509、トラン兵、5千の疑惑
王都ラグンベルクを中心に、レナントとベスレムの騎士や戦士が並んで話し合いが続いていた。
臣下を失いひどく焦燥していた王も、ようやく頼りになる戦士達に囲まれ背筋を伸ばし頭を巡らせ始めた。
「他国の動きはどうか? 一国が動いたとなると、他国も必ず動き始めるだろう。」
「は、ケイルフリントがティルクにそそのかされ不穏な状況だと報告があります。あと、トランが既にこちらへ向かっていると。
それが、自国の魔導師が迷惑をかけたと、加勢に。
その数、間者が5千と報告してきました。」
「5千? 加勢に? 」
「加勢に見せかけて、一気に攻め込む気かも知れません。」
「うーむ、」
判断に迷う。
ケイルフリントであれば、本城が一番近い。
だが、この状況で兵を送るにも人員が乏しい。
確かに加勢なら助かるが、トランはレナントと小競り合いしてきた国だ。
「加勢などと言うが、我らはトランを心底信用してござらん。」
レナント勢の1人が声を上げ、皆ウンウンとうなずいている。
彼らレナントの確執は大きい。
リリスが聞きながら最後の一かけのパンを食べ、ジュースを飲みながらレナントのことを思う。
彼ら国境の民の士気の高さはトランに対しての物だ。
国境の民の歴史は、トランとの戦いの歴史なのだ。簡単に信用出来るものでは無いと思う。
ジュースをゴクゴク飲み終わり、立ち上がると話し合いの場に加わった。
「そこは皆様、今こそ、ミスリルたちに頼るときではないでしょうか?
彼らのお力は我が国の宝! ミスリルのお力を借りて情報を収集し見極めるべきです!
整える準備は…… あれ? 」
一斉にザワついて微妙な微笑みとうなずきがあり、リリスが逆に驚いた。
「まさか、すでに動いていらっしゃるのですか? 」
「おうよ! 御館様の采配で、ミスリルたちには既に間者を頼んでいるぞ!
まさに、お考えは同じとされている。だから我らは城に集結したのだ。」
ベスレムの1人が声を上げ、ラグンベルクが手を上げた。
「恐らくケイルフリントはティルクと組んで、すでに兵を送っていると見た方が良かろう。
そちらに兵を送るとしても、位置的に背後からトランに来られると負ける。
トランを信じるか、部隊を分けてトランを迎えるか、判断が難しい。」
「加勢に、5千…… か。」
5千と言われても、ピンと来ない。
戦など、経験の無い者ばかりだ。
リリスがぐるりと周りを見まわす。
「こちらに、戦の経験がある方はいらっしゃいましょうか? 」
すると、端っこにいたレナント勢が手を上げた。
「我らは戦までは行かぬが、トランとは何度も小競り合いしている。
それでよろしいか? 」
パンッと、リリスが手を叩き、両手を大きく広げた。
「まさにっ! 気高き国境の民よ、あなた方の出番です!
どうか、ご助言を頂きたい! どうぞ前に出てご発言を! 」
「お、おう! では、失礼する。」
多勢に無勢でベスレム勢に押されて小さくなっていたレナントの男たちが前に出て緊張した面持ちで立つ。
すると、急にルシリア姫が歩み寄って彼らの前で腕を組み、偉そうに一同を見下ろして声を上げた。
「さあ! 思う存分聞くがよろしいわ! 」
「姫様〜、」
なんだか、急に偉そうな姫様に苦笑して、ニヤリと笑って肩の力が抜けた。
「わかる範囲で助言程度なら出来ますぜ。」
「今はそれで十分です。
間違っても構いません。どうぞ物怖じすることなくご発言下さい。
トランの5千をどう思われましょうか? 」
「5千は確かに多い。
真に加勢なら、千から千五百と思われる。
と、言う事は、思うに途中で別れることが考えられる。
5千のうち、騎兵は千といった所か。」
「千? ミュー馬を千も揃えているのか? 」
「ミュー馬は育つのが遅く、数が少ない。
だから隣国では貴族の馬と呼ばれるのでござる。
トランやリトスが戦闘時使っているのは、隣国でも数も多いムール(大型の鹿)とシニヨン(大型のトカゲ)で。」
「シニヨンだって? あれは肉食だろう、それを使いこなしているのか? 」
「はい、だから、シニヨンを連れていくときは、生き餌にイール(山羊)を同行させるので。
イールは繁殖力も高く、草を食わせれば水をほとんど飲みません。
シビルより扱いやすく、臭みはありますが食肉には向いてますので、レナントでは最近家畜で買う者が増えてます。
シニヨンは見かけはアレですが、飼い慣らすと忠実です。
ドラゴンの混血とも言いますけど、生き餌食ってるの見ると野蛮で、とてもとてもそうは思えませんなあ。」
ザワつく人間達の声に、グレンが顔を背ける。
ゴウカが彼の手に手をそっと添えて、何か心で語りかけた。
リリスが横目でそれを見て、目を閉じ、気がつかない振りをする。
マリナが心話で話しかけてきた。
『 シニヨンは、確かにドラゴンの血筋だ。
だけどさ、知性の無い肉食と勝手に思ってるのは人間なんだよね。
シニヨンとは、戦いで命を落とした者と1度黄泉で話しをしたよ。
人間に掴まると終わりだと。
言葉が通じないから意志があるのだと伝えることが出来ない。
知性を捨てて、好きでも無い生臭い肉ばかり食わされて、獣のように言いなりになるしかないのだとね。
アトラーナでは見ないだろう? 彼らにとって、アトラーナは聖域らしい。
それは、アトラーナは原祖のドラゴンが住まう国だからと。
彼らは国という人間の決めたものを知っている。
服を着ないから無知の獣だと決めつけてるのだよ、人間は。 』
『 もしかして、その原祖のドラゴンとは 』
『 恐らくグレンの父親だ。どんな姿なのか知らんが、生きているのに伝承のような人の数倍大きな姿で伝説級になっているのもおかしい話だ。
グレンは何も言わないが、ちゃんと父としての記憶がある。
恐らくは人に近い姿をしているのかもしれないな。 』
『 会えればいいですね。 』
『 そうだな、グレンに悪い感情はない。
母親は巫子のようなものだったのかもしれない。 』
ドラゴンは、小さい頃から旅してきた自分も見たことが無い。
この国自体が聖域ならば、この戦にも手を貸して貰えないだろうか。
精霊たちにとっても、王家などどうでもいいことだろう。
窓から空を見て、大きく息を付いた。