510、人の戦いは人に任せよう
男たちは地図を持ち出し、中央に円卓を置くと地図を広げて検討を始めている。
だが、今のところ兵が出たという情報のみで位置がわからない。
「国境から連絡は無いのか?」
「無い所を見ると、やられたか。この国の民は戦に慣れておらん。
だが、周囲の国は常に小競り合いで鍛えている。」
「見当を付けて斥候を出しましょう。
特に山越えは数が多ければ多いほど、道を外れての移動は難しい。」
「レスラカーン様には援護の兵を送った方がよろしくはないか?
既に国内に入っているならば、国境で戦闘になっているかもしれぬ! 」
「お守りせねば! あの方は盲目なのだぞ!
何故お一人で向かわせたのだ、非常識ではないか?! 」
『それは、あの方のお考え合ってのことだ! 」
突然事情を知らない王の側近の騎士が、ベスレムの兵に苦言を放つ。
それはそうだろう。彼らは風の館でのレスラカーンの変わり様を知らないのだ。
王が、怒鳴り合う二人に手を上げ制した。
「やめよ、国の大事である。
レスラカーンは、考えあって行動しているのだ。
斥候はグルクでの上空からの確認のみで良い、すぐに準備せよ。
レナントとベスレムにも水鏡で伝えよ! 」
「はっ! 」
リリスが考えを巡らせ、自分たちも悪霊と戦っていた時の事に思いをはせる。
そして、顔を上げた。
「皆様、現状動ける兵の数がとても少ない。
国境の民との連絡を密に。話し合い、共同戦線を張る必要があります。
魔導師の水鏡をもっと活用しましょう。どちらにも長けた魔導師がいらっしゃいます。
近くに水鏡を置きましょう。場を作る必要がありますのでシャラナ様に、お早く手配を。」
「「 おお 」」 「承知した。」
「はっはっは、戦い慣れてござるは、巫子殿ではないんですかい?」
レナントの一人が茶化して笑う。
だが、考えてみれば、一番戦っていたのは確かに自分だった。
「ああ…… 本当に、そうでしたね。」
「人のことは人で対応する。お前達は少し休むがいい。」
王が初めて自分たちを気づかってくれたが、すぐに話し合いに視線を戻す。
後ろからガーラントがポンと肩を叩き、部屋を出ようとうながす。
「でも、お話を聞いていたいのです。」
「まだ、情報が集まっていない。
報告が来たらすぐに呼びにくる。
別室で身体を休めた方が良い、まだ眷属がいないのだろう?
今は休むことも大切なことだ。」
うつむくリリスの手を、マリナが握ってドアへ引いて行く。
「騎士殿の言う通りだ。人の戦は任せよう。
赤、お前の身体は休ませた方が良い。神官達も休んで貰おう。」
ハッと顔を上げた。
ルークが疲れ切った顔で目の下真っ黒にして、深々とお辞儀する。
「 そ、 そうでした。」
顔を上げて振り向くと、神官達は無言で頭を下げる。
リリスは改めて彼らの無事を嬉しく思うと、うなずいた。
「では、最後に一言だけ。」
リリスが立ち去る前にこれだけは言っておかねばと皆を向いて口を開く。
王の騎士が怪訝な顔でさっさと立ち去れと首を振るが、レナントとベスレムの兵達はシンと口を閉ざし真摯に耳を傾ける。
その様子に驚き、王も顔を上げた。
「皆様、私は、この国が石ころだとは思っておりません。
この国は、あくまでも精霊の聖地なのです。
これほど精霊が聖域を作るに好む土地は他にないでしょう。
王家にはよく火の巫子が生まれるそうです、それは逆を言えば、火の巫子が生まれるからこその王家であると思っています。
それは、まさに精霊の聖地の王家に相応しい。王家は精霊の言葉を聞く巫子の血筋。
国の民は、それを大切に守ってきたのです。
精霊があってこそのこの国だというのなら、この国あってこその精霊。
人は、もっと自分の生まれ出たこの国を誇るべきです。」
リリスの言葉に、男たちが思わず胸に手を当てた。
「ありがとうございます。そのお言葉、嬉しく思いますわ。」
ルシリア姫が、前に出て腰を下げ、礼を尽くしてお辞儀する。
そして歩み寄ると、リリスの手を取り額に当てた。
「どうぞ、巫子殿。
王が何と仰いましょうと、我らの心には、あなた様はまさに巫子でありお世継ぎなのですわ。
お休みくださいまし。
そして、また一休みの後は我ら民を力強く率いてくださいませ。
ひとまずは、お疲れ様でございました。」
「「「 お疲れ様でございました! 」」」
一同がそろって頭を下げ、キョトンとしてリリスが焦って苦笑いする。
「さ、巫子様、お休みくださいませ。」
ニッコリ、姫の微笑みに有無を言わせぬ圧がある。
リリスは冷や汗が流れた。
「え、あの、そのつもりはまったくございませんが?」
「あら、ご自覚がございませんの?まあ!兄様とそっくり。
あれだけお山の頂点でピカーッと光っていながら、自分ではふもとで寝転んでると思っていますのよ?
ひどい領主でございましょう?
あなた様こそ、ご自分をその辺の石ころと思ってはいけません事よ?
輝く石はどこにいても頂点で輝くものですわ。」
意地悪にキュッと姫が笑い、さあさあと、リリスの肩を押してマリナに託す。
男たちは、一同が頭を下げて送り出した。
ドアが閉まり、男たちが頭を上げて明るい顔で言葉を交わす。
それは、侵略を受ける今の切迫した状況とは、かけ離れて明るい。
王が、少し驚いて声をかけた。
「何故、お前達はそれほどあの赤い髪の者を尊重するのだ。
あれは下働きの者ぞ?」
「恐れながら王よ、今それを口にする者はおりません。
あの方は巫子様でございますので。我ら何度も助けて頂きました。
そして何よりあのお言葉でございます。」
「言葉?」
男たちが、顔を見合わせ気恥ずかしそうに笑う。
「王よ、あの方のお言葉には、我らを明るい方へと導くお力があるのです。
先ほどのような、力のある。
自分のありようが良い物だと、お前はそこにあるだけで良いのだと、そう言われているような。
こう、言葉にするのは難しいのですが。
そう、あの方の言葉を聞いていますと、この国の為、あの方の為に務めなければと、メキメキと力が上がるのでございます。
我ら戦士となりまして、これほど他者の為に働きたいと思った事はございません。」
王が目を見開き、ふと妃を見る。
妃はひどく嬉しそうに、何度もうなずいている。
神妙な顔で目を閉じ、腕を組む弟を見ると、片目を開けてニヤリとして見せた。
ああ、そうか。
ふうっと息を吐く。
何も知らぬは我が身だけか。
傍らには拾い集められた王冠のかけらがある。
何故割れたのかわからない。
こんな物に、何の価値があろうか。
だが、王は必ず必要だ。
私を枷に止めようとする存在はなくなった。
しかし、下働きの子で育った者を王家復帰には難しかろう。
弟はこれほど推してくるが、憎しみの上に仮面をかぶっている懸念は捨てきれない。
憎んでいるはずだ。
そうで無くてはおかしい。
人は、どうとでも演じられるのだ。
仲の良い兄弟と評されていた、私とサラカーンのように。




