497、巫子の中の真の巫子
黒い泥のような澱が中庭を満たし、美しい庭園を飲み込んで地面を真っ黒に埋め尽くそうとしている。
だが、本館の窓は破れず、わきから表へ出ようとしたとき、またも結界に阻まれた。
ザザザザザザザザッ
ドザーーンッ!
どれだけ波打ち暴れても、館を傷つけることは出来ず、見えない壁がある。
「うむううう、出すまいぞ、ここから一滴たりとも!」
ホカゲが被害を中庭で押さえる為、至る所に据えた結界の触媒を発動する。
杖を掲げ、全身全霊でそれを支えた。
だが、思った以上に泥は悪気を放ち、結界を支えるホカゲの表情が苦しくなる。
ひどい、なんてひどい毒気だ、まるで自分の身体で押さえ込んでいるように、結界が毒される。
自分が倒れると、これは城からあふれ、街を飲み込む。
そうなれば次々と命を取り込み、更に容積を増してどうなるのか考えただけで恐ろしい。
「 赤様、悪気が強すぎます。 ゴウカ!ゴウカ!後ろを頼む! 」
「 承知した! 」
ゴウカが手を振り自分の灰を飛ばし、印を結ぶ。
「 鳴れ火打ち石!我が身を持って結界と成す! 」
バーーーンッ!!
地響きを上げて、ゴウカの術が発動し、その結界は中庭を見えない二重の壁で覆った。
だが、あまりの悪い気に、2人の顔は見る間に苦しくなる。
ホ ホ ホ ホ ホホホホホ アハハハハハハハ
闇落ちした精霊の不気味な暗い笑い声が、あたりに響き渡った。
リリスはそれを聞きながら両手を合わせ、厳しい顔で気難しい日の神に語りかける。
「 お力を!
今できる、最大のお力を!
ほんの指の先ほどのお力では駄目なのです!!
シャシュリシュラカ様!!」
『 今 できる とは、 不敬である 』
リリスの声に応えるように、頭上にフワフワと浮いたウサギ耳の光の玉から声がする。
「 日の神よ、巫子の願いをお聞き届けください!どうか!どうか!! 」
横でホカゲの顔が、人に戻り、シビルの顔になる。
集中しているはずなのに、それほど混乱しているのだ。
「 赤様 不甲斐ないこと、申しわけありませぬ ど、毒が!
悪気が… も、持ちません 」
毒気に当てられ、ホカゲのシビルの顔が泡を吹きはじめた。
ゴウカは手を合わせたまま、無言で動かない。
結界が、今にも消えそうに揺らいだ。
駄目だ、 駄目だ、抑えきれない!!
このままでは2人が死んでしまう!
「 日の神よ! どうか!どうか!本来のお力をお見せ下さい!!
この天に輝く日の輝きには、眷属も無く、唯お一人の神!
尊き光にやどりし慈悲深き神よ!どうか、あなたの巫子の声を!
我らに救いの手を!どうか!」
『 汝、ヒトに託すに十分の力は、すでに任せた 』
「 足りないのです!どうか、どうか!本来のお力を! 」
『 くどい 』
「 これほど…… 」 言うても、わからぬか
生きる物の命を軽んじる日の神に、怒りがわいた。
大きく目を見開き、リリスが獣のように息を腹一杯に吸い、吐いた。
怒りで髪が、ゴウと燃え上がった。
瞳が真っ赤に妖しく輝き、恐ろしいまでに、歯が折れそうなほどギリギリと歯がみする。
リリスの怒りに思わずひるんだウサギ耳の光の玉が、宙に逃げた。
だが、リリスは無意識に風を呼び、ふわりと浮き上がりそれを追って両手で掴む。
ウサギ耳が恐怖にだらりと下がり、光が小さくなる。
雲の向こうの太陽に、それを掲げて目を見開き牙を剥いた。
「 足りぬと言っているのだ!!
我を汝が巫子だと、地を這う人間に知らしめたければ、
それ相応の力を見せよ!!
崇め、祀るに相応しい神だと!その力を示せ!!
汝が力の片鱗などでは、笑い者にしかならぬ!
良いか! 汝が真の太陽神だというのなら、小手先の力などいらぬ!
あのくらい、瞬で消して見せよ!
大空にいて、懐が知れる!
我を! 絶望させるな!! 太陽神!! 」
マリナが、横にいて目を見開き、大きく口を開けたまま身をすくませた。
太陽神を怒らせるとどうなるかなど、聞いたことも無い。
だが、リリスは総毛立つほど怒りをあらわにしていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
空気が震え、空からうめくような音が響き渡る。
マリナも心から願って手を合わせた。
『 ……… 解、 である 』
「 あ、あか、さま… 」
ホカゲがガクリと膝を折り、とうとう倒れた。
結界の1つの壁が消え、ゴウカの結界が支える。
「 私が、 私が糸を切る!! 」
びょおおっと下から舞い上がる突風にリリスの手にあった光の玉が舞い上がる。
リリスは空に輝く太陽と、その光の玉に向かい、両手を伸ばして声を上げ、あたりに音を響かせ手を合わせた。
パーーンッ!!
「 我が主よ!
尊き日の神、万物を照らす太陽神よ!御身のしもべが赤の巫子が願いを聞き入れたまえ!
その日、聖なる輝きを持って、闇に落ち地を這う悪気の魔を払いませい!
悪気! 消滅せしめよ!! 」
リリスの指輪に、ポッと火が付きまぶしいほどに輝いた。
その輝きは、願いの強さに応えるように、雲合いから太陽が輝き、閃光を放つ。
すべての人々がたまらず目を閉じると、リリスの頭上から、ささやくように声が聞こえた。
「 我が、 巫子、 その願い、 聞き届けた 」
ウサギ耳の光の玉が、天に昇り太陽と重なる。
カッッ !!
音も無く、日の輝きがまるで爆発でもしたかのように、アトラーナから、この世界一面が色を失った。
白、
白、
真っ白の世界が、リリスを中心に広がって行く。
上か下かも見失うような、無の世界。
あまりのまぶしさに、目を開けていられるわけも無く、人々は下を向く。
恐ろしさに膝を付き、思わず両手を合わせて願った。
アトラーナを越え、世界を白に、真っ白に染めてゆく。
その輝きは重量感さえ感じるほど、ズシンと人の身体さえも突き抜け、感覚的に何かが引き抜かれるように消えて行く。
まさに、
まさに、全てが清浄な輝きに満ちていくのだ。
それは、恐ろしいほどの圧倒的な力。
恐らくは誰もが初めて見る、火の赤の巫子による世界の清浄化。
この瞬間、世にあふれていた澱みや混沌が消え、悪気が消え失せ、力を失って行く。
何が引き起こされているのか、それを知るのは火の神官のみ。
だが、アトラーナの人々には、わかるのだ。
それはまるで、刷り込まれたDNAのように。
何か力の強い、本当の巫子が現れたのだと。
この瞬間、世は日の巫子の再来を知り、人々は畏れを成して地に伏せた。




