492、属性の無い魔導師
霊体のまま、ルクレシアの前に立つマリナが首を傾げた。
「ふむ、今の声はなんだ?」
「君も聞こえたの?」
「聞こえたさ、お前の心に響いた声が、私の心にも確かに聞こえたぞ。」
「聞こえたなら、何も説明する必要は無い。彼は待つと言ったから、僕はお前に従おう。」
胸に手を当て、ランドレールの言葉の余韻をとどめるように静かに語った。
「よかろう、汝の身の安全は保証する。
だから、お前はちゃんと生きろ、ランドレールはお前の死を望んではいない。」
「わかってる。死んだように生きてやるさ。」
現実に引き戻され、苦虫を噛みしめる。
自分がこれから生きる姿なんて、弟の後ろに隠れるように生きて、死人のようにひっそり目立たず埋もれて過ごす事だけだ。
だが、マリナは思いがけず、まったく逆のことを口にした。
「そうだな、お前にはまだまだ仕事がある。隠居などさせぬ、覚悟しろ。と、
まあ、そう言うと反発もしようが、執事よ、汝の坊ちゃまは有能だ。」
爺が、胸に手を当て頭を垂れた。
「おわかり頂け、恐悦至極にございます。」
「爺!」
「良き主を得たな、ガルトシェルト。」
ガルトシェルト?それは、爺の名だろうか?
爺の名なんて初めて聞く。
なぜ?名を知って…… いや! 何故? 何故、不思議に思わなかったんだろう。
爺は…… 爺は…… 小さな頃から、生まれたときから、爺だった……
それは、おかしくないか?
「爺は…… 」
「ルクレシアよ、人には知らぬ方が良いこともあり、知った時が別れとなることもある。
さあ、目を閉じよ。」
マリナが左手を作り出し、ため息を付く彼の顔にその手を向けた。
一瞬で意識が遠のき、立ったまま身体が揺れる。
「出でよ、いにしえの魔導師、転生を重ね、心蘇りし者よ。
汝が仮の器はここにあり。
火の青が告げる。汝求める者のため、ここに顕現せよ。」
ルクレシアの身体の揺れが止まり、うっすらと目を開く。
怠そうに手を上げ、顔を覆った。
「 ああ…… 」
「起きろ、アラン。お前はこの為に存在するはずだ。」
「誰?」
「火の巫子の青だ。」
「青様……私は……」
動きが止まり、呆然とマリナを見て空を見る。
横を見て、獣に包まれ眠るリリスに目をやった。
「少年? 赤様……リリサ様…… と、 違う。」
「代が変わった。
お前は300年の時を経て、ようやくお前の愛する精霊と出会った。」
「私は 何故、 ここにいる」
マリナが、怪訝な顔でルクレシアのボンヤリした顔を見る。
ルクレシアは、マリナのオーラのまぶしさに顔を歪め、目を閉じてしまった。
「しまった、」
マリナが、思ってもいなかった反応にたじろいだ。
「マズい、時間の経過に実感がないのだ。
巫子が変わった事を受け入れず、心を閉じてしまった。」
思わず後ろに下がって、マリナの姿がゆらめく。
「私ともあろう者が、見誤った!
この、魔導師、火の者かと思ったのに、雑食だ!」
「雑食?とは?」
爺が眉を上げてマリナを見る。
「恐らくは、火と、地と、それに……水も?!
相反する力を浅く広く探求する者!はぐれ者の魔導師、エリシオと呼ばれる者だ。
どこにも属さず、そのエリシオを気に入った精霊しか力を貸さない。
だが、それだけに精霊には愛される性質を持つ。
さぞ、この男の周りには精霊があふれていただろう。
そうか、だから力及ばず、ただの人間に殺されたのだな。」
「ふむ……エリシオか。
今ではかなり珍しい存在ですな。
浅く広くは、属していても出来ること、居を置かないはぐれ者など、気ままな浮浪の者と同じ。」
「ああ、これはタチが悪い。
エリシオは決まった属性が無いから独立性が高くて、巫子の言う事なんて半分も聞いちゃくれない。
そんな奴ばかりだった。
だがアランよ、死者のお前には、私の声は届いているはずだ。」
アランは目を閉じたまま、うつむいて黙ってしまった。
マリナが首を振り、絶望的なため息をもらす。
「ガルトシェルトよ、これで強制的に連れて行くしか手がなくなった。」
「承知しました、この爺が坊ちゃまの手となり足となりましょう。
お任せを。」
「頼む。」
ここに来て、すんなり行かないとは痛いことだ。
リリスに手間をかけることになるかもしれない。
重い気持ちでマリナがリリスの元に行き、ひざまずいて耳元で優しくささやいた。
「起きよ、赤。
起きて無様に失敗した私を笑え。すまない、リリ、ごめん。」
眠る赤い髪の少年に、覆い被さり愛おしそうに顔を抱きしめ頬を寄せる。
マリナはメイスの顔で、目を閉じて額にキスをした。
「ん……う、フフ……はぁ……」
マリナと目を合わせると、2人でクスクス笑い合う。
「失敗しましたか?あなたともあろう人が。」
「そりゃあ僕だって人間だからね。見誤るときだってあるさ。」
「フフフ、それを聞いてホッとしました。」
リリスが起き上がり、ルクレシアの前に立つと手を取った。
「初めまして、アラン様。私、火の赤、リリスと申します。
お休みの所、誠に申し訳ありません。
きっとあなたがお探しの精霊はあの方だと思います。
さあ、会いに参りましょう。あなたのお迎えをお待ちになっていますよ?」
「…… は い 」
辛うじて、一言返事した。
「では、参りましょう。お付きの方、お願いしてよろしいか?」
「承知しました。」
リリスがホムラに乗って飛び立つと、ゴウカがまた灰の集合体で鳥のような羽を作り、爺とルクレシアを乗せて城へと向かう。
ルクレシアの身体を抱きかかえる爺が、目を閉じてその手に力が入る。
彼の気持ちを察して、横を飛ぶマリナが寄り添った。
上空に上がると、ハッとリリスが振り返る。
『 マリナ、みんなが城下まで来ています 』
心話で伝えると、マリナがうなずき前を見た。
『 これで終わらせよう、赤の巫子 』
『 ええ、終わらせましょう、青の巫子 』
どうしても終わらせようとしない闇落ち精霊への、彼は切り札となっていた。




