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515、ベスレムの後継ぎ息子

リトスから来た騎士貴族、レニエ公が顔を上げて目を剥いた。

あの、威厳に満ち、目つき鋭い猛禽類のような男の息子だと信じられなかった。

目の前に現れたラクリスは、ブルブル震えて視線も落ち着きが無く、横にいるうら若く可憐な妻の手をしっかり握り、すがりついているようにも見える。

ラグンベルクと近い年齢の自分にとって彼は憧れにも似た存在で、初めて見る息子に幾ばくかの期待があったのはウソじゃ無い。

想像していた美丈夫が、ガンガンと音を立てて理想から崩れ落ち、ガッカリとして思わずため息を付いた。


「ほんとうに、このように寒い中、おいでいただき感謝する。」


「いえ、お会い出来てようございました。」


寒い? 暑いくらいだぞ?今日は。

レニエが微妙に眉を寄せる。


「誰か、上着をもう一枚頼む。

す、すまない。お見苦しいところをお見せする。

父がいない不安からだろうか、寒うて寒うてかなわぬ。ガチガチガチ……


は、歯も合わぬ有様で、

い、いや。


父がさっさと出てしまって、どうして良いのかわからず…… とにかく城の守りを固めているのです。」


「それは難儀ですな。」


「は、 ハクションッ!

う、う、ズルズルズル、 いや、失礼。


領民の1人たりとも危害を加えられてはならぬと父の厳命なので、領民には申し訳ないが人の行き来も抑えているのだ。

我が領民は何にも変えがたい宝。

城下に不審な者の存在あれば、すぐに対応するよう命令している。

どうにも頭が回らぬし、どうかご了承願いたい。」


アゴを震わせ、一気に早口で喋る。

落ち着きのない様子は芝居にも見えない。

青白い顔で、側近にとうとう毛布を持ってくるよう頼んだ。


「あ、ううう、そ、それで、レニエ公は何のご用事で参られた? 」


「は、ご存じとは思いますが、アトラーナ王の窮状を聞いた当国の第3王子が、兵を連れ王城へと王の加勢に向かっております。

くれぐれもご心配には及ばぬと、お伝えに参りました。」


「お、おお、まことですか! ありがたい! ハークシュンッ!


ずるるる、伯父に…… 王に、す、すぐに鳥を飛ばして伝えます。

このように重要なこと、お伝え頂き感謝しか無い。」


「いえ、」


「そうだ! そう言えば、どなたかが残られてご助言頂けると、ガチガチガチ

お心遣いを、ハクシュンッ!

 だそうだが、も、申し訳ない。」


「はい、その件でございますが…… 」


バサッと、その時何故かラクリスの背後にある王家のタペストリーが動いた。



「ひいいいいい!! 」


驚くほどにラクリスがひっくり返って、フェルリーンにあたふたと手を伸ばす。


「魔物か! 魔物がここまで来たのか? 怖い、怖い、助けてくれ! 」


「あなた、大丈夫、風で動いただけよ、大丈夫。

ここにじっとしてれば大丈夫よ。」


「そうだな、誰も動いてはならん! よいな、誰も動くな、城を守るんだ。」


ハアハアハア、息を激しく突いて、イスに這い上がる。

思わず、レニエが眉をひそめて首を振った。


「 と、とりあえずは、 とりあえずは、な、慣れない、者の視線など、怖くて。

間違って殺めては、 た、た、大変なことに、なる! 」


目を見開いて、鬼気迫る顔で身を乗り出す。


「うっかり、 剣で、 殺してしまう! 」


レニエは小さく息を吐き、婚約者の手を離さずおびえる領主の息子に途方に暮れた。


あの、ラグンベルクの息子だぞ?

よもや、この醜態を見せたくないが為にずっと隠していたのか?

王子はきっと策士に違いないと仰っていたが、これは違う。


恐ろしいほどに小心者だ。


これ以上、部下を残してこの青年の狂気を見せつけられて、何を伝えさせよを言うのだ。魔導師の残したヘビで十分だろう。


周りの様子にも目を走らせる。

周囲は慣れているのか、それとも本当の主の為に息子を支えようとするのか、息子の両横にピタリと護衛に付いている者も、誰も笑う者など無い。


ラグンベルクは人望が高い。だが、息子なら傀儡にすることもあり得る。

戻って王子と相談するべきか。

まだ、領主が戻るには時間が必要なはずだ。猶予がある。


結論が出て、息を付いた。


「れ、レニエ公、これから夕げを準備させましょう、どうぞ城で一夜休んでください。」


ガチガチ歯を鳴らしながら真っ青な顔で、ニッコリ、ラクリスが笑う。

ひどく不気味な様子に、病でも持っていては大変と、レニエもニッコリ首を振った。


「いや、こちらもすぐに戻りませぬと、余計な心配をさせることになります故、お心ばかりを頂いて参ります。」


「ガチガチガチ、じゅ、十分な歓待もせず、私が父に叱られます。

どうぞ、 どうぞ! ごゆるりと、ごほっ、ごふっ、 おくつろぎください!」


だから、汝の存在が! ゆっくりなど出来ぬのだ! しつこい!


「いやいや、どうぞ! お気遣い無く。」


次第にレニエの頬がイライラと引きつる。


「どうぞご遠慮なく! 美味しい……、 美味しいパイを焼かせましょう!

ミートパイです! とても、 とても良い肉が手に入ったのです。


とても 良い、 肉が! 」


合わない歯を食いしばって、ニイイッと不気味に笑う顔からは、一体何の肉かわからない。


ま、まさか、 よもや精霊の肉では無かろうな?

いやいや、何をそのような、


まさか?! 人の 肉…… ?



「い、いや! ミートパイは苦手でして、お気遣いご無用。」


「なんと! 本当に珍しい肉なのです、どうぞご賞味を! 」


「いや、珍しい物など頂いては、私が叱られまする。それではごめん。」


レニエ公は、そう言うとそそくさとドアを出る。


「公、私は残っても構いません。」


監視に数人残すはずが、あの様子では病をうつされる懸念が強い。


「必要ない、砂糖(ヘビ)だけで十分だ。」


「 は 」


「兵に戻ると告げよ。馬車の準備を。」



早々に兵を連れ城を後にする。

この世界、薬と言えば薬草くらいしかないので、風邪一つでも命取りだ。


「なんと言う後継ぎだ。これならのちのち、ベスレムを手に入れるのはたやすかろう。」


「は、魔導の気配もありませんでした。芝居とも思えません。」


「ラグンベルクも気の毒な事よ。王家もだから衰退するのだ。」


レニエ公はしつこいラクリスから逃げるように城を出ると大きく息を吐き、振り向きもせず本国へと隊を進めた。

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