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514、 ラクリスの器を見よ

リトスの一行が、城下の町の入り口に置かれた関所を越えて、案内を先頭に城に上がって行く。


ベスレムの城下町は谷間の町で、リトスとの交易にも使われる主要道路は一本道だ。

以前、絨毯職人が誘拐され死亡した事件があり、命じたリトスの貴族の首を上げるまでラグンベルクが許さなかった経緯があり、リトス側も国境に関を置いている。


ミュー馬に乗った騎兵2人に先導され、貴族らしいシンプルな中にも豪華な装飾が見られ、位の高さが見える。

続く兵50は、装備は普通でさほど緊張感は見えず、主な目的は道行きの護衛のようだった。


町は戒厳令が出たとかで、店は閉まって人も少ないが、やたら兵が多い。

城下の守りに集中しているようだ。

町を抜けると広い牧場に相変わらずのんびりメエメエとシビルが鳴いて、普段は戦いなどとは縁遠いところに見える。

だが、今は城を守ることに集中しているように守衛が倍に増やしてある。

崖を利用した吊り橋を渡り、城内に入ると控えの間に案内された。


「レニエ公は、こちらでお待ちを。お付きの方々はこちらでお待ちください。

お疲れでしょう、軽いお食事も準備させております。」


公が部屋に側近と共に通されると、隣の部屋に連れた兵が通される。

十分広い部屋に軽食と茶が用意してあり、給仕の少年が世話を始めた。


「急に参りました無礼、ご子息にはよろしくお伝えください。」


「はい、剣をお預かりすることになるかもしれませんが…… 」


「有事ですから、警戒なさる気持ちも重々存じております。」


レニエ公の丁寧な対応に、先導してきた兵が頭を下げて部屋を出る。

公が側近に茶には手を付けるなと手で合図した。

3人がドアの前に立ち、中の兵達は給仕の少年が部屋を後にすると、茶を置いて無言で待機する。

椅子にも座らず、常に剣に手を置き緊張して、剣を預けるなど考えてもいないようだ。

言葉にしながらも友好を表現するのみで、そうする気は更々無いのだろう。

だが、公はベスレムの城に入れたら、目的の半分は達しているのだ。


公の横に立つ1人が、髪を数本抜きブツブツと呪を唱えて数匹のヘビに変えると、部屋の隅に離す。

公がチラリとそれを見た。


「今の砂糖(ヘビ)はすぐに溶けないのか?」


「砂糖は水が無ければ溶けませぬ。」


公がわかったとうなずく。

すでに、彼らはこの城にグレタガーラがいないことは知っている。

主要な騎士も戦士も不在だ。

何より、あの狡猾な王族の1人である領主がいないのだ。

今のベスレムは恐れるに足りぬ。

だが、本当にそうなのかに一つ疑問が残る。

本国で誰しもが、性格や人格を知らない一人息子ラクリスの存在だ。


ラクリスの器を見よ、それが自分に課せられた使命の一つ。

何故かラグンベルクは、リトスの人間に一人息子を挨拶程度しか会わせたことが無い。

隣国で頻繁に行き来があるというのに、誰も話をした記憶が無いのだ。

巧妙に、情報を伏せているとしか思えない。

こちらは知らなくても、向こうは身分を偽って同行させているかもしれないのだ。


『 あの狡猾な男の息子だ、計算高い者に違いない。

大皇を平気で背後から討つような者なれば、早々に攻め入り撃ち落とそうぞ。

だが、ベスレムは城下に領民の住まいが集中している。

戦場になれば今のままでは済まない。

あの美しい織物技術を無くすのは惜しい。

レニエ、お前が見て、ぬる湯で捨て置けるか、決起前に撃ち落とすか判断せよ。』


第一王子からの直々の命なのだ。

この、大切な真贋(しんがん)を託された名誉、必ずやり遂げる。


ドアが鳴って、ドア番の兵と共に執事風の老年の男が入ると頭を下げ、顔を上げるとサッと見回した。


「お待たせを致しました。

初めてお目にかかります、私は執事長のダレスと申します。

遠方よりお疲れでございましたでしょう。

おや、茶が減っていないご様子、お口に合いませんでしたかな?

これは大変なご無礼を。すぐに変わりをご用意いたしましょう。」


「いや! お心遣いには及ばぬ。

これ以上ラクリス殿に手間をかけては大変、早々にお目通りを願いたい。」


「おお、これはますます 失礼を。

さて、剣を預けになられても 構わぬと お心遣いを頂きましたが、いかがでしょうか?」


腰が低い様子だった執事が、暗い顔で下から睨めるように見る。

思わず返答に窮して皆を見回すと、執事が微笑み、また頭を下げた。


「お心遣い、傷み入ります。

騎士の魂とも言える剣をお預かりするなど、我ら そのような重責には とてもとても、 耐えられそうにはございません。

どうぞ、そのままお進みください。」


「 お、おお、 こちらこそ、お心遣い傷み入る。

御領主不在で大変であろう、今回は加勢に数人残して行こうかと話もしていたのだ。」


「ほう、 それはそれは。

まずは、若様と話し合いを。 どうぞこちらへ。」


ダレスが顔を上げ、レニエ公を見ると軽く頭を下げた。

やはり、好意の振りをして監視を置くつもりか。

ダレスが部下に目配せすると、執事服の1人が知らせにサッと先にドアを出る。


「では、 兵の方々は こちらで お待ち頂きますよう。」


レニエが後ろを向いて隊長にうなずく。


「わかった、皆ここで待つように。」


「承知いたしました。有事あればすぐに駆けつけまする。」


「有事など、とんでもない。

では、 案内いたします。 どうぞこちらへ。」


穏やかな空気感の中にある、微妙な間が、レニエにはストレスになる。

剣のことにはホッとしたように取られたか、どこか、一枚上手を取られたようで心の底が冷える。

ただの執事と思っていたが、彼はラグンベルクの執事なのだ。

兵を置き、レニエが側近を連れて執事のあとを追う。

廊下には随分と多く兵が立ち、一行が通ると軽く頭を下げる。


「随分と守りが堅いのですね。」


レニエの隣にいる側近が、つい声をかけた。


「ご存じのように、今は御館様が不在ですので、若様の命で城を固めておられます。」


ダレスが普通に答えて、温和に微笑む。

やがて謁見の間に着くと、重厚なドアの両側に立つ兵がゆっくりとドアを開けた。


「若様、リトス国第一王子名代、レニエ公をお連れいたしました。」


レニエが頭を下げて、どことなく下げていた視線を上げた。

大皇が兵を連れて越境したとは言え、ベスレムを脅迫するつもりは無い。

率先して、いまだ戦いにはなっていないはずだ。


「初めてお目にかかります。

アルベルト・ディ・レニエ公爵と申します。

急な訪問にも関わらず快くお受け下さり、恐悦至極でございます。」


軽く会釈して顔を上げる。

レニエは、少し驚いて思わず慌てて視線を外した。


「よくおいで下さいました。息子の領主代理を務めます息子のラクリスです。

父不在で大変申し訳ない。

若輩者故、至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします。」


「は、」


上目遣いで視線を寄せながら、頭を下げる。


立派な口上がうつろになるほど、ラクリスは目の下には真っ黒にクマを作り、横にはべらせた妻の手をしっかり握って、おどおどとした視線は定まらず不安そうに見えた。

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