491、会えるのならば、いつまでも
大きな鳥形に広がっていたゴウカの灰がどんどん集合し、人型になる。
それはいつもの白装束のゴウカになって、2人の前に出ると頭を下げた。
「仰せにより、お連れいたしました。」
「ありがとうゴウカ、君は凄いね、赤が起きていたら、きっとビックリしてはしゃいだと思うよ?」
「恐れ多い事でございます。」
ゴウカが胸に手を当て頭を下げたまま横に下がると、マリナはルクレシアの前に出た。
「そう、胡散臭い顔をするな、まあ、気持ちはわかるがな。
私は強攻策に出ても良いが、汝の身体を借りることには同意を得たいのだ。」
「同意?だって?僕をどうするつもりだ?」
「言ったはずだ、お前の身体を借りたい。
汝の中には、もう1人別人格が眠っている。今必要なのはそちらの者なのだ。」
「はっ!それで僕に何の利がある。
知らないうちに死んでたなんてごめんだ。」
マリナの視線が泳ぐ。
何か良からぬ事を考えていそうで、ルクレシアは一歩下がると爺にぶつかった。
目を閉じる爺に、指を噛む。
ただ、うなずくのも怖かった。
「爺、爺は、どう思う?」
「お坊ちゃまのお心のままに。」
いいや、いいや、僕が聞きたいのはそんな答えじゃ無いんだ。
父上は必ず爺に相談せよと言った。
ならば、それ相応の答えが欲しい。
険しい顔で目を伏せた時、爺の言葉が続いた。
「と、申し上げたい所ですが、お話を聞くのも貴族のたしなみかと存じます。」
「また貴族か。」
「無下に断るのは簡単ですが、頼む相手に相応の取引を持ち込むのも手かと。」
マリナが、キョトンとしてプッと吹き出した。
「相手を前にして言う言葉か、そこの執事。
面白い奴だ。」
言葉端が引っかかって、ルクレシアが首を傾げる。
「年寄りとは言わないんだな。」
「そうさな、私は内と外の年が違う。
そして、私が感じるのは目ではない。人の内側だ。
年齢はその後に気がつく。」
「気がつく程度か、ふざけた奴だ。わかった、まずは話を聞こう。
だが、お前の言葉は強制的に聞こえる。
それがイヤなんだ。わかるか?私の意志の入る隙を与えろ。」
はあ、マリナがため息ついて、腕を組んだままヒョイと肩を上げた。
「見てわかるだろう、我々だけが矢面に立たされている現状を。
少しくらい同情して貰ってもいいと思うんだがね。」
「それは……
まあ、勝手にやってるだけだとは言うまい。
確かにね、頼まれてもないのによくやるよ。僕なら黙って見てるね。」
「クククッ、だろう?
まったく、僕も同意見だ。赤の実直さには時々呆れる。
さて、実を言うとだな、私はお前が気に入っている。」
「は、冗談!」
「だから、こうしよう。
手を貸してくれたら、黄泉でランドレールに会わせてやる。」
ルクレシアが、驚いた顔で息をするのを忘れた。
視線が泳ぎ、静かに息を吐く。
周囲を見回し、うつむいて地面を見回す。
「でも、彼が黄泉にいるかわからない。」
「まだ、現世にしばられている。
だが、この騒ぎが収まったら黄泉へ行くだろう。
あれはすでに澱みから脱している。
今は闇に落ちた精霊に力を利用されているだけだ。
ああ、 黄泉で会わせると言っても、お前が死ぬわけではない。
レスラカーンは、過去に亡くなった母親に会わせてきた。
ただし、御霊が黄泉の川に入ったら輪廻の海に入って会えなくなる。
ランドレールの気持ち次第だが、お前とは最後に会いたいだろう。
これは不本意ではあるが、私なりのお前達への慈悲だ。」
ルクレシアが指を噛む。
ウソか本当かわからない。
「そんな事が、できる、ものか。」
「火の巫子を舐めるなよ?なんならここに亡者を呼び出してもいいぞ。
黄泉の時間は、こちらの時間と早さが違う。
だが、巫子である私と行けば、こちらに近づけることが可能だ。
向こうで待つ亡者には辛かろう、だが、ランドレールならば待つだろう。」
待つ……待ってくれるのだろうか?
どれほど違うのかわからない、その……
「どのくらい?違うんだ?」
「そうだな、赤が言ってたのは、数分が半年だったと言ってたな。
だから、まあ数十年くらいだろう。
だが、急ぐ必要はない。
必ず会えるという気持ちが、心を安らぎへと続く。
黄泉の巫子と酒盛りして待ってるだけだ。」
「フフッ、なんだよ、それ……
彼が? 巫子と酒盛りだって?最悪だよ。」
ルクレシアが微笑んで目を閉じ、マリナを真っ直ぐ見据えた。
「私は何をすればいいって?」
「目を閉じ、身を委ねるのだ。
汝が器を身の内の者に貸し与えよ。」
ルクレシアが視線を泳がせ、迷いが見える。
一歩引いて、爺の顔を見た。
「止めないのか?爺」
「坊ちゃま、人は時に、やるべきことをやるために生まれ落ちたのだと、
爺は思うのです。
坊ちゃま、爺がお守りします。
あなたの大切な器を。」
ルクレシアが前を向いた。
肩のアザに手を置き、目を閉じる。
これは運命だ、きっと。
だが、運が残っているかはわからない。
ランドレール、あなたも黄泉に行くのなら、僕は死ぬのも怖くない。
ランドレール、先に行った方が待つと、あなたもそう誓って。
ランドレール。
待つとも 私の ルクレシア
ハッと、顔を上げた。
小さく、 小さく心に響いたその声に、ルクレシアは顔を覆って涙を流した。




