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484/581

483、ここまでは定め、ここからは……

その頃、風の館では、突然消えた巫子たちに残った人々はざわめいた。

肩をはだけて泣き崩れるルクレシアに、爺が両肩を握って身体を起こす。


「若様、お気をしっかり。」


はだけた服を直し、ボタンの無くなったブラウスの襟をリボンタイで結ぶ。

落とされたボタンを拾い、ポケットに入れると取り出したハンカチで彼の涙でぐしゃぐしゃの顔を拭い、一歩離れて手を取った。


「若様、どうぞ貴族の風格を忘れてはなりません。」


「そんな物、ひっくひっく、犬にくれてやった。」


爺が苦笑して、大きく息を吐いてしゃくり上げる彼を、グッと手を引いて立たせる。

だが、状況はすでに急変しつつあった。



「巫子はどこに行ったのだ?!」


「城だ!皆、登城の準備をしろ!すぐに追うぞ!巫子殿に続け!」


「待て!まだ巫子殿からなにも指示が出ていない!魔物相手には動くことならぬとの仰せだ!」


「ではどうするのだ?!」



階下では騎士や戦士たちがバタバタと駆け回っている。

爺はルクレシアの手を取り、コンと杖を突いた。


「状況が変わったようで。一刻も早く、ここから去ったが賢明かと。」


「ああ。もう、巻き込まれたくは……」


ルクレシアが視線を落としたとき、ゴウカが彼らの前に立ち、頭を下げた。


「我が巫子がお呼びでございます。」


「 は…… !! 」


ルクレシアが息を呑み、後ろによろめく。

爺が彼を庇うように前に出て、ゴウカを見据えた。


「馬鹿なことを申すな。その方らを倒してでも若様をお守りする。」


ゴウカの後ろから、眠るマリナを片手で抱きかかえたグレンが静かに歩いてくる。


「青様のご命令である。

汝に選ぶ道は無し。」


有無を言わさぬ強引さに、爺が杖を構えた。

ゴウカが、その杖を見て顔を上げる。


「その、杖……」


爺の眉が、ピクリと上がった。

だがゴウカはそれ以上言葉に出さず、じっとルクレシアを見る。


「お覚悟、出来ているはずだと仰せでございます。」


「何の覚悟だという、私は普通の人間だ。行っても何も出来ない。」


「それは汝の決めることでは無いと仰せでございます。」


「行かない。」


「行っていただきます、一刻の猶予もございません。」


ゴウカの姿が、一瞬霞む。

次の瞬間、彼の姿がバッと砂のように散ってあたりに漂う。

爺が目を見開き、ルクレシアを下がらせた。


「まさか、ミスリルか?!」


その灰は一気に容積を増やし、集合体を作る。

それは巨大な翼に1本の鳥の足と長いシッポが生えた奇妙な物だった。


バサバサッ!


「爺!」


爺が杖を振ると、その杖を避けるように灰の足がひとりでに分かれて繋がる。

爺の身体をすり抜け、その大きな爪はルクレシアの身体を掴み、羽ばたいた。


「ああっ…… 爺! 爺! お前は、…… お前は帰れ!!ラティを頼む!」


バサッバサッババッ!


