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52、白い巫子

その頃、地の神殿からは6人が巨大な鳥グルクに乗って旅立ち、そしてレナントへ向かっていた。

3羽のグルクには、クラを乗せてそれぞれ2人ずつ騎乗している。

グルクは野生ではアトラーナにいない鳥だ。

ある地方にしかいない鳥で、アトラーナでは一部の少数部族が牧場形式で繁殖し、長距離や急ぎの旅に用いられる。


天気も良く風も少ない好条件の中、2人の動きやすい乗馬服姿にゴーグルの騎手の後ろには、それぞれ身体をすっぽりと覆う白いコートに、フードを被っている者が2人。


そのコートは毛皮の縁取りのある上質な物で、襟元には紋章のような百合の刺繍があり身分の高さが見える。

白いコートの2人以外は、騎手も合わせそれぞれ従者なのだろう。

3羽目のグルクを操る壮年の騎士らしき男の後ろには少年の従者のようで、背後に大きな荷物を積んでいる。

必死に騎手にしがみつきグルクに慣れていないようだった。


「いかがです?御気分は悪くありませんか?」


中央を行くグルクの騎手が、背後の白いコート姿に声をかける。


「大丈夫だ、今のところオエッて来てない。」


気圧の変化と高度の上下に酔いやすい彼は、率先して希望したもののグルクで旅と聞いて気が重かった。

しかし、この調子ならレナントまで無事に着くだろう。


「天気が良くて、ようございました。」


「まあな、お前の背中にゲロせずに済みそうだよ。」


「ご冗談を。」


騎手が苦笑いで横に出てきたグルクに合わせて併走する。

すると急に突風が吹き、3羽があおられた。


「わっ!イネス様、ご注意を!」


「なに?セフィーリア様?!」


フードが倒れてストレートショートボブの白い髪が舞い上がる。

イネスと呼ばれた少年……いや、19歳の彼は小柄でも青年と言うべきだろう。

騎手にしがみつきながら赤い瞳を見開いて、風が巻く空を見つめた。

空にゆらゆらと、薄くセフィーリアの姿がイネスの前に現れる。

回りには風の精霊が集まり、イネスは嫌な予感で顔を引きつらせニッコリ微笑んだ。


「こっ、これはセフィーリア様、お久しゅう……」


「挨拶はよい、イネスよ急ぎの用じゃ。あとの者はゆっくり来るがよかろうぞ。」


「え?え?あの、それはどういう……」


「私のリーリが死にそうじゃ!苦しんでおるのじゃ!ええい、早う来い!!」


突然セフィーリアの姿が空に大きく広がり、イネスの乗ったグルクを両手で掴む。


「ひっ!ちょ、ちょっとセフィーリア様?!」


「よし、行くぞ!」


ビョウッ!



「よしって、ちょっ!ギャアアアア!!兄様ああぁぁっ!」


風がうなりを上げて高く舞い上がると、まるでジェット気流に乗ったかのごとく、イネスの悲鳴を残しあっと言う間に飛びさっていった。


「……ああ……どうしましょう、セレス様。我々も急ぎましょうか?」


もう一人のコート姿が、戸惑う騎手に問われため息をつく。


「放っておけ、イネスが行けば事は足りるのであろうよ。

まったくセフィーリア様も、リーリ、リーリと……振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだ。」


その言葉に、クスリと騎手が笑った。


「リリス殿は神殿では人気者だったようですが?てっきりセレス様もお好きかと思っておりました。」


「好きで悪いか!」


ギュウッと騎手の腰を締め上げた。


「ぎゃっ」


よろよろと、グルクがコントロールを失ってふらつく。


「ぎゃあああ!こらあっ!しっかりしろルビー!」


「すいません!すいません!」


慌ててグルクを操り上空へ。

大きく息をつき、一行はレナントを目指した。




ビョオオオオオ!!


