503、恋人たちの再会
ルクレシアの身体のアランが、精霊の石に向かってもどかしいように手を伸ばす。
精霊が、凍り付いて視線を声の方へとやった。
『 マ…… マサカ…… 』
ルクレシアの身体が思うように動かせないのに、いっときも早く彼女の元に駆けつけたい気持ちだけが急く。
足元も見ずに駆けだして、瓦礫に足を取られ爺に支えて貰い、爺の手の中で必死で身じろいだ。
「ルル!僕の小さな、大切な!
迎えに! 迎えに来たんだ!」
思うように動かせない身体に、もどかしいほど手を伸ばし叫ぶ。
精霊は、大きく目を見開き、逃げるように石の壁に張り付いてそれを見ていた。
『 マサカ、 何故? イヤ、うそダ! 私ヲ謀ルツモリダナ! 』
振り向き、リリスを睨み付ける精霊が、どんどんまた黒くなって行く。
石が濁り、精霊の顔が醜悪に歪んだ。
「我らは何もしていないよ、精霊。
彼は、彼の意志で君を迎えに来たのだ。」
『 うそ、ダ! 』
信じない精霊に、マリナが冷たく言い放った。
「お前が信じる信じ無いなどどうでもいいのだ、お前の愛などその程度だ。
だが、彼はあの人間の中にまぎれて現世に現れた。
その影響は、あの青年の人生を大きく狂わせてしまったのだ。
なんて迷惑な話であろうか。
だが、そこまでお前に対する愛情が強かったのだ。
なのに、お前は目の前にしても信じさえもしないという。
なんて不幸なことだ。」
『 オマエノ言葉ナド、信ジラレルモノカ!! 』
歩み寄ったルクレシアの姿のアランが、精霊の石を両手ですくい取る。
その目からは大粒の涙がこぼれ、嗚咽をこぼし、そっと頬を寄せた。
やっと、やっと会えた大切な人だった。
大きさなんて関係ない。
精霊たちに囲まれ、穏やかに暮らしたあの森での美しく楽しい年月が、2人の間の壁を消し去っていた。
アランが何度も息を飲み込んで、精霊の石をのぞき込む。
その石は薄墨のような黒い濁りの中に、身体が半分黒く崩れ始めている精霊を閉じ込めていた。
「迎えに、来たよ。 遅く、なって、ごめんね。
私の、愛する、小さな白百合。」
精霊が、彼の口癖に大きく目を見開き、ハッと、真っ黒になった片手を隠すように抱きしめる。
半分黒い身体を必死で隠し、大粒の涙を石の中にいくつも漂わせた。
『 駄目、駄目、私ハ、モウ、白百合ナドデハ、ない わ。
ああ、見ないで。見ないで! こんな醜い姿を。 』
「ルルリア、黄泉で、ただ待っていた僕を、許してくれるかい?
