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502、謁見の間であった場所

白い光が消え、リリスが呆然と天を仰ぐ。

大きく息を吸って、吐きだした。


「 なんという…… 」


そう、つぶやくしか無かった。

それが、どれほどの結果をもたらすのかは、自分の目で確認するしか無い。


「ここまで強い力は望んでいないのですが。」


日の輝きに重なっていたウサギ耳の光の玉が降りてくる。

手を差し出すと、手をすり抜けぴょこんと、上を向いてるリリスの顔に着地した。


「 汝が望んだ結果である 」


光のウサギに質量は無い。

リリスが目を閉じ顔を起こすと、顔を通り抜けてリリスの頭に乗った。


「 わが光は悪気は消すが、人の感情までは消せぬ 」


「それは……」


「 あとは汝の仕事なり、我関せず 」


屋根から見下ろすと黒い澱は消滅して、ただ、水に流されたあとのように中庭全体の植物や庭造りであった石造物などがことごとくがなぎ倒され、たまった水がいまだどこかに流れている。

もっとも荘厳だった謁見の間は見る影もなく屋根が吹き飛ばされ、壁は2面を半壊の状態で残し、辛うじて一面に敷いてあった美しい絨毯と玉座だけは見て取れる。


闇落ち精霊に吞まれた王子と宰相の姿が見えない。

水がキラキラと日の光に反射して、どこに精霊がいるのかもわからなかった。

思わず、リリスが屋根から身を乗り出し、飛び降りようとする。

ここが3階以上の高さがあるなど忘れてしまう。


「赤様!」


ホムラが慌てて声をかけ、横に控えた。

神官達の存在を、一瞬忘れていた。

ホカゲはようやく身を起こし、ゴウカは身体が半分灰になっている。

大丈夫かと、先に気にかけなければならないのは神官達のことなのに、気が回らなかった自分に少し驚く。

呆然と手を差し伸べると、横でマリナが手を上げた。


「僕が手当てする。赤、大丈夫? 気持ちがフワフワしてるよ、疲れたんじゃない? 」


「いや、 大丈夫…… いや、よく、わからない。」


マリナが、リリスに抱きついて力を送る。

あれだけの力を呼び出して、どれほど疲れたかなんてマリナにも想像が付かなかった。


「きっと、光の神が一緒にいるから、身体の疲れがハッキリ自覚出来ないんだよ。

僕はほとんどなにもしてないからね、君と神官が頑張ったのと同じだ。」


「うん、うん…… ああ、ほんとだ。気持ちいい。

すまない、じゃあ2人を頼むよ、謁見の間だった所で精霊の石を探してみる。」


「探すだけだよ。」


「わかってる。

もしかしたら、消えてなくなってるかもしれない。

そうだ、彼は無事でいる? 」


マリナがリリスから離れて、フワフワとルクレシアの元に行く。

ルクレシアは無表情に、両手を合わせてマリナの方を向いた。


「彼は無事だよ。そうだな、恋心は悪い気ではないって事さ。」


クスッと笑ってゴウカの元に向かった。

服を残し、人型に散らばった灰に手を当て力を送ると、ようやく人の身体を取り戻してゆく。

それでも、身体は一回り小さくなって、ひどく消耗しているのは見て取れた。


「申しわけ…… 」


「良い、よく止めてくれた。

ゴウカとホカゲは無理をするな。」


ホカゲが羊のシビルの顔で、ズルズルマリナの所に這ってくる。

毒の余韻で、泡を吹いた口元がヨダレでビシャビシャになっていた。


「青様〜、私にもお力をお恵みください〜、人になれません〜」


「まあ、今回はお前も良く働いたよ。褒めてやる。」


ぐでっと屋根に寝そべるホカゲを、マリナがよしよしと頭をなでて解毒してやると、スッとルークの頭に戻った。


「有り難き幸せ! 」


ピョンと頭を上げて、笑う顔だが、目が羊で人に戻ってない。

本当に危なかったのだろう、人を遙かに超えるミスリルがこれほど消耗したのだ。


「目がシビルだ、戻ってないぞ。いいからヨダレを拭け、魔導師の長の権威が落ちる。

さて、ルクレシアをどうやって下まで降ろそうか。」


「お心遣いには及びませぬ。」


爺が、ルクレシアを抱き上げて現れた。

ルクレシアを一時的に乗っ取っているアランには、人の身体を操るのが多少困難な様子だ。


「私がお連れいたします。」


「では頼む。我らも降りるぞ。」


爺は、ルクレシアを抱いて屋根を飛び降りる。


