524、レスラカーンの為に生きてきた
水の壁の水音に囲まれ、剣を構えて左足を前に出す。
焦りを抑えて、期を測る。
3人倒して相手は4人だが、水の壁の光が弱くなっている。
恐らく結界が弱くなっているのだ。
これが無くなったとき、無数の兵がドッとなだれ込むのだろう。
でも、なんでだろうな。
これで終わりなんだと、私の人生終わりなんだと、何故か思えないのです。義父上。
前に立つ壮年の兵がニッと笑う。
「強者よ、汝、いくつだ?」
「もうすぐ20」
「若いのに手練れよ、その意気、賞賛する。」
「なに、1人抜けたではないですか。まだまだ修行不足です。」
妙に落ち着いて会話を交わし、ジリジリと、双方が構えて間を詰める。
ずぶ濡れで滑る足場もものともせず、ライアが腰を落とし、ギュッと剣を握りしめた。
自分は、レスラカーン様の為に生きてきた。
子供の時に庭師の下働きで出会ってから、使用人であった本当の家族と別れ、騎士の養子となり、ようやく側近の座を得た。
なのにあれほど輝いていたレスラカーン様は、お父上の愛情という名で囲い込まれて道が塞がれ、一歩も歩み出せなくなってしまった。
箱に押し込まれ、自分を抑えて日々を消費するしか無かったあの方が、ここに来てようやく解き放たれ、ご自分の歩む道が開いたのだ。
ライアは、それを、それをずっと、ずっと待ちわびておりました。
自分はそれがたとえどんな道でも、お支えするのが役目!
その為なら!
この命、賭してお守りする!
ザアアアアアアア……
水の壁が光を弱め、次第に高さを落とし崩れて行く。
水の壁から現れた剣にバッと左の上腕が切られ、水の壁を押しのけて兵が一斉に切り込んでくる。
「「「 うおおおおおお!! 」」」
「 おおおおおおおお!!! 」
ギイィンッ! ガンッ! シャーーーーッ ガッ!
受ける横からドッと脇腹に一太刀浴びて、弾いた瞬間頬から額を切られ、ドスンと横から蹴られた。
振り下ろされる剣を辛うじて弾き、足を取られた瞬間、左胸を切り裂かれる。
「 がっ! 」
やられた、これは中までやられた。
自分を切った手応えに、思わず明るい顔で動きの止まった兵に剣を突く。
バッと剣を抜きながら、薙いでくる切っ先を避けて数歩下がる。
ヒュンッ! ガイーンッ
「うぐっ! 」
受けた瞬間、喉の奥から血がせり上がってくる。
「ゲボッ! ごふっ! 」
ギイィンッ! シャーッ
受け流す、息が、出来ない。駄目だ、力が抜ける、駄目だ。
「取った! 」 正面の男が、動きの止まったライアに思わず声を上げた。
「待てっ! 」
ライアがよろめいて下がり、1人がトドメを刺そうとする剣を、横から先ほどの男が剣で遮った。
「うううーーーー、ぐっ、がぁッ! 」
ライアがうめいて胸を押さえ、大量に血を吐き出して手にベッタリとついた血を濡れたシャツで拭き、また剣を握る。
それでも立っているライアに、兵達が息を呑んで一歩下がった。
「うーー、ふうっ、ふうっ、うぐぅぅっ! まだっ! ガフッ!
ゲホゲホッ、ゲボッ! ハアッ、ハアッ、ハアッ 」
血だまりの中で口から血を吐き、ヒュウヒュウと息を付く。
息が、出来ない。血で溺れる。
流れる血に左目の視力を奪われる。
背後から水を蹴る足音が迫り、後ろを取られたとハッと目を見開いたとき、前に立つ敵の兵が顔を上げて一歩引いた。
バシャバシャバシャッ! ザザッ!!
ライアの両側から、館で見慣れたレナント兵の背中が前に出る。
2人が手の中の筒からキラキラ輝く砂をそれぞれ左右に巻くと、パッとあたりが輝き、音を立てて再度水の壁が立ち上がった。
「遅くなって申し訳ない。ライア殿、無事か? 」
「来る途中抜けて申し訳ない! だが、上手く行ったであろう? 」
光る水に照らされる、2人の笑う横顔にフフッと笑う。
レスラカーンの無事を、その姿が証明していた。
ガクリと折れる膝に前に倒れそうになり、血を吐いて地に剣を立てた。
「ガフッ、 ああ! 上出来だ! ゴホッ、ゴホッ、 」
「おおお!」
ガンッ! ガンッ! ギンッ!
ギャギィィッ! ガンッ!
剣を重ねる兵達の後方から、走る兵を引き連れミュー馬が数頭駆けてくる。
ドドッ ドドッ ドドッ ドドッ
「何をしている! あの王子を逃したのか?! 」
イネスの姿のヴァシュラムが馬上で苛立ったように声を上げた。
だが、青く照らされる壁の中で、血だらけのライアを見ると醜悪に笑った。
「ハハハハ! お前はレスラカーンの従者か! なんと滑稽な!
主はお前を捨てて逃げたか! ヤヌーシュ、あれをお前の手で殺せ! 」
後ろで絶望的な顔で見ていたヤヌーシュが、信じられない顔でイネスの姿のヴァシュラムを見る。
何故か付いてこいと言われた理由を知り、怒りに震えた。
この、お爺さまに取り入った魔物め!
ヤヌーシュが馬を下り、泥水に靴を汚してライアの前に出る。
光る水の壁に照らされたその姿は、口から血を流しすでに満身創痍だったが、見つめるその視線にはまだ力があった。
「捨ててなど、ゴブッ、ゲフッ、ゴホッゴホッ」
わかっている。貴方はたいした奴だ。敬意を表する。
真っ直ぐに見つめ合い、ヤヌーシュがまぶたを落して精一杯の詫びを送る。
「俺は、レスラカーンがうらやましい。」
そう言い残すと剣を抜くこともせず、馬に戻って行く。
そして陣へと馬を返した。
ヴァシュラムが、キッと睨んで牙を剥く。
「ヤヌーシュよ! 戻れ! 」
「地の精霊王か知らぬが、お前などの命を聞く気は無い!
見よ! 主を守る為にあえて残り、勇猛に戦う勇者を寄ってたかって切りつける卑怯な行いを!
我が軍はこの1人がそれほど恐ろしいのか?!
いいや、元より誇り高き我が軍が、このような事をするはずがない!!
我らを臆病者にしているのはその方だ! 地の精霊王!
ハッ! アハハハハ!
何が精霊王だ、疫病神め! 我は戻る! 」
ヤヌーシュに言われて、ライアの前にいた兵がハッと顔を上げた。
王子に卑怯者と言われ、血の下がる思いで顔を見合わせる。
確かに、 確かに、この精霊の力だという、ワケのわからぬ水の壁が現れた瞬間、すでに王子を追うことは無理だとわかっていたはずだ。
一人残った勇気あるこの男を、ここまで寄ってたかって切る必要はあったのか?
血を吐き、今にもくずおれそうな、たった19の青年を前にして、兵達は自分の行いにひどく後悔が押し寄せていた。