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506、巫子として生みの親の前に立つ

そこは、王城でも客人を招き休んでいただく来客棟だけに、建物内は細かな装飾と美しい織物が至る所に飾ってあり、見事な焼き物に花が活けてある。

花が活けてあるのだ、この状況で。驚きに、思わず目を奪われながら先に進む。


ここに来ただけでアトラーナの産業が良くわかる。

小さな国だが、貧しいわけでは無い。

織物のベスレムや焼き物のレナントから、主に交易で納められる関税は、人気も右肩上がりだけに潤沢だと言う噂だ。

そのお金がどこにあるのかわからないけど、実際こういうことがあると、精霊の国を名乗るリスクに金は適度にため込む必要もあるのかも知れない。

事実、王家がひどく華美な生活かというと、言うほどでもないと言うのが現実だ。


リリスは神官、そしてガーラントたち騎士と、ザレルのあとについて王のいる部屋に入った。

すぐにラグンベルクの横にいたグレンが歩み寄り、リリスに一礼して横に付く。

これで神官がみんな揃い、皆の無事に大きく息を吐いた。


落ち着いて部屋を見渡すと、そこは謁見の間に劣らない装飾の美しい部屋だ。

美しい花の絵柄の大きなラグが部屋の中央にあり、カーテンは華やかな彩りの刺繍が施されタッセルが見た事もないような金糸で煌びやかに彩りを添える。

壁には精霊たちが舞う絵が飾られ、上座には四精霊が地水火風を納める絵柄の、古い大きなタペストリーが飾ってあった。

中央には客人の高貴な身分の方が座る細工の美しい椅子がある。

そしてそれに座る疲れ切った顔の王が、リリスを見ると顔を上げた。


ああ、そうだった。この人が王だった。

何故だろう、今はひどく色褪せて見える。

この人がもっと早く気がついてあげたら、王子は身体を失うこともなかっただろうに。

レスラカーンはお父さんを失うこともなかっただろうに。

そう思わずにいられない。


人の上に立つ者には、相応の期待に応える力が必要だ。

ガルシアは、ラグンベルクは、まさに上に立つ者だった。

この人は、どうだったのだろう。


大きく息を吐く。

膝を付いてきた相手だが、もうその気も失せた。


誰も彼もに媚びを売るのはやめようと思う。

老女のムチが、目上の誰かが危害を加えてくるのが、ただ怖かったのだ。

本当に、自分は下卑た育ちの悪さが災いして、誰も彼もに必死で頭を下げていた。

母がいないと、可哀想な、奴隷の小さな子供だった。


だが、もう自分は、後に続く人たちの前で、軽々しく膝を付いてはいけないのだ。


「お久しゅうございます、火の、赤の巫子リリスでございます。」


「うむ。」


静かにうなずき、異を唱えない姿は、もう認めない選択肢はないのだと表している。

ならば、どう、するのだ。

無言でじっと王の言葉を待つ。

悪霊を消して見せたのだ。

ならば、次にどう言うのかはわかりきったことだ。


「このたびのこと、大義であった。」


低い声で、苦々しささえ感じられた。

どう、返していいのかわからない。


たった、それだけ?


リリスが無言で王を見つめる。

目を閉じ、天を仰ぐ。

何度も深呼吸する。


うん、よし。落ち着いている。


「大義であったと仰るのであれば、我が主の住まうに相応しい神殿建設を要求いたします。」


「ふむ。」


王がため息のように大きく息を吐く。

リリスはまったく下手に出ない。

そしてそれを咎めるものもいなかった。


「我が国に、火の精霊はおらぬ。」


「おります。会って参りました。」


「 なんと? 一体どこにだ? 」


「今は言えません。」


「なぜ? なぜだ。」


「まだ、王様には信用に足る行動が見えないからです。

我らには300年の溝がある事をお忘れ無きよう。」


王が少し驚いた。

そうだろう。お前達は踏みつけてきたのだ。

何代にもわたって。

私は今、ここに巫子として立っている。

私には、彼らを解放する責がある。


横から女性が2人、王妃とキアナルーサの妹姫だろうか、乱れた髪に目には真っ黒いクマを作って、恐らくは恐ろしさに疲れ切ったのだろう。

憔悴したようなようすで、そっと前に出た。


かぶり物無しで、初めて見る顔だった。

驚いて、息を呑む。


美しい、王妃と姫だった。


生きていてくれて良かったと、心のどこかで安堵している自分がいた。

それは、キアナルーサの為になのか、自分の為なのかはわからないけれど。


「 ああ…… 」


わなわなと、手を震わせ王妃が出てくる。

涙をボロボロと流し、打ち震える様が、どこか恐ろしくて思わず後ずさった。

これまでどれほどの思いを抱えてきたかが、感情を爆発させて恐ろしいほどの圧迫感を持ってリリスをジリジリと追って行く。

リリスはそんな王妃が、鬼気迫るような迫力があって、ちょっと恐い。

ただただ、荒れ狂う感情と視線がリリスに集中していた。



どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、


なんか怖い、怖い、え? 本当に、この人が私のお母さん?

いや、ちょっとなんか違う。ちょっと怖い、

待って、待って、待って、ちょっと無理です。

母上様! 何でいてくれないのですか?



逃げるリリスに、姫が戸惑って駆け寄り、母の服を引く。

どう見ても、今は母の一方的な気持ちだと、止めなければと思った。


「お母様、駄目よ。ね? 部屋を出ましょう。」


「何を言うの、あなたの、あなたのお兄様なのよ? 」


姫が振り向いて、リリスを見て何とも言えない顔になる。

自分が今、どんな顔をしているのかわからない。

感動の対面など夢みていたのに、呼び合って抱き合う夢を見ていたのに、何故か真実は恐ろしかった。


「でも、お母様…… なんだか怖いわ。

きっとね、きっと、まだ皆様、その時ではないのですわ。」


壁際まで追いやられていたリリスがハッと、その言葉に驚いて自分の頬を叩いた。

ザレルを探し、思わず駆け寄る。


「こ、こ、怖い顔してますか? 」


「いや、どちらかと言うと、困った顔をしているな。」


「お、お母様は? 母上はいらっしゃらないのですか? 」


「あれは国境を見に行ってる。」


「ええ〜、なんで肝心なときにいらっしゃらないんですか。

この状況は、僕の判断能力を軽く超えてしまいます。

どうしていいのかわかりません。」


抱きつかれても、ザレルはどうしようもなく天を仰ぐ。

まあ、国境は今土砂降りかもしれんなあと、隣国の兵に気の毒にも思う。


「何を言うの? 私があなたの母です! 私があなたの本当の母なのよ?! 」


「お母様! もう少し待ってあげて! お母様ったら! 」


「でもミレーニア、お前の、お前の兄様なのよ! 」


涙声で、顔を覆って涙を流す王妃に、ザレルがリリスの背を押した。

でも、どうしてもこの女性が母だという認識が持てない。


その時、後ろから誰かが人をかき分け進んでくると、リリスの手を取った。

手を引き、前に出て王妃の前に立つ。

それは、実体で現れたマリナだった。


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