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516、氷魚のウロコ

子供の黒い影が、部屋から部屋を楽しそうにスキップを踏みながら突き抜けて行く。

それはまるで実体の無い亡霊が舞い踊っているように見える。

が、誰もそれに気がつかない様子で、部屋で過ごしていた。


するり、するりと小さなヘビが部屋を突き抜け城主の部屋を探す。

黒い影がそれを捕まえると、ヘビも気がつかない様子でつるりと黒い手の中の水の玉に入り込み、水玉の中に写る城内の景色の中をくるくると泳ぎだした。



ベスレムの城では、レニエ公が監視にばらまいたヘビを、魔導師シビルの影が追い回す。

彼はグレタガーラが旅先で拾って育ててきた男の子だ。

リリスよりも下で、年齢は不明だが12,3才くらいだろうか。

のんびりした子で魔導師なんて考えてもいなかったが、純真無垢な性格が精霊を集め、魔導を教えるとメキメキ腕を上げた。

だが、物事を深く考えないトラブルメーカーなので、側付きは必ず必要だ。


シビルは一匹一匹のヘビを水の玉に取り入れると、半地下のグレタガーラの部屋に戻り、小さな箱の中に作った箱庭の城にそれを放して嬉しそうにくるくる回った。


「庭に〜お客様来た〜」


「それで全部か?」


「うん、全部捕まえたよ〜。マーちゃん、いい子してー! 」


お付きの若い騎士に、少年シビルが頭をグリグリ擦り付ける。


「マーちゃんでは無い! マーシャンだ。

よし、よし、よくやった。いい子だ、いい子。」


フカフカの栗色の巻き毛を、モフモフなでる。

まあ、悪い気持ちじゃ無い。

後ろで様子を見に来ていた仲間が、肩を叩いて声をかけた。


「よし、若様に知らせてくる。

あれじゃ本当に風邪を引いてしまわれるからな。」


「頼む。」


仲間はポンとシビルの頭をなで、急いで部屋を出た。





謁見の間では、使者が去ったあとも監視の目が残っている事を聞いて、ラクリスが無言で寒さに耐えていた。

使者に無能を晒す為、また病を危惧させる為にグレタガーラに貰っていた薬を飲んだのだ。

すべて、使者が監視の人間を残さないようにする為の一芝居だった。

だが、魔物の薬は人間にはきつい。

ガチガチ歯を鳴らしながら、冷や汗を流して顔を上げた。


「ま、まだ、か?」


「はい、まだでございます。若様、熱い茶を。」


執事から受け取ろうと伸ばす手が、ブルブル震えて無理だと言うしかない。

もう少しの辛抱だ。もう少し。


「あ、ああ、だ、駄目だ。ガチガチガチ、今は飲めそうに無い。」


ハアハアハア、息は白く、結晶になって雪のように白い粒を吐き出す。


マズい、息が白くなったら限界だと、それ以上は駄目だと、

言われていたのに。


グラリと堅くなった身体が前に傾いで、フェルリーンが支える。


「先に欠片を飲みましょう、それからでもいいではありませんか。」


我慢出来ずに、耳元にささやく。


「だ、駄目だ、どこから、ガチガチガチ、監視、されてるか…… 」


ヒソヒソ言葉を交わしながらも、すでに限界が来ているのは明白だ。

グレタガーラに貰っていた精霊界の氷魚のウロコ、凄まじい効き目だから覚悟して飲めとは言われていたが、ここまでとは思わなかった。


「まだですか? 知らせは? 」


「お待ちを、今確認させています。」


「フェ、フェ、フェル…… 」


「大丈夫よ、日だまりの欠片が入ったビンはここに。」


アゴがガクガク震えて口が合わない。

ビンから直接飲めと言われたが、日だまりの欠片はボンヤリと光っているだけで効果があるのかさえ心配になってきた。

その時、突然ドアが開いて騎士の青年が飛び込んでくる。


「監視のヘビは全て捕らえました!

もう大丈夫です!お早く!」


「まことか?! 姫様、ラクリス様にお早く! 」


ラグを敷きラクリスを横たえさせて、急いでビンから日だまりの欠片を口に入れる。

すでにラクリスは口元は白く霜が付いて、髪は汗が凍りかけている。

ゴクンとようやく飲み込んだものの、それがなかなか効かない。


「どう? 少しはラクになりまして? 」


フェルリーンが、冷たい彼の頭を抱きしめる。

だが、朦朧としたラクリスは、どんよりした目で、すでに意識を手放しかけていた。


相変わらず息は白く、手の指先は赤黒くしもやけが出来ている。

側近や周囲の人間が集まり、皆で彼の身体をさすって温めた。


「マズい、これは全然効かないではないのか? 」


「魔導師を連れてこい! 」


「駄目だ、シビル殿は、これの解き方はまだわからないと。」


「どうするんだ! 」


「若様! お気をしっかり! 」


「 若様! 」 「 若様! 」



遠く、側近達の声が…… 遠く…… 遠く……


失敗、したよ フェルリーン、 君の言う通り、 先に飲めば良かった


きみの ことばを  かろんじた  僕の



すまない   父上




その時、視界が一瞬で真っ白になった。



一体何が起きているのかわからない。



真っ白な世界はただ暖かい光に満ちあふれているのだと、誰も気がつけないほどに強く、目を開けているのが難しいほどにまぶしく一切を照らし、影さえも生まれないほど四方からの光に満ちている。


「一体これは?! 」


「痛みも何も感じない。これは魔導? それとも何か大がかりな…… 」


ザワザワと言葉が交差しながら、自然と膝を付いて頭を下げる。

意図せず胸が苦しく、いっぱいになって涙を流す者が多い。

それが、巫子の何か術なのだと、精霊の国の民ならば自然と理解出来た。


「一体、どちらの巫子様だろうか。」


フェルリーンが呆然と周囲を見回し、巫子の姿を探す。

だが、どこにも姿を見ることが出来ない。


「巫子様がいらっしゃれば…… 」


ふとラクリスの顔を見ると、彼が大きく息を付いてようやく目を開く。

しもやけで真っ赤になった指で、そっと彼女の手を取った。


「一体…… 何の光なんだろう。暖かい、まるで優しく包み込むような。

ああ、すまない、心配かけた。」


「ラクリス! 」


「若様! 」


「おお! ようございました! ああ、良かった。」


皆が喜び、どこにともなく感謝の手を合わせる。

白い光は次第に薄く消えて行き、そして消えていった。

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