すさまじい風が、レナント上空を吹き荒れる。

精霊の姿で、巨大なセフィーリアが手にグルクを掴み一息にレナントへ飛んできた。

すでにイネスや騎手、そしてグルクまでも気を失い、ぐったりと城の庭へと降りて行く。


「イネス!イネスよ起きろ!えーい!」


セフィーリアはまた人の姿に戻ると、イネスを小脇に抱え、城内の部屋を目指して一息に飛んだ。




ベッドで、苦しそうにうなるリリスが身をよじる。


城内で戦った彼は極限を超えて力を使い果たし、身の置き場がないほどに倦怠感と虚脱に襲われ、今まで感じたことがないほど苦しんでいた。


「うう、うう………………う、うう……」


「しっかりなさいませ、お母様はもうすぐですよ。」


この城でセフィーリアの侍女を勤めるリナが、意識が混沌とするリリスの顔をタオルで拭きながら窓を見た。


「ガーラント様、今の突風はセフィーリア様でしょうか?」


ガーラントが組んでいた腕を下げ、ドアを開ける。

ゴオッと風が廊下を走り、イネスを小脇にしたセフィーリアが、切羽詰まった形相で一目散に飛んでくる。

風圧で窓ガラスが音を立て、今にも割れそうに揺れた。


「どうやらそのようだ。」


声と同時に彼女が飛び込んでくる。

ベッドに飛びつき、リリスの顔を愛おしそうになでた。


「リーリ!リーリは生きておるか!

おお、なんと苦しんで可哀想に。

イネス、イネスよ!早う、早う起きよ!」


リリスの横で、イネスをガクガク揺する。

コートはボタンがはじけ飛び、半分脱げて乱れた服にボサボサ頭のイネスが、ハッと目を開けた。


「こ、ここは?……あ…れ?」


「イネスよ、早うどうかしておくれ!わらわではどうにもならぬ!」


「ちょ、おまちくだ……おえっぷ」


またガクガク揺すられて、猛烈な吐き気にウッと手を口に当てる。

しかし前のめりになった彼は苦しむリリスに気が付き、バッとリリスの身体を探った。


「なんだこれは!貴様なんでここまで……

これじゃマジックポイントゼロどころか、マイナスじゃないか、馬鹿野郎……

駄目だ、これは駄目だ…死ぬ気か?まずい!」


振り向き、ガーラントを指さす。


「おい!お前!こいつを一番デカくて元気のいい木の元に寝かせとけ、大地に直接だ。

いいな、俺は後から行く。

俺は……


俺は……うっぷ……ちょっとゲロってくる。」


思い出したように口に手を当て、切羽詰まった様子で部屋を飛びだして行った。

ガーラントは呆然とそれを見送り、リリスを抱き上げる。


「また変わった方だ。地の神殿の巫子様で?」


「あれでも地の神殿では、一目を置かれる者だ。

リーリが十の時から仲良しこよしの仲、安心して良い。さ、早う下へ。」


「は。

またずいぶんと身分の離れたご友人で……」


マジックポイントとか訳のわからぬ言葉に、巫子様らしくない言動とか、見た目美しく華奢な少年だが、ずいぶんと変わった方だ。


「ガーラントよ、二人に身分を言うてはならぬ。よいな。」


セフィーリアが険しい顔で念を押す。

これは禁句なのだろう。


「は、承知いたしました。では、庭にお連れします。」


「うむ、頼むぞ。」


部屋を出ると、一体どこで吐いたのやら、侍女達がキャアキャア騒いでいる。

はた迷惑この上ない。


「うう、ん……」


リリスが手の中で辛さに身じろぎする。


「もう少しの辛抱だ、がんばれ。」


意識が混濁して聞こえていないのだろう、抱き上げられているのもわからない様子で、苦しさに宙を探り始めた。


「これほど魔導と言うのは危険と隣り合わせなのか。」


すでに疲れ切った身体で、魔導の力を絞り出して使い切った。その結果がこれだ。

あのとき、回復していないことを知っていて止められなかった。

こんな弱った子供に頼るしか、すべがなかったことが口惜しい。

ガーラントは庭を思い浮かべながら、一番元気の良い木を考えつつ廊下を進んでいった。


イネスはアルビノです。権威の高い地の神殿で、第2巫子と地位の高い少年です。

人見知りで神殿育ちのために友達も少なく、リリスは唯一の大切な友人です。

が、2人の間には身分の差が寝そべっています。

それでも、2人はお互いを大事に、これまで友人を続けました。

そんな2人です。

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