484、大国リトスの使者
リリスが館にルクレシアを迎える前、ラグンベルクの元にもう1人の使者が来ていた。
グルクに乗った戦士の風貌。
だが、それは犬のような顔に、額から1本突き出た歪んだツノ、尻には顔や手足と同じ色の豊かな毛並みをした灰色のシッポ。
至る所に傷の跡があり、歴戦の勇士であろう、獣の姿のミスリルだった。
ゆっくりと中庭に降りてくると、館を飛び出してきた騎士に巻物を差し出し、ロウの封印にある紋章をみせる。
「私はリトスのアルフレット王子の使者だ。
こちらに火の巫子とアトラーナ王家の方がいらっしゃると聞いた。
どうかお目通り願いたい。」
ロウの封は、剣十字に三つ星を冠したクラウン、それを翼が囲っている。
それは確かに、リトス王家の印。
対応に出たレナントの騎士は、わかったとうなずき、その場に待たせて館の中に走った。
知らせを受けて、ラヴンベルクが顔を上げる。
周囲に側近が並んだ。
「巫子へもお伝えしましたが、人同士のことはお任せすると。」
「よし、わしが会おう。
1人で来るとは見上げた者よ、さすがリトスの戦士。」
「守りを固めよ。魔導師殿もこちらへお呼びせよ。」
側近が声を上げると、下がれと告げた。
「1人で陣に乗り込んだ戦士に対して、礼を欠いてはならぬ。」
「はっ、ですが万全に備えてこちらに控えます。」
「よし、機にはやってはならぬ。万事に構えよ。」
「はっ!」
レスラカーンも、それを聞いて前に出た。
「叔父上、私もご一緒させてください。」
「よかろう、後ろに立つが良い。」
「いえ、横に参ります。」
「ならぬ、後ろに立て。」
後ろに……その言葉に、叔父は自ら矢面に立つつもりなのだと察した。
レスラカーンがライアと共に、ラグンベルクの横に立つ。
「覚悟しております。」
「良かろう、許す。」
そこへ、使者が案内されてきた。
使者は堂々とした風貌で、目つきも鋭くラグンベルクに軽く頭を下げる。
自分がミスリルの獣人である事に、何ら引け目も感じないその姿は、アトラーナの人間には驚きであった。
「こちらは王の弟君、今はベスレムを治めておられるラグンベルク公である。
火の巫子は今、手が離せぬので、ご了承願おう。」
「承知した、初めてお目にかかる。
私はリトス、第一王子アルフレット殿下の一の戦士、ギーリク。
主より、王家の方への書状をお持ちした。
アトラーナ城の現状は存じている。
王とキアナルーサ王子の生死不明も同様だ。
もちろん、ミレーニア姫との婚約は継続している。
その上で、そちらの返答を持ち帰るよう仰せつかった。
こちらが主からの書状でござる。」
そう言って、手の書状を差し出す。
側近が、それを受け取りベルクに渡した。
ベルクは見る前に、ギーリクに問う。
「ふむ……
なぜ知っているかは問うまい。
こちらの状況を知った上での決起は戦いを前提の上か?」
「決起、とは物騒でござる。
我が国、王家は代々精霊王を崇め、祀ることを繁栄の一助としてきた。
アトラーナという国が、昔ながらの精霊の国であれば戦いなどあってはならぬ事。
だが、現状返答次第では、そうなることもいとわぬと仰せである。」
「脅しをかけるか、精霊の国に。」
「私に問われても、私の答えは私個人の意見でしかない。
それは無駄な争いを呼び、主の意向とは食い違うかも知れぬ。
書状をご覧になられよ。」
なるほど、1人でまかせられるだけの器のある男よ。
良い部下に恵まれているな。
ベルクがうなずき、蝋で封をされた書状を開く。
目を通して、それをレスラカーンに渡した。
ライアが受け取り、中をサッと読む。
ハッとして顔を上げた。
「ライア、なんとあるのか? 」
「は、はい。
リトスは精霊の国としてのアトラーナの現状に憂慮している。
我が国は、精霊に守られ、精霊を大切にする貴国の在り方を支持してきた。
だが現状の精霊という高位な存在を、尊重せずなおざりにしてきたアトラーナ王家の行為は受け入れがたい。
すでに城は機能を成さず、なんら対処も出来ていない状況は、近隣諸国にとっても脅威である。
大皇は今、我が国、生粋の近衛騎士団を携え向かいつつあるが、決起するかの判断を貴国の方針に委ねる。
その1、アトラーナ王ヴィアンローザ殿は退位し、精霊を尊重する次代の王が戴冠すること。
その2、地水火風の精霊のありようにのっとり、火の神殿を再興すること。
その3、正統な歴史に戻り、精霊を尊重し共存の道を歩むこと。
以上が我が国の要求である。
精霊の聖地である貴国の道に多岐はない。
また、我が国のみにあらず他国もそれを望む。
いずれも受け入れを拒否する場合、我が国は城の明け渡しを要求する。
我が国によって精霊の聖地を存続させるのは我が国にとっても有益であり、悲願でもある。
速やかに返答を要求する。」
「次代の…… 王。」
レスラカーンが思わずもらした。
「キアナルーサ王子が生死不明の今、正統な王の御子は無いと我らは承知している。」
「こちらのレスラカーン様は王家の王子である! 無礼を申すな! 」
ライアがとっさに怒りに声を上げた。
自分の王子がまるでいないかのような扱いは、従者として許しがたい発言だった。




