489、生きる者全てを愛する人は、恋に狂う気持ちがわからない
ライオンのような獣に四枚の翼の生えた姿のホムラの背に乗り、吹き抜けの天井に空いた穴からいったん謁見の間を飛び出す。
外はまだ明るく、雲合いから太陽が輝いている。
謁見の間の重い暗さは、彼らが光さえ吸収してしまうような重苦しい雰囲気をまとっているのだろう。
解放感に息を付き、高く、高く飛び上がるホムラにリリスが空を見て、思わず日の光に手を差し伸べる。
心の中で、マリナの焦るような声が聞こえた。
『 ランドレールの持つ、火の指輪の力の片鱗だ。
血の道を通じて、今度はあいつが利用する!
やはり、あの指輪を早く破壊しなければ! 』
だが、あの地下の封印された部屋へ、のんびり赴くことなど、今は現実的では無い。
「なぜ、なぜ私の力で払えないんだろう。
日の力を持っても払えない。指輪を得ても、少しも満足に力を使えない。」
力不足に唇を噛むリリスに、肩口からポンと飛び出したウサギの耳が生えた光球の日の神がボヨンと頭の上で跳ねた。
「 不遜なり!我が巫子、謝罪を要求する!!
指輪は我らとの絆、そして火打ち石。
火の眷族無くして浄化の力は十分出せぬ!だが、我が力あってこそお前は300年物の魔物と同等に戦えたのである!
謝罪!謝罪!しゃざーーーい!! 」
ぼよんぼよんぼよん!
「うう、痛いです、主様。申し訳ありません。」
力不足にガックリ、しゅんとするリリスに構わず、バンバン頭の上で跳ねる。
でも何だか、一番腹立たしく思っているのは、この日の神自身のような気がした。
ぼよんぼよんぼよん!
「 う〜〜ぬ、人間なれば導けるが、精霊の堕ちたる者はそも、光を見ない!
炎なれば強制的に浄化出来るであろ、つまり!!
ここにいるべきは我では無い!!フレアを呼べ!! 」
「でも、私の声には応えて頂けないのです。」
「 構わぬ!呼べ!!不遜!不遜!
おのれ!このまま逃げる事許さぬ! 」
視線を謁見の間に戻す。
壊れた壁から見える中の様子は、見るまでも無く真っ黒だ。
あれを焼き尽くすほどの炎など、眷属の解放なくしてあり得ない。
たとえフレアゴートを呼んだとしても、神が力を振るうのでは無い。
巫子が力を借りて振るうのだ。
そこには巫子の技量がある。
自分には、そこまで技量があるのだろうか。
直接フレアゴートの力を借りたことが無いだけに、不安が大きい。
目を閉じ、胸に手を当てフレアゴートに語りかける。
指輪が絆だというのなら、私になぜ語りかけて下さらない。
「 うぬう、呼ばぬなら呼んでくる 」
頭で跳ねていた日の神が、ポッと消えた。
ハッと目を開き、王子の住まう棟に目が行く。
光が一瞬で、そこに走った。
ああ、こんな近くにいらっしゃるのか。
シャシュリシュラカ様の、私の力になろうとするそのお気持ちに応えねば。
「ホカゲ!あの部屋に結界を張りましたか?」
「はい!しばしは持ちます!」
宙に浮くホカゲが、スッと側による。
リリスは、ホカゲの耳に顔を寄せた。
「ホムラ、ホカゲ、城内の人々がまだ数人残っている。
あれを避難させよう。
あの謁見の間がある城の一部で、なんとか決着を付けねばならない。
王のいらっしゃる棟は何としても守るのだ。」
『 いいや、駄目だ 』
頭の中で声が響く。
スッと、リリスの中からマリナが霊体で現れた。
「赤、それは無駄なことだ。
今残っているのは魅入られている者達。
糸が切れておらぬかぎり、言う事はきかぬ。
あの魔物、焼き尽くすよりも、もう一つ手はあるのだ。
見よ、もうすぐ到着する。
彼に力になって貰おう。」
リリスが、風の館の方向に顔を上げる。
遠くから、グルクのような奇妙な鳥が、誰かを乗せて飛んでくるのが見えた。
良く見なくとも、それが誰か良くわかる。
なびく豪華な髪に、影のように後ろを支える老執事の姿。
リリスが驚いてマリナを向いた。
「まさか、あれが手ですか?
彼は自ら手を貸そうとはしませんよ?」
「いいや、すでにそういう段階の話ではない。
赤、君にもわかるはずだ。
彼の身体には、もう一人の心が時を超えて生まれ変わりのように潜んでいる。
彼はその、自分とは違う物に振り回されてきたはずだ。
そこに説得の糸口があるだろう。
彼でなくては、彼の深い愛情無くては、あの闇落ちした精霊の、根本からの浄化は出来ないだろう。」
「でも、マリナ。あの闇落ち精霊は復讐に燃えている。
まさか、あれほど浄化にあらがう者が、簡単にいくとは思えないよ。」
リリスが首を振ると、マリナがくすりと笑う。
「リリには、まだわからないだけさ。
愛とか恋とか、そう言うものがね?」
「わかってますよ!僕だって、わかります!あ、あ、愛でしょう?」
プウッとリリスがむくれて、意地をはる。
が、実はまだ良くわからない。
「わかってないねー、異種間の恋愛は凄まじくも燃え上がる。
それは周囲に理解されない壁に立ち向かう心と、そして何より、精霊の純粋な愛という魔力だ。
命がけだよ?リリ〜、恋に狂うというのは〜だね〜、君には〜わからんよ〜」
チッチッチッとマリナが指を振る。
悔しいが、きっと彼は黄泉で見てきてわかるのだろう。そうやって死んだ者もいるはずだから。
「うぬぬぬ〜、わかりません。駄目です、やっぱり、ウソは駄目ですね。」
クフフッと笑って、マリナが寄り添い頬にキスをした。
「君は可愛いね。イネスが好きになる気持ちはわかるよ。
でも、君は1人をなかなか愛せない。リリ、君は生きる者、全てを愛する人だから。
でも、それでも君にも、きっとわかる時が来るよ。
下の森に降りよう。ここでは落ち着いて話せない。ホムラも疲れるだろう。」
「なんの、赤様はお軽いので100日でも飛んで見せましょうとも。」
「フフ、心強い事だ。ホムラ、戦いに休息は必要だ。
あの、墓場から離れた場所に先に降りて。
僕は彼を誘導する。ホカゲも彼と一緒に!僕は精神体だから護衛はいらないよ。」
「は!」
「承知しました」
ホムラとホカゲは下の森へと降りて行く。
マリナは、ゴウカの背に乗ってやってくるルクレシアを出迎えた。




