うなればご神体どころか信仰の元なので好き勝手にやっている感じです。

集めた金は、神殿の運営と孤児院の設立運営、魔導師や神職、医術の育成などに使われ、アトラーナでもたいそう役立っているので、人心を集めとても人気がある神殿です。

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