504、べからずの掟
流れ着いた枝から生まれ出た光は人の形に変化して、ぺこりと頭を下げた。
周囲に精霊たちの光が沸いて、それが高位の精霊だとすぐにわかる。
リリスが一瞬頭を下げようとして思いとどまると、マリナと目を合わせた。
『 我が眷属の犯した不始末、申し訳なく思っています。
ご遺体はお預かりしましょう 』
急ぐ現状に、思わずホカゲのルークが明るい顔で返そうとした。
「それはこの上なく助かります。では、お願い……」
「待て、ホカゲ、結論を急くな。赤、この骨を元に再生の儀を行おう。」
突然、マリナが言い始めた。
が、死んだ身体の再生は難易度が高い。
失敗して、どんなモンスターを生み出すか知れない。
リリスは視線を泳がせ、こう言うしかなかった。
「それは……無理だ。」
「そうだな、生きるだけの身体といった方がいいかもしれない。
少なくとも、今のアヒルよりいいと思うけど。
精神は残っているんだ。骨を元に入れ物を作るのは、我々にはさほど難しいことじゃない。」
いいや、そうじゃ無い、言いたいことは違うんだ。
「マリナ、それを決めるのは僕らじゃない。
入れ物で生きることは苦難の道だ。
子の出来ない世継ぎがどれほど苦しいか君は知らないんだ。」
ランドレールの記憶をたどり、リリスは見てきたのだ。
彼の苦しい人生を。
「赤、でもこのままではキアナルーサは存在があやふやになって死んでしまうよ。」
リリスが唇を噛んで顔を上げる。
やるか、やらないか、今までの自分なら、迷わずやることを選択するだろう。
だが、彼は世継ぎなのだ。特別な状況だ。
いや、
何を迷っているのかわからない。
もしかしたら、彼がいなくなることで、自分が王家復帰出来るかもなんて考えているのか?
違う、あり得ない!
いいや、そんなことでは無い。
そんな事、微塵も考えなかったと言えばウソになる。
だが、何か違うことで心に引っかかる。
でも、今決めなければならない。
その時、ゴウカが前に出て頭を下げた。
「赤様、反魂なれば、理に反することと存じます。
べからずの掟をご存じでありましょうか?
火の巫子は出来るからこそ、厳しく取り決められていることでございます。」
そうだ。 そうだった。
ハッと、目が覚めた。
何度も何度も、反すうするように黄泉の巫子たちに言わされた『べからずの掟』、それをすっかり忘れていた。
「ゴウカ、それだ。私たちが忘れていることだ。」
「でも、キアナルーサは魂は存在する。極めてまれだが、反魂とは言いがたいんじゃないかな。」
「マリナ、これはあとで議論しよう。王子はあの身体で今は安定している。
準備だけは整えて、あとで決めることが出来る事だ。」
リリスが地の精霊に、ぺこりと頭を下げた。
「骨をきれいに清められましょうか?」
『 お任せ下さい。それは地の精霊の仕事でございます。
それでは、ご遺体はお預かりいたします 』
「他の埋葬されたはずのご遺体も、お願い出来ましょうか?
ご遺体が操られてかなりの数、出てしまっておられるのを目にしました。
出来れば身元のわかる状況で元のように埋葬願いたい。」
『 難しい事ですが、尽くしましょう。 』
「よろしくお願いします。」
ボコボコと、床から沢山の手が現れて、絨毯の下へと次第に王子の身体が沈んで行く。
そして、身体で盛り上がっていた絨毯は、ぺたりと平らになった。
それを見届けて、小さな精霊が顔を上げてリリスに迷うように告げた。
『 赤の巫子よ、王が、お待ちでございます。どうか。 』
「承知しております。それでは、お願い致します。
それと、私からもあなたにお話しが。」
『 承知、 しました。それでは後ほど。 』
そう返すと、地の精霊は一礼してスッと枝葉の影に消えていった。
それを、どこか覚めた目で見下ろすリリスにマリナがキョンとする。
あれ?あの精霊、ガラリアじゃなかったっけ?
気がついてるようなのに、なんで声をかけないのだろう。
リリはセレスの名が印象が強いようだけど。
あんなに慕っていたのに、何故だろう?
マリナがリリスの堅い横顔を見て、どこか様子が変わったような気がする。
地の精霊は彼の友人のはずなのに、何故だろうとふと思った。
「巫子様!! 」
遠くから声がして、振り向くと恐る恐る城の表と裏から人が現れてやってくる。
「赤様! ご無事で! 」
「赤様! 」
「巫子殿! 」「巫子様ー! 」
裏から、表から、オキビやガーラントたち、登城した者や城にいた兵達が、中庭の惨状に驚き、見回しながら集まって来た。
「うおお、これはなんと言う! 」
「たいへんなことで… 」
「魔物退治は上手く行ったのですな! 」
「ご無事で! 巫子様! 」
「いや、先ほどの真っ白な世界はなんだったのでしょうか? 」
「皆様もご無事で! 」
床と一部の壁を残してすっかり無くなってしまった謁見の間に驚き、口々に興奮した様子でリリスの元に集まってきて無事の再会を喜ぶ。
「よく頑張られましたな! 」
「まこと、お恐ろしいほどのお力よ! 巫子殿! 」
みんなに群がられて、身体中バンバン叩かれる。
それが力になって、身体の疲れが払い落とされるようだ。
「あははは! 待って待って、待ってください!壊れてしまいますよ。
皆さんもご無事で良かった! 」
マリナはそれを苦笑して見ながら、スッとその場から消えた。
「ハイハイ!そのくらいにしとけ! 神官殿が睨んでおられるぞ! 」
ホムラやゴウカが後ろでギリギリしながら耐えている。
巫子が人間達に気軽に触れられるのが、危険極まりなく耐えがたいのだ。
やれやれと離れていく兵達に、
安堵して息を吐くと、姿の見えないマリナを探した。
身体に戻ったのだろう。
語りかけると、返事は軽かった。
「巫子殿! 」
ベスレムの隊長が、手を上げてリリスの元に来ると一礼した。
「巫子殿、ご無事で! 」
「エルク隊長も、いらっしゃったのですね?
皆様全員がご一緒ですか? 」
「はい、御館様の指示で、城に集結することになりました。」
「では、ラグンベルク様とレスラカーン様もご一緒に? 」
隊長の顔が曇った。
リリスの目が、何かを敏感に感じ取る。
「何か、あったのですね? 」
「実は、えー、少々状況が悪化して、ここでは申し上げにくい状況に。」
「わかりました。」
リリスの視線が、次の問題へと切り替わった。