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507、いまだ、我が子と認めず

「初めてお目にかかる、私は火の青の巫子、マリナ・ルー。

あなたの息子殿の相棒だ。

我ら火の巫子なれば、本来生まれた時からあなたの手元からは離れる運命であった。

だが、あなたがそれほど涙するのは、赤が、リリスが死んだと聞かされていたからこその、安堵の涙に違いないと思う。

あなたの息子は、ほらこのように、艱難辛苦をなめながらも実直に、少しも曲がることなく、無事に育っておりますよ。

私は片手故、あなたの手を取ることが出来ぬ。

さあ、手を取り確かに生きていると、お感じなされませ。」


マリナが、リリスの手を王妃に差し出す。

王妃はそっとその手を取り、優しくなめらかな手で優しくなでた。


「ああ…… 本当に。

ああ、本当に。」


手の平をなで、手首の細さを見て、手を慈しむように両手で包み、優しく微笑んだ。


「ああ、手の平がゴツゴツとして、たいそう苦労したのですね。」


リリスは、言葉が出ずにただうなずく。

ようやく見た優しい微笑みに、温かな手の感触に、薄く口を開き1つ大きく呼吸した。


「 僕は、 」  あなたの子供ですか?


そう、 聞いていいのだろうか。


戸惑っていると、王妃がそっと頬を両手の平で包む。

汚れてるかもしれないのに、しっかりと顔を確かめるように。


「お父様のお若い頃と、そっくり。」


王妃の手が震える。

感情を押し殺しているのが手から伝わる。

抱きつけば、抱きしめて貰える。

それを望んできたはずなのに、一歩踏み出せない。

その時、

ルークの顔のホカゲが、横から出て問うた。


「巫子殿を息子とお呼びになられたという事は、王族復帰の方針であらせられるのでしょうか? 」


一番肝心なことを聞いてくれた。


「…… それは、」


だが、そこで王の言葉が止まった。

それは、

の後は、どうしても否定の言葉しか浮かばなかった。


無論だ。

と返されたならば、リリスは何の躊躇も無く抱きついただろう。

だが、王はそれ以上言葉が出なかった。


「なんと言う…… ことを…… 何故、何故、認めないのです。

この子は、自分の力でここまで登って、ようやく会いに来てくれたのですよ? 何故? 」


王妃が信じられないと目を大きく見開き王を見る。

リリスは、やむなく彼女の手から一歩引いた。

凍り付く王妃の姿に、ラグンベルクが失望して首を振る。


もう宰相はいないというのに、過去のならわしに捕らわれているのは、兄よ、あなただけだ。


「まだ王は過去からの口伝に捕らわれて素直になれぬ。

だが、リリスよ。

お前のことを一番愛していたのは兄だと、それはわかってくれぬか。」


ラグンベルクがそう告げる。

無理な話だとわかる。一番など、この状況で説得力は無い。

自分ならば、絶対に許せない。

まして、母である王妃のこの動揺。王が先導し、騙していたのは明らかだ。

これでこの父親の、何をわかれというのだ。


リリスがうつむき、胸に手を当てふうっと息を付いた。

そして顔を上げると、嬉しそうに肩をすぼめて笑った。


「わかりました。

まだ心の内で色んな気持ちが渦巻いて、納得の域にまで達していませんが。

私は、お妃様から大きな、それは大きな愛情を感じました。

今は、それで十分でございます。」


にこやかに告げるリリスに、一同が仰天した。

自分なら、と、そう思わないでいられなかった。

それほど宰相のやり方はあくどく、何も知らずそれに追従してきた自分が恥ずかしく思える。


王妃が半狂乱になりはしないかと、心配する一同をよそに、王妃はその言葉に少し救われたのか、涙を拭いてリリスに微笑み返しゆっくりとうなずいた。


王が、目を見開きリリスを見つめる。


感情に流されることもなく、状況で引き際を心得、たった一言で、相手の心を測り、場を納めてしまった。

この子は…… 




「今は、非常時です。

どうか、自由な発言をお許しください。王様。」


そう言って、リリスが真っ直ぐに王を見る。

気圧されるようで、王は自分の立場を見失う所だった。

大きく息を吸い、腹いっぱいで呼吸する。


「許す。今は非常時だ、おのおの、言葉ある者は前に出よ! 」


大きくうなずき、リリスが前に出た。


「ありがとうございます!! では、私よりまずは報告を申し上げます!

火の巫子として、主様のお力をお借りし、魔物の消滅を確認いたしました。

まずは、これは大きな戦果、これで城の内部に悪気をまとう悪霊などの存在の心配はなくなりました。

悪気に命を奪われる心配もなくなり、かなり動きやすくなったと存じます。」


「おお、さすが巫子殿! 」


「お疲れ様でございました! 」


一斉に、拍手が起きて王が目を剥いた。

あっという間に人心を集めるとは、この事か。

サラカーンが眉間にしわ寄せ、怒鳴るように話していた事が思い浮かび苦笑した。


「ですが! このお力も人の心の内までは変えるものでは無いと言うこと、それを重々ご承知ください。

と、それを前提に致しますと、人の間で問題が起きても、心情に変化がなければ、何ら現状は変わらぬと言うこと。

ここにレスラカーン様がいらっしゃらないのは何故でございましょうか? 」


「それは、私、レナントから来ましたガルシアの代理、ルシリアと申します。

私から説明いたしますわ。」


ルシリア姫が、手を上げ前に出る。

王に一礼して、リリスを向き彼女らしい張りのある声で説明を始めた。


「風の館にリトスからの使者が参りました。

リトスの大皇とアルフレット王子が挙兵なさってこちらへ向かっていると。」


リリスが大きく目を見開いた。

遅かった、と言える。もちろん、周囲の国の動きが、だ。

それだけ、精霊の国を侵略するのにためらうものがあったのだろう。

古人が国を守る為に大切にしてきたものを自ら捨てようとした事が、周囲の国からそのためらいを難なく取り払ってしまったのだ。

とうとう決起する国が出てしまった。

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