君が現世で苦しんでいるなんて、考えもしなかった。
ルルリア、愛しい人。
君は今でも白百合のように美しい。
僕の手を取って、さあ、一緒に行こう。
また、一緒に暮らそう。」
壁越しに見つめる精霊が、一瞬希望を見せて表情が曇った。
じっと黒い手を見て、ゆっくりと首を振り、そして後ろに下がって行く。
「どうしたんだい? 怒ってる? 」
『 違う…… 違うわ…… 』
あなたの手を取るには、私は、 あまりにも……
絨毯から覗く、王子の髪をチラリと見る。
両手で顔を覆って首を振った。
こんな、こんな、こんな事が。待っていたなんて。
私はあなたの復讐に捕らわれて、黄泉であなたが待ってるなんて考えもしなかった。
ああ、沢山の死が私を責め立て、あざ笑う。
自分が殺したのだ。彼だけではなく、多くの人間を。
あまりにも、あまりにも、沢山の罪を犯してしまった。
精霊が目を閉じ、そしてゆっくりと両手を合わせて身体を丸め、膝を抱えて小さくなった。
『 アラン、 あなたの手で、 この石を割って。
あなたの手で、 私を、 殺して、 消し去って 』
石の中で膝に顔を埋めて漂いながら、精霊がささやいた。
アランがゆっくり首を振る。
彼女が何をしてきたかなんて、それは、途方もなく罪が重いことを知っている。
でもそれは、彼女の前で不甲斐なく殺されてしまった、全て自分の為なんだ。
「君の罪は、僕も一緒に背負うよ。
次に生まれ変わるのがちっぽけな虫でも、水の泡の精霊でも、約束するよ、2度と離れない。
僕は、君を、大切な君を、愛しているよ。僕の白百合。」
精霊が、大きく目を見開いて顔を上げ、名をつぶやいた。
「でも、きっと許されない。」
「僕も許されない。」
「こんな事、駄目なんだわ。」
「わかってる、だから一緒に行こう。」
精霊が、そうっと手を伸ばした。
アランが壁越しにその手と手を合わせ、自然と言葉が2人の口からこぼれる。
『 あなたと 』
「 君と、永遠に 」
『「 共に! 」』
次の瞬間、ローブを着たアランの姿が石の中に現れ、2人の抱き合う姿が一瞬輝く。
そして精霊の石は黒く色を変え、音を立てて2つに割れると、ただの石ころになっていた。
ガクンとルクレシアがつんのめる。
爺が彼の身体をすくい上げると、軽々と抱き上げた。
「これで、坊ちゃまヘのご用はなくなりましたかな?」
「ああ、助かった。」
「良かった、アラン様なくして精霊の昇華はなかったでしょう
一同が、大きく息を付いて空を仰ぐ。
「まったく、 色恋の邪魔をすると恐ろしいもんだ。見よ、この有様を。
彼らが魔物の剣の最初の被害者なんだ。
いや、厳密に言うと最初の被害者はランドレール王子か。
被害者が被害者を産んで増やしていったということだ。」
マリナがため息を付いて、リリスが2人の遺体と滅茶苦茶になった城の惨状に目をやる。
「誰が悪いのか、何が悪いのかなんて、ここまでひどい状況になると、もうわからなくなります。」
「悪霊は去った。魔物は消えた。それでいい。
禍根は残るだろうが。
あまりに人が死にすぎた。」
「マリナ。それでも生きていれば、明日に歩き出すしかないのですよ。」
「ああ、こんな状況でも夜が来て、朝がくるんだ。全ての者に平等に。」
終わった。
とりあえず、最大の障害を取り除くことが出来た。
目を閉じ、大きく息を吐いて前を向く。
さあ、動かねばならぬ!
「人が来る前に、王子の遺体を移動させねば。
ホカゲ、あなたなら移動出来ましょう?」
「は、では移動前に、ご遺体の様子を見ます。」
ルークが王子の元に来て、髪を1本落とし、隙間から入りトカゲに変えて王子の遺体を見て回る。
だが、その姿は今死んだものとは到底思えないほど黒く変色している。
恐らく、あの黒い泥に毒されたのだろう。
駄目だ、遺体は相当痛んでいる。
これを話していい物か、赤様はご兄弟だけに思い入れが大きい。
隠れて見えないことが幸いしている。
マリナをチラリと見ると、唇に指を立てる。
何も言うなと、無言で圧力が来た。
「一体どこに、移動させるにも、目に付かない所と言うと、森くらいしか思いつきませんが。」
これは駄目だ、部屋に入れるのはやめた方がいい。
王妃の目にかかると卒倒される。
ではどこに?
恐らく別の場所にある地下の死体置き場はすでに兵の遺体があるに違いない。
世継ぎだ、しかもまだ完全に死んでない。
遺体は見られない方がいい。
迷っていると、横でそっと声がささやいた。
『 地で、お預かりいたします 』
声の方を見ると、折れて流れてきた枝に、小さな輝きが湧いた。




