493、不穏な動きの周囲の国々
その少し前、ラグンベルクはレスラカーンの命を受けて近隣の国の動静を探っていたミスリル、キリルの報告を受けていた。
キリルはレスラがリトスの説得へと旅立ったことを聞いて、ひどく動揺していたが、すぐに落ち着きラグンベルクに膝を付いた。
「主のお考えであれば、必ず成されることでしょう。」
「お前はサラカーンのミスリルだったな。何故主を守れなかった者が生きている。」
「死ぬなら生まれ変わって我が命を聞けと、レスラカーン様に一喝されましてございます。」
「ハハハハハ!あれがそう言うたか!
なかなかに、覇気のある姿であったろう?」
「は、こちらに来られてからのあの方の変わり様は、まるで翼を得た鳥のようでございます。」
嬉しそうに笑ったラグンベルクが、真顔になって身を乗り出した。
「よし、話を聞こう。」
「は、トランのメディアス陛下が兵を挙げました。
レナントの関所を通らず、最短の山越えにて、こちらへ真っ直ぐ進軍しております。
ガルシア様に動きが無い所を見ると、恐らくはレナントは把握していないと見ております。」
「数は?」
「5千と見ました。
あと、ケイルフリントも背後のティルクにそそのかされ、同盟を組んで不穏な動きがございます。
ケイルフリントは首都がルランに距離的に近く、もっとも注意すべき隣国です。
ティルクと組めば、小国と侮れません。」
「フェルリーン姫の国ではないか。」
周囲がザワつき、顔を合わせる。
フェルリーン姫は、ラグンベルクの長男、ラクリスと婚約関係にある。
以前はキアナルーサと婚約していたが、ラクリスと恋愛関係になった為にそれを譲ったのだ。
異例なことだが、キアナルーサはそれでトランの姫と婚約することにした。
ともあれ、とうとう恐れていた事態になりつつある。
攻め込まれれば、今はなすすべも無い。
「ふーむ、まずはトランだ。
レナントを通らず。と言う所をどう見るか。
難所の山越えまでして最短の道を通るのは、目的がはっきりしているからだ。
グレタガーラに水鏡でレナントの様子を聞くよう伝えよ。」
「はっ」
横にいた側近がグレタのいる部屋へ向かいかけた時、ドアが開いた。
グレタガーラが現れ、膝を折って一礼する。
「今、ガルシア様より水鏡で知らせがございました。
トランより、このたびの騒ぎを聞きつけ、是非に加勢いたしたく総勢5千の兵を急ぎ送ったと知らせがありましてございます。
トランを去った魔導師が、そちらで悪さをしているのではと、まったくもって申し訳ないと、メディアス陛下より知らせが参ったと。
トランの騒ぎの折にはレナントの兵を同行させておりましたので、それが良い方へ転びましたとガルシア様より言づてでございます。」
「なるほど、トランの内情を知られているだけに、下手に出てきたか。」
「本城の会議では、トランより賠償金の話も聞いておりました。
頭が上がらぬ状況で、攻めてくるなど恥知らずもありますまい。」
ふうむ、ラグンベルクが顎に手をやり目を閉じる。
トランを素直に信じるにはこれまでの歴史が邪魔をする。
「だが、5千は多すぎる。
こちらの戦力の少なさを見れば、手の平返しもあり得よう。」
「トランへ出迎えの兵として、監視を送られましょうか?」
「ふむ。頭の痛いことよ。
少ない兵を送った所で、目的が変わった時点であっさり殺されよう。
楔にもならぬ。」
「では、我らミスリルにお任せを。」
キリルがラグンベルクに頭を下げた。
「ケイルフリントは別に監視を続けております。
国の一大事、ミスリル総出で対応いたします。
トラン兵の監視、ケイルフリントの監視、共に我らがお引き受けいたしましょう。
サラカーン様であれば、そうご命令なさったはず。
お前達なれば、可能であろうと。
我ら眷属、総力を挙げて、次の主レスラカーン様の為に全力を持って動きまする。」
「おお、レスラの為にか。わしにでは無く、あれの為にと言うか。面白い。」
「我が主はレスラカーン様。そして、レスラカーン様が頭を垂れる方であれば、それは共に頭を垂れまする。
我らを一つのコマとしてお使いください。」
頭を下げるキリルに、ラグンベルクがうなずいた。
彼はガルシアと同じで、王族なのにミスリルに対して差別感情が無い。
何故差別しなくてはならないのか、その方が不思議でならなかった人間だ。
「わかった、それでは頼む。
本城復帰の際は、ミスリルの多大な働き、王に事細かく伝えよう。」
「有り難き幸せにございます。ですが、我らが功績は我が主の誉れ、お忘れ無く。」
「うむ、レスラも良い家臣を持ったものよ。頼むぞ。」
「はっ」
キリルが生き生きとして、一礼すると一瞬で去る。
その心には、何かが変わる兆しが見えていた。
「グレタよ、城の様子はどうか?」
「はい、火の巫子が苦戦しておられるご様子。
結界がないので容易に見られましたが、屋外にはまだ多数の兵が、恐らくは一般の兵と思われる者が居ります。
城内は、死者や倒れたままの者があちらこちらに。
恐ろしい光景でございました。」
「ふむ、まだ正気の者が多数、城の守りについているか。
恐らくはリリスが城内に入ることを禁じているのであろう。
だが、あれが切り札と言っていた客人がすでに発ったのだ。
決着は遅くあるまい。
よい、ここまでとしよう。」
ラグンベルクが立ち上がった。
「皆、時が来た。
城内の魔物退治は火の巫子殿によって、けりがつくだろう。
我らも共に城に行くぞ!
残ったものどもと王の元に集結し、攻め入らんとする国々を牽制する!!
準備でき次第出立だ!」
「はっ!」
待ちに待った出立の時が来た。
目を見開いて、男たちが声を上げた。
「王の元へ!集結するぞ!」
「急げ!」
一斉に準備に取りかかる。
レナントやベスレムの兵は戦闘準備を始め、村人は準備していた物資を急いで荷馬車に積み込み始めた。