「若!」


「ルクレシア!」 


ラティが手すりを飛び出して、ルクレシアを掴むゴウカの手に掴まろうとするが、灰の手はすり抜けて落ちて行く。


「くそっ、くそうっ!あるじ様!」


「ラティ……」


駄目だ、誰も僕を救えない。救いの手などあり得ない。


周りを見ても、人々はこの奇妙な状況を驚いた顔で呆然と見ているだけだ。

絶望的な顔を背けると、ゴウカが普段リリスたちが使っている居住区の狭い廊下を飛んで中扉を開き、来客用のホールへと出る。

その瞬間、ドアから吹き込む風にあおられ、吹き抜けの天井へと舞い上がった。


「 坊ちゃま!! 」


追ってきた爺が中扉から飛び出してくる。


「むんっ!」


杖を振り上げると、その先から光る糸がキュンと伸びて、ロウソク立てが並ぶシャンデリアに巻き付く。

天井付近でクルリと回ってドアへと一気に降りてくるゴウカに向けて、糸を引き飛び上がった。

爺は上着の長いすそを翻し、杖を片手に灰の鳥のシッポの付け根に飛び乗って行く。


「やれ、困った方だ。」


一言もらして、大きく開いた両開きのドアから灰の鳥が外へ飛び出した。

一気に空へと飛び立ちながら、ゴウカの声が身体のどこかで笑っている。

老人の見た目からは信じられない身のこなし。

どれほどの鍛練を積んでいるのか知れない。

それは恐らく、この厳しい運命に翻弄される青年の為なのだ。

この時代も、ここまで忠義を重んじる者は存在する。


「仕方ない、彼女のパートナーなれば、お連れしよう。だが、命の保証は出来ぬ」


「ふん、彼女を知る者か、口を閉ざしてくれたことには、礼を言う。だが、この無礼許さぬぞ。」


ルクレシアには、彼らの言う「彼女」が何なのかはわからない。

だが、爺はゴウカと静かに言葉を交わした。


「爺!お前まで来る必要は無いのだ!戻れ!」


「爺は坊ちゃまの爺ゆえ、どこまでもお供致します。

なに、心配ご無用にて。老体鞭打ってでもお守りいたしますとも!」


ひとりでに短くなった杖を腰に差し、風圧など物ともせず羽根の中央へと登って行く。

そしてボッと灰の身体に手を差し入れ、胴を突き抜けて足に捕まれたルクレシアに手を差し伸べた。

灰の隙間から、白髪に白いヒゲを蓄えた爺の姿がうっすらと見える。


「さあ、お手を。貴族のご子息なれば、グルク乗りも出来なくてはなりません。」


ルクレシアが、あまりに動じない爺の姿に目を丸くする。

鞍もない、こんないびつな形の鳥の背に乗っても、すり抜けて落ちそうで怖い。

怖いのに、平然とする爺に思わず苦笑してその手を掴んだ。


「なんだ、あははは!なんだよ、爺!怖がる僕が馬鹿みたいじゃないか!」


もの凄い風圧の中で爺の手はあまりにしっかりと彼の手を掴み、そして灰の身体を突き抜け背に座らせる。


「さあ、気持ちをしっかりと。これはグルクの背だと思うのです。

そこにあると思えば、ある。それがこう言う不可思議な物に対するやり方。」


背中から彼の身体をしっかり抱いて、耳元にささやきかける。

ルクレシアは目を閉じ、風から顔を遮っていた手を胸元へと持って行く。

そして、前に手を伸ばし爺の言う通りに手綱をイメージした。

すると、確かにそれはしっかりと形作られる。

驚いて、思わず横を向いた。


「爺、まるで魔導師だ。一体お前は何者なんだい?」


問いかけるルクレシアは、金の髪を日の光に輝かせて明るく笑っている。

まるで子供の頃を思い出すように、爺が抱きかかえるようにしてその手に手を添えた。



「私は、あなた様がお産まれになったときに、背負った運命からお守りする覚悟をした、タダの年寄りでございますとも。

あなた様が家を出られたときに、同行出来なかった事は一生の不覚。

身を切られるほど辛い、苦渋の決断でございました。

ですがこの最大の危機を、乗り越える為ならば命もいといませぬとも。」


「あははは!駄目だよ、爺。駄目だ。

僕の為に命をかけちゃ駄目だ!爺は僕がいなくなったらフィランシアの爺にならなきゃ!」


爺が彼の柔らかな金髪に頬を寄せ、ゆっくり首を振る。

声に出さず、唇を動かした。



ここまでは全てが宿命。

だが、抗ってみせるとも。そのために私は…………



爺が次第に迫る、高台の城に鋭い目を向ける。

ルクレシアは自分の命のリミットがそこに迫っているようで、爺に悟られぬように目を閉じた。

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