523、追っ手が迫る
水の道の入り口を塞ぐパドルーに、地の魔導師の女が杖を向け土の巨人に命令する。
「あの女を潰せ!」
びゅおん! ドスンッ!
風を切り、巨人は手を剣に変えて、振り下ろした。
思ったよりその動きは速く、パドルーがポンと避けて水の壁の上に立ち笑う。
「遅い遅い! 」
ザザザザザッ
「 水を制するは地なり! 」
魔導師が杖を掲げて告げると、巨人の手の剣が輝く。
巨人が地響きを鳴らして前に進みながら剣を横薙ぎにして、水の壁をなぎ払おうとする。
巨人の水に向けて振り下ろした手は、しかしビクともしない水の壁の水圧に切断された。
オオオオオオオオオ!!
巨人がバランスを崩して半回転して倒れ崩れ落ちる。
この水の壁は巫子が作り出した結界の1つだ。
一介の魔導師などに破れるはずもない。
ドスンドスンドスン
残ったもう一体の巨人がパドルーに襲いかかる。
ビュオンッ!
横薙ぎに振った剣を軽々と避けて、パドルーがその剣に飛び乗ると腕を駆け上り、払われた瞬間飛び上がって宙でクルリと回り、ドンッと頭を蹴った。
オーーー
巨人はグラリと馬車の方へ倒れる。
「「 うわあああああ! 」」
馬車の前にいた兵達が悲鳴を上げて、魔導師の女が慌てて杖を掲げた。
「 散じよっ! 」
ボッと土の巨人がつちくれになって、それがボタボタと土塊になって大皇がいた屋根の無い馬車に落ちて行く。
その魔法は、多勢を相手にするのに向いている魔法だ。
戦いになるからと選抜された彼女は、巨人の魔法が得意なのだ。
個を狙うには向いていない。
焦った彼女は土を操り、次々とパドルーにぶつける。
だが、パドルーはそれを水で撃ち落とし、魔導師に向けて水月を構えた。
「ミラルー! ミラルー! どこ行ったの? 来て! 早く!! 」
歯が立たない焦りに叫ぶ声もむなしく、もう一人いたはずの力の強い水の魔導師は姿を消して出てこない。
本来大皇の側近だったのはミラルーだ。
自分は補佐でしかない。
巨人使いの自分には、個を相手では大金で雇われただけの働きが見せられないのだ。
だが、パドルーはその名を聞いてクッと笑った。
「なるほど、ミラルー殿はこちらにいらっしゃいましたか。
ベスレムに行くと言ったきり行方不明でしたが、おやおや、リトスに。
それはそれは。神殿には報告しておきましょう。」
ミラルーが、近くの岩影に隠れて小さくなる。
爪を噛んで、震える手で杖を握りしめた。
「なんで? なんでイルファ様まで出てくるのよ!
これまで水の神殿は一切出てこなかったのに。
冗談、これで追放されたら、今までの苦労は水の泡じゃない! 」
アトラーナでは雇い主もなく、貧乏で苦慮していたところに、不思議な男にスカウトされて付いてきた。
目の覚めるような派手な生活に、やっと満足出来ていたのに。
地の魔導師が、濡れて重くなったローブを脱ぎ捨て、声を上げる。
「生きる為なら、どこにいたっていいじゃない! 」
しかし、パドルーがため息を付いて魔導師を見据えた。
「いいんですよ、地のあなたがたはどこにいても。
ですが、水の魔導師は困る。
辺り構わず我らが王不在の場で水を操る者が出現するなどもってのほか!
命の水の理が崩れる。
そう言う事も守れないようでは、先々水が濁るのです。
リトスは隣国、雇い主も知らなかったでは済まされぬ。
後々双方、咎は受けて頂く。」
馬車の影で聞いていた大皇は、パドルーの言葉に愕然と振り向く。
水の咎など、民の生死に関わる物しか浮かばない。
しかし、彼女を連れてきたヴァシュラムにはどうでも良いことだった。
パドルーが水の道の入り口でことごとく追っ手を倒す間にも、レスラカーンたちはその場をどんどん離れていく。
だが、やはりレスラカーンの走りは遅い。
すり抜けてきた数人の追っ手が息を切らして迫って行く。
敵は大皇の側近、手練れに違いない。
兵の1人は、馬車を逃げるとき右腕を切られて、持っている剣の先から血がしたたり落ちている。
時々後ろを振り向き、追っ手がどんどん近づくのに唇を噛んだ。
「追いつかれたときは私が残って止めます! どうか逃げて下さい! 」
「ブルカ! 汝は腕をケガしている、無理だ! 」
「なに、この命で時間稼ぎが出来れば本望です! 」
「わしが担いで走る! ごめん! 」
大柄のカリアが、追っ手の姿を見てレスラカーンを肩に抱え上げた。
いや、駄目だ、このままでは追いつかれる。
追いつかれて斬り合いになったら、レスラカーンを完全に守ることは難しい。
手負いを残しても、多数に無勢、時間稼ぎなど無理だ。
近づく追っ手の足音に、ライアは心を決めた。
「ブルカ! カリア! 汝らに託す! 」
「しかし、ライア殿! 」
「ライア! 駄目だ! 1人じゃ無理だ!」
「時間が無い! 早く! 」
「許せ! ライア殿! ごめん! 」
苦い顔でブルカが、レスラカーンを担ぐカリアの後ろに付き、共に走り始める。
「死ぬなよ! ライア殿! 」
「 なんの! 」
「 逃すな! 殺せ! 」
「 待てっ! 駄目だ! ライア! ライアーーー!! 」
2人は、振り向きもせず先を急ぐ。
レスラカーンの叫びにフッと息を吐き、水の壁で作られた道を塞ぐようにライアが立ちはだかった。
「ここは行き止まりだ、通さぬ! 」
ライアが剣を抜き、追っ手に向き合うと下から振り上げる。
ギイィンッ! ガィーンッ! ガンッガンッ!
「おおっ!」
ギンッ! ガンッ! ドッ ザッ
「 グガッ! 」「 ギャッ 」
ドッと先陣の2人を切り裂き、1人を刺し貫く。
1人が脇をすり抜けレスラカーンを追う。
「 ブルカーーーーッ!! 1人行ったぞーーッ! 」
「 おう! 」
ブルカの声がして、打ち合う音がする。
「通りたくば通ってみよっ! 」
その覇気に気圧され、更に来る追っ手の兵たちの足が止まった。
止まってくれたか。それでなくては役立たずと父に笑われようぞ。
ザアアアアアアア……
水の壁がほのかに青く輝き、結界を作っている。
その輝きに照らされ、一面が青白く色を失う。
ジリジリとにらみ合いながら、ライアが大きく息を吸い、細く、長く吐き出し息を整え剣を構える。
大丈夫だ。
落ち着け。
元騎士の養父と練習に練習を重ね、その積み重ねた日々がやけに思い出されて苦笑する。
その父から頂いた剣をギュッと握りしめ、大きく息を吸った。
「王子レスラカーンが一番騎士ライア! 全力で主をお守りいたす! 」