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518、リトスの王子、ヤヌーシュ

そうしてひとしきり話に熱が籠もった頃、トンッと小さな衝撃を感じると小窓からのぞき込む少年の姿が見えた。


「どうしたんだい?」


「いや、窓から子供が見てる。」


「子供? 」


イネスと目が合うと、ニイッと笑う。

姿が下に消え、ドアがカチャリと開いた。


「 こんにちは! アトラーナの方々。」


銀髪に小麦の肌、青い瞳の12,3才の少年が、にこやかに馬車のドアから顔を覗かせる。

後ろには、アトラーナの兵が困ったような顔で立っていた。


「申しわけありません、こちらの王子と仰いまして。」


「王子? 第三王子にはお会いしたが…… 」


1人の青年を後ろに、馬車に入ってくると腕を組む。

値踏みするようにジロジロとイネス達を見た。

その姿は、質のいい柔らかな生地のシンプルなブラウスに、金糸銀糸の凝った刺繍があつらえてある短いベストを羽織って宝石の縫い付けてある靴を履き、確かに身分の高さが一目でわかる。

前で1つにまとめた髪の髪留めは、金に大きな赤い宝石が飾ってあった。


「こちらが地の巫子殿か、ご機嫌よう。

で、こちらが王族の方か。」


イネスが無作法にムッとして立ち上がった。


「いかにも地の巫子だ。そちら、王族とは言え、無礼であろう。」


背の低い子供の王子を威圧するようにイネスが前に立つ。

サファイアがスッと横に控えた。


「イネス様、今は騒ぎを起こすべきではないかと。」


サファイアがイネスに声をかけると、仕方なく、ムウッとしたまま口をつぐむ。

少年が、フフッと笑って軽く頭を下げた。


「これは失礼、私は王の13番目の子、王子ヤヌーシュと申す。

ククク、なんでもたいそう美しい方々と聞いて、目の保養に来たのだよ。

なかなか見目良い方々だ。惜しい事よ。」


言葉尻に敏感にライアが反応して、挨拶に立ち上がろうとするレスラカーンを止めた。


「我らは大皇にお目に掛かるのが目的です。すなわちそれは、今はまだ客としての扱いではないでしょうか。

命をかけて来た者に対して、その仰りようは解せませぬな。」


ヤヌーシュが、愛らしい子供の顔をしながら、醜悪に笑って後ろを向いた。


「ク、ク、ク、面白い。チナ、面白いと思わないかい?

周りを敵に囲まれながら、敵対国に客としてもてなせと言っている。

アトラーナ人は、皆ぬる湯のような考え方だ。

明日殺されるとは思ってもいないのか?」


「仰せの通りでございます。」


チナと呼ばれた軽装で白い肌に長い金髪の青年は、シャラシャラと金属音を立て静かに頭を下げる。

その首には鎖が下がり、見ると首輪が付けられていた。


「この音は何だ? ライア。」


「は…… 」


ライアが言いにくそうに視線を巡らせる。

すると、ヤヌーシュがレスラカーンの前にしゃがみ込んだ。


「僕の奴隷、チナの首輪につけられた鎖の音さ、レスラカーン。

美しい名だ、はじめまして。

まあ、アトラーナと違って父王には3人も妻がいて、リトス王族には子が多い。

アトラーナと違って、男女関係なく王位継承権が与えられる。

とは言え、13番目の子なんて、玉座にはほど遠い。

でも、だからこそ、執政の席を得る為には、ボーッとしてられないのさ。

目が見えないのに、勇気のある方だ。無謀とも言えるかな。

このまま役にも立たないなら、ここで死んでもこの軍を止められれば本望というわけかい? 」


ライアがカッと来て思わず剣を抜きそうになる。

その手を手探りでつかみ、低い場所からの声にレスラカーンが片足を立てて座ったまま顔を上げた。


「面白い、挑発という物か、それは。

いいや、あなたは大いに勘違いなされている。

私は死ぬ気など更々無いよ、ヤヌーシュ殿。

私には大皇を説得し、生きて帰ることが全てだ。

元より、私はただ目が見えぬだけ。

それで何故役に立たぬと思うのか、リトス人の何と見識の狭いことよ。」


臆すること無く言い返されて、少々不意打ちを食らった。

女のような姿から、強気で行けば押されるかと思ったのに、意外と強い。


「ハハッ、私がここで剣を抜き、汝に剣を振るっても逃げることすら敵わぬくせに、口だけは達者よ。」


「その(やいば)は私の目であり剣であるライアが止めよう。

そのために、彼はここにいる。」


グッとライアを握る手に力が入る。

ヤヌーシュはあざ笑うようにそれを見下した。


「はっ! やっぱり1人じゃ何も出来ないじゃないか! 笑わせる。」


笑う彼に、優しく微笑み首を振る。

そんな言葉、もっとも聞き飽きてきた。


「ヤヌーシュよ、1人で出来なくてもそれで良いではないか。

そこで笑うのは、頼る者のいない者だ。私はそう思う。」


ハッと口を開け、ヤヌーシュの目が踊る。

唇を噛んで息を吐き、真顔になった。


「小賢しい、お互い小賢しい厄介者よ。

私は背が小さく、笑いものにしかならぬ。

だが、これでも19なのだ。

母の信心が足らないからだとか、精霊の呪いだとか散々言われてきた。

おかげで第3夫人の母は、私を一番上の第3王子の座から4人の一番下へと格下げした。

おかげで今は13番目だよ。まあ、3人死んだから、厳格には10番目かな。

一番上の第1王子の兄だけは私のことを理解してくれる。

……理解、してくれていると、 思っている。」


「理解、してくれているさ。兄弟じゃないか。」


「いいや、今度は私が告げよう。あなたは勘違いしていると。

リトスの王子は13人いる。その権力争いは子供のうちから始まるのだ。

すでに弟2人は毒殺と事故で死んだ。

おじいさまに会うならば、甘い考えは捨てるのだ。」


レスラカーンが静かにうなずく。

ヤヌーシュの声色は明らかに変わった。

もっと早く会えたならと、思わずにいられない。

互いに王族の中でも厄介者でしか無かった2人だった。

同じ境遇が、相手の気持ちを分かり合えたと言える。


「でも、君は王になりたいわけじゃない。

君がなりたいのは、次代の王になった兄の横に立って、その手伝いをしたいのだ。

私も同じだから良くわかる。

役に立たないと思い込まされていた自分を、鍛えてくれたのは民衆だった。

目が見えないなら、見えなくても出来ることは数多とある。あなたとて同じだろう。」


「……そうだろうか、私を嫌うおじいさまの軍に放り込むなんて、厄介者でしか無いだろう。

居場所がなくて困ってる。」


レスラカーンが、指を唇において、少し考える。


「それは…… 自分ならば、何故、自分がここにいるのかを考えるだろう。

采配(さいはい)というものは、考えなくして人を動かさない。

私はその人選の先には、信頼があると思う。」


「信…… 頼……   」


ヤヌーシュがじっとレスラカーンの閉じた目を見つめていると、不意に開いて青い泉の底のように美しい瞳が笑った。


自分は、大きな間違いを犯すところだったのかもしれない。


ヤヌーシュが、レスラカーンの手を取り互いに握手する。

死んでも良いと言うことなのかと思っていた心のわだかまりが、溶けるような気がした。

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