512、呪いの言霊
執務棟の中に入ると、男たちがケガ人を運び出し、部屋から女を助け出していた。
恐らくは皆で籠もっていたのだろう。
「生きて、いるかもしれない…… 」
階段を上り、上の階に行くと王子の居室フロアの奥で兵が集まっている。
「どうしたのだ?」
「ああ、何故かこのドアだけ開かないんだ。
壊そうかと相談してる。
ここに何があるのか知っているか?」
「ここは…… 確か子供が2人いるはずだ。
避難してなければ。」
「ああ、やっぱりか。」
「壊すか?中で倒れているのかもしれん。」
「いや、待ってくれ。外扉は重いから、簡単に壊せない。
王子の居室からも行けるんだ。
そちらを見てみよう。」
あの、黒い髪の子供は異質だった。
こう言うことも出来るかもしれない。
王子の部屋に入ると、少し異臭が残っている。
兵が顔を歪めて窓を開けた。
ドアを次々開いて進む。
「貴方、こちらをよく知っているのか?」
知っているからなんだという、僕になにをさせようと言うんだ。
ルクレシアは答えない。
部屋を進むと、そのドアから楽しげな笑い声と歌が聞こえ始めた。
『 ラララララ ラララララ 火を起こそう ぼうぼうぼう
みんなでほら お菓子を焼きましょ ぼうぼうぼう
踊れよ踊れ 火の精霊 ラララララ ラララララ
楽しいな、嬉しいな、もうすぐお菓子が焼き上がる 』
キャーハハハハ!
まるで外の喧騒など聞こえなかったかのように、子供たちが楽しそうに足音を響かせる。
「どういう事だ?」
兵が顔を見合わせて、ルクレシアを見る。
ルクレシアが戸惑いながらドアに手をかけると、声がピタリと止んだ。
ふと、手を離し、コンコンコンと、ノックする。
カチャリ
ドアが開き、王子の小姓3人が顔を出した。
「 ルクレシア様! 」
「メイ! ステラ! カティア! どうしてここに? 」
3人のまだ小柄の少年は、涙を浮かべて飛び込んでくる。
顔を上げると、黒髪の少年にニッコリした。
「フェイクが助けてくれたのです。
ルクレシアが戻らなくて不安で泣いていたら、おいでおいでと誘う声が聞こえて。
あの子の遊び相手になって欲しいと。」
「そうか。
フェイク殿、この子達を救っていただき感謝します。」
ルクレシアが頭を下げる。
すると、リュシーが飛びだしルクレシアに抱きついた。
「待ってたよ! 僕をガーラの所へ連れてって! 」
「え? ガーラ? 」
「うん、大好きなガーラ、ねえ、僕にはわかるよ! 近くにいるんだ!
ガーラ、ガーラ! 僕が会いに行くよ。さあ、一緒に行こう! 」
リュシーが明るい顔で声をあげ、ルクレシアの手を引くと部屋を出ようとする。
「 リュシー、リュシエール 」
フェイクが優しく呼び止めた。
王のそばにいたガラリアが、ハッと顔を上げた。
「まさか…… ここに? 」
ギュッと胸元で手を握り、そっと下がって部屋を出る。
飛んで行きたい。
でも、どこにいるのかボンヤリと霞がかかってわからない。
アリアドネ、アリアドネ、何故?
何故あの子の存在を教えてくれないの?
答えて!
“ ガラリア、愛しい人。
私にはわからない。言霊が邪魔をするから ”
「言霊? それは何? 」
アリアドネが、心の奥底で下を向いてつぶやく。
“ あなたは、 リュシエールに、 会うことが、 出来ない ”
「 馬鹿なことを!! ヴァシュラム!! 」
呪詛めいた言葉に、気が狂いそうになる。
「同胞よ! リュシエールを探し、その場所を指し示せ! 」
ガラリアが、声を上げる。
だが、精霊の反応が無い。
「 何故?! 」
“ 精霊は、あの子の為には動かない。動けない。
言霊を消せるのはヴァシュラムだけだ。
私は彼であって彼では無い ”
ガラリアが、ギュッと唇を噛みしめ目を見開いた。
言霊の、呪いだと??
精霊が呪いを吐くというのか?
なんて、なんて、 なんと言う精霊か!
「そんなもの、そんな事、私には障害にならない! 」
その瞬間、彼の身体が精霊から人の姿、巫子セレスへと変化する。
服がドレスから巫子服へと代わり、外へと飛び出した。
片付けをしている兵が数人顔を上げて驚いている。手を止め、頭を下げた。
「セレス様! 一体何を慌てていらっしゃるので? 」
「子供だ! 子供を知らないか? 」
「さあ…… ああ、本館にいるかもしれません、向こうはまだ捜索が終わってないので。
先ほど一つ開かないドアがあるとか言ってましたな。
王子の部屋の…… 」
最後まで聞く前にセレスが走り出した。
「言霊など、関係ない! これほど近くにいるのだ! 会えないはずは!
リュシエーール! リュシーー!!」
“ やめよ! ガラリア! ”
ザザザザザザ!
バシャーーーンッ!
周囲にいた兵が驚いて駆け寄る。
水が、ガラリアの身体に巻き付き彼を止めた。
「 なにをなさるのです?! 私は! 」
ザザザザザザザザザザァァ
水たまりの水が巻き上がり、その場に水の精霊女王シールーンが姿を現した。
「なりません、ガラリア。
今、あなたが会うことは、あの子に死を呼んでしまう。」
「死ですって?! 言霊にそんな力があるというのですか?!」
「落ち着きなさい。アリアドネの言葉に惑わされてはいけない。
アリアドネはヴァシュラムと分かたれた者。
受ける利は同じなのです。
あなたを独占したい気持ちは同じと考えなさい。」
「馬鹿なこと、同じ身体に住んで、それでも飽き足らないと?」
「業の強い精霊です、あなたがそれを一番知っているでしょう。
ヴァシュラムが人としての姿を消す前に残したのは、呪いとも言える言霊です。
あなたがあの子に会うと、それが発動してあの子は無かったことにされてしまう。」
「無かった…… 事? 」
「あの子は今、火に食われて存在がもろい。
ヴァシュラムはそれを利用しているのでしょう。
聖なる火からの分離が先です。そして、ヴァシュラムに術を解かせなければ。」
「でも、あの子は?! 」
「大丈夫、フレアゴートが保護しています。
フレアゴートは巫子がいる今なら、眷属がいれば火との分離は出来ると言います。
待ちなさい。今まで待ったのです。」
ガクリとガラリアが肩を落とす。
視線の先に、リュシエールがいるのに、会うことが出来ない。
そしてそのリュシエールも、再びドアが閉ざされ涙を流していた。




