表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

491/581

490、自分の中のもう1人のお節介

その鳥は頭のない灰の集合体で出来たグレーの鳥で、人間を2人も乗せて飛んでいること自体が不思議な光景だ。

マリナの前に来ると、バサリと大きな羽を前に羽ばたかせ、風に乗ってその場をぐるりと一回り旋回する。


「僕は、協力などしない!」


相変わらず協力的ではないルクレシアに、マリナは呆れたような顔をして肩をヒョイと上げる。

そして城を指さした。


「見よ、あの壊れた部分から見えるは謁見の間だ。

真っ黒な魔物の澱みで満たされている。

ルクレシアよ、お前が大切に思っている者は、あの怪物に飲まれてしまった。

すでに、あの魔物の一部となっている。」


ルクレシアが、バッと城に顔を向けて目を見開く。


「ウソをつくな!」


「信じたくないだろうが、わかっていたはずだ。

たとえ悪霊だろうが、不死身では無い。

闇落ち精霊などというタチの悪いものと組んだ者の末路だよ。」


片手で顔を覆うルクレシアが、あの最後の時を思い浮かべる。


「タチが、悪い? ああ、確かに……ひどい奴だった。」



あの時、一緒に、どうして一緒に逃げなかった……

僕は、恐らくこうなることはわかっていたんだ。


一緒に、 そうだ、 彼が生きている者なら、僕は自分が死んでも彼を連れ出しただろう。


でも、


でも、その先に希望なんてありはしない。


彼は、 彼は、すでに死者なのだ。


ああ、本当に腹が立つ、こんな事、自分にはどうにも出来ない。

あいつの、赤い髪の言った通りなんて、本当に  ……胸くそ悪い。



「あれを倒して浄化すれば、お前の大切な者は黄泉への道を歩めるだろう。

倒さねば、見よ、あの汚泥の中で、力だけを利用される。」


「そんな事、お前にどうしてわかる。」


ハーッと、マリナが困った顔でため息を付いた。


「やれ、お前の説得は骨が折れる。

ああ言えばこう言う、千日過ぎても終わらない。

老いて死ぬまで結論は出ないだろう。

お前の言い分もいいが、私が用があるのはお前の中の者だ。

魔物には今、結界を敷いている。

ゴウカ、私に付いて来よ、森で話そう。」


リリスのあとを追うマリナの霊体に、ルクレシアが怪訝な顔で爺を振り向く。


「ねえ、爺。あいつ、なぜ空を飛べるんだろう。

だいたい、今あいつは館にいたのではなかったか?」


「坊ちゃま、あれは心だけで、肉体ではないのです。

まるで存在するように見えるのは、それだけお力が強いのでしょう。」


急にマリナに敬語を使う爺に、不安を覚える。


「爺は、僕の味方になってくれるの?」


「爺は常に坊ちゃまを影のようにお守りいたします。

ですが坊ちゃま、あなたにしか出来ない事を聞くのも、これからの障害を取り除く手かもしれません。

まるで、自分の中にもう一人がいるようだと、

坊ちゃまが、昔告げられたことがあるのを、爺は忘れてはおりません。」


「それは…… 」


ルクレシアが、胸を掴み顔を歪ませる。


身を挺しても、弱者を救う、身を売ってさえも。

ラティに十分な食事を与える為なら、恐ろしい魔物のそばにいることもいとわなかった。


それは、異常だと思う。


小さな頃からそうだった。

弱者を見ると、守りたいと強烈に思う。

何度もそれで父上とは、いさかいが起きた。

行きすぎたその行為に、自分ではどうしようもなく、抗えなかった。

それで、心が満たされた。

心を満たす為に、身体がボロボロになっても。


それが、まるでもう1人、自分ではないものが自分の中にいて、自分を支配しているような気がするとさえ思ったのだ。


まさか、本当に自分の中に、そんな異常なほどにお節介で世話焼きの者がいると?

信じられない。けど、爺が言うのももっともだ。


ああ、でも、その私の中の者は、彼は救ってくれなかった。

ランドレールは。



ルクレシアは、うなずいてマリナの背を見る。

あの真っ黒な汚泥の海の中で何が起きているのか。

なにもかもを見透かす彼にはわかるのだろう。

でも、それをはっきりと聞くことが、恐ろしいとさえ思った。





森の中に降りて、ホムラが人の姿に戻ると、リリスをそっと地面に下ろす。

ああ、と、少しホッとしたようによろめいた。


「大丈夫ですか?」


「ええ、もしかしたら、一番休みたかったのは私かもしれません。」


思いがけず疲れていることに、驚いてリリスが顔を上げる。


「承知しました。」


ホムラが今度は大きなグレーの巨大な猫のような姿に変わり、横たわる。

それはこの世界の馬だ。


「さ、どうぞ、もたれてお休み下さい。」


「えっ、ホムラは本当に便利ですね。」


膝を付いてお腹にボフッともたれると、包み込むように丸くなる。

リリスがあまりの気持ち良さに、うわぁと声を上げた。


「なんて事だろう、僕はホムラといると堕落しそうだ。

でも、今は休ませて貰います。」


もふもふの毛並みに包まれて、ホムラにもたれて休む。

大きく息を吐くと、あっという間に睡魔が襲う。

そうしていると、マリナたちも降りてきた。


「赤、やっぱり君も疲れていたんだね?」


声をかけられ、ウトウトしながらリリスが目も開けられず答えた。


「ああ、彼のことはマリナに任せるよ。

私は少し休む。」


「わかった、日の神はまだ戻らないね。」


「ん、ずっと誰かを説得してる。声が遠くに聞こえるよ。」


「そう、お疲れ、赤。」


そう言った時は、もうすでにリリスは眠りについていた。

短時間でも眠った方が回復するのだろう。

彼はすでに戦い方、回復の仕方がわかっているようだ。

日の神がそばにいるとしても、よく火種が続く。


「あれ?火種が、小さな火種が見える。」


リリスの背に手をかざすと、マリナの手に赤い炎がボボッと燃える。

小さな火の精霊が、姿を現しマリナに頭を下げた。


「ああ、そう、君か。そう、原初の火というのだね?結界から付いてきてくれたのか。

良かった、赤は君が1人いるだけで随分助かっているんだ。

うん、私はいいよ、そのまま赤を助けておくれ。」


赤い炎は、ポタポタとリリスの身体に落ちて消える。

やがて羽ばたく音と共に足音を聞いて、マリナが顔を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