バサッバサバサッ


腰に差した彼の杖が形を変え、大きな翼になって羽ばたきゆっくりと下に降りた。


「あの杖、なんとも便利な使い方をしているな。」


マリナがクスクス笑う。

一体何なのか、ホカゲが彼の正体を聞こうかとしたが、もう言葉を出すのも億劫だった。



リリスがホムラに乗って、ゆっくりと謁見の間周辺の上空をぐるりと回る。

次第に高度を下げ、ホムラが残った壁にトンと足を突く。

下に降り、翼を畳んで水に濡れて日の光に輝く絨毯を踏み、ホムラが周囲を巡った。

その絨毯はめくり上がり、グチャグチャになって半分がよれてしまっている。

だが、火の精霊を閉じ込めた穴だけには、吸い付くように変わらずあった。


何も、力を感じない。

精霊は消えたのかもしれない。

いや、黄泉に行ったとは感じなかった。それははっきりわかる。

これは、火の巫子の力かもしれない。


玉座には壁から落ちている王家の紋章のタペストリーの下から、宰相の上半身の骨が見えている。


「そうか、食われたばかりだったから……」


ホムラを降りて近づき、手を伸ばすと人に戻ったホムラに遮られた。

ホムラがタペストリーをめくると、ガサリと骨が崩れ服だけが残る。

リリスが前髪を握り、ああと声を漏らした。


「レスラカーン様、申しわけありません。やはり、遅かった。」


彼の父を思う気持ちを考えると心が苦しい。

何もかもが遅かった。


「王子は?」キアナルーサの身体を探す。

目のいいホムラがぐるりと見回し、何かに気がついた。


「赤様、あちらに。ああ、おみ足が濡れまする。」


ホムラがリリスを片手で抱き上げ、腕に座らせてよれて丸まっている絨毯の端に向かう。

髪が見えて、リリスが大きく目を見開き彼の腕を飛び降りると、バシャバシャと服が濡れるのも構わず駆け寄った。


「王子、 キアナルーサ様、 キアナルーサ! 」


水を吸って重い絨毯を必死で持ち上げる。

だが、大きな絨毯は重く、ビクともしない。


「重い! どうしよう、死んでしまう! 王子が! 王子! 」


「赤様、我らにお任せを、赤様! 」


ホムラが力任せに持ち上げようとするリリスを止める。

だが、リリスは必死に絨毯を持ち上げようとした。



「 赤! 王子は、死んでる。 」



マリナの声が、手を止めないリリスの頭の中に響く。


「でも、でも! もしかしたら、生きてるかもしれない! 」


「 赤、 君にもわかっているだろう? 」


リリスの手が、ようやく止まった。

涙が、次々とあふれ出す。

意識は生きているとわかっていても、身体の死はとてつもなく本当の死に近かった。

絨毯の端に出た髪をなでると、あの、13の時の旅が思い出される。


それで、自分の仕事は全部終わったのだと思っていた。

あとは、キアナルーサが祝福されて、王になる姿を見送って、風の館を出ようと思っていた。


もう、その頃なら、母も許してくれるだろうと。

でも、いつ見てもキアナはちっとも自信に満ちた姿を見せなかった。

いつ見ても不安げで、いつ見ても、真実に押しつぶされたような姿をしていた。


自分の存在がそうさせるのなら、異世界の日本で暮らそうと、そう思ったのに。

僕らの運命は、ちっとも思うように動かない。


「赤、石が、 精霊の石が 」


マリナが指さす先に、キラリとひときわ輝く、透明な石が光を反射した。


「あれは…… 」


思ったよりも大きな石は、剣の柄を飾るのに適していたのだろう。

だが、それが思わぬ災いを呼んでしまった。


瓦礫の上に転がるその石の元に行くと、中の精霊が半分黒い身体で漂い、顔を上げるとリリスを指さした。

その黒い指先はボロボロと肉が崩れ、骨になり始めている。


『 コ、 コレデ、 勝ッタト  思ウナ 人間 』


か細い声で、まだ憎しみの目を向ける。

透明の石はモヤモヤと黒い煙が混じり、またその石を暗い色に染めようとしていた。


「また…… 繰り返すの?」


リリスがつぶやくように問うと、精霊があざ笑う。


『 王家ヲ、 滅ボス、 マデ 

 何度デモ、 何度デモ、 何度デモ、 何度…… 』



「 ルルリア!! 」



驚くほどハッキリした、ルクレシアの声が響いた。

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