482、お前だけは許さない
ヒュン!風を切る音がして、トッとドアへ向かう闇落ち精霊の前にホカゲが立つ。
「王子の姿の精霊よ、ここは通さぬ。」
シビルの顔のルーク、ホカゲ(火影)がそう告げて床を這う闇落ち精霊に杖を向けた。
「くっ!どけ!魔導師ごときが!私は!王子だぞ!」
「今更何を言う、王子の姿をした痴れ者め。」
闇落ち精霊は絶望的な顔で振り返り、リリスを濁った目でにらみ付けた。
「お、おの……れ、この、 奴隷ごときが」
「そうとも、汝の言う通りだ!我らは心に傷を負い、苦をまとって地を這ってきた。
だが!生き抜いて!そしてここにある!
死して転生することなく、この世にしがみつくお前に、生きるということを見せつけようとも!
我らは1人ではない!!良いか、闇落ちした精霊よ。
生きることは素晴らしい!!」
まぶしいほどに、輝きを取り戻すリリスの姿に、復讐にしばられる闇落ち精霊が歯を食いしばる。
「汝らに、この憎しみがわかる物か!
この、口惜しさが!ガフッ!ゴホッゴホッ!
血の出るような、この口惜しさ、目前で大切な者をむごたらしく殺された、この……
わかるものか!!」
王子の姿で、闇落ち精霊が血の涙を流す。
「だから言うのだ、闇に落ちた精霊よ。
憎しみにしがみつく精霊よ。お前にも明日はあるのだと。
不幸なこともあっただろう、だがもうそれはいにしえのこと、汝はすでに災厄を起こして復讐は済んだはずだ!
しがらみを捨てて黄泉へ行け!」
「 うるさいっ!!!偽善者め!! 」
その時、マリナが血判状の血の道を切って消し去り、リリスの身体でその場に立ち上がった。
横たわる宰相が、礼を言うように右手を挙げる。
王子の姿の闇落ち精霊が濁った目を見開き、それに気がついた。
「まさか?!馬鹿なっ!!お前だけが!お前1人が、救われてっ!!」
ギュッと手を握り、歯を剥いて怒りをあらわにする。
吐き出すように、泥を吐きながら宰相へ叫んだ。
「お前にっ!!
お前に私の全てが奪われたのだ、知らなかったと思うか?!
全てを、見てきた!この、私がっ!!
ぐふっ、ゲフッ!
いいや、いいや、お前だから闇に引きずり込んだのだ!
お前だから!
お前が、私の大切な、全てを壊して、私とあの人間との……
あの、静かな、大切な時間を奪っていった……
はあはあ、
ならば、お前を奈落に追い込み、踏みにじってやろうと、私は、私は、
たとえ!!この身が、闇に汚れ堕ちてしまっても!
お前だけは!お前だけは!!決して許さない!!」
最後の力を振り絞り、血を操作する。
倒れていた白い魔導師たちがすっくと起き上がり、針を飛ばし宙を飛んでマリナに襲いかかった。
10は満たない数だが、一斉に向かってくる。
『 チッ 』
リリスの身体のマリナがそれをチラリと見た。
高速で周囲を回転するラスディルが、瞬時にそれをはねつける。
『 狭間の獣よ、迷える者を眠りへと誘え。 』
マリナが白い魔導師に手を向ける。
ギチギチと歯ぎしりのような鳴き声を上げて、ラスディルがマリナの手を中心にグルグルと宙で回転してそれはまるで竜巻のように白い魔導師たちを巻き込んで行く。
「マリナ!いけない!」
リリスが声を上げた瞬間、王子の身体の闇落ち精霊は、最後の力を振り絞って手から生み出した槍を床に刺し、グンとその槍を伸ばして宙を飛んだ。
「ホムラ!」
リリスが彼のたてがみを掴んで引っ張る。
ホムラが飛び上がった王子の身体に、口から火球を飛ばす。
ボウンッ!
バッと王子の身体の右半身を焼かれながら、宰相に向けて血のムチを飛ばし首に巻き付け一気に引き付け、裂けるように大きく口を開き、ガブリと喉元に食いついた。
王子の胸からも、いくつものムチが宰相の身体に突き刺さり、一気に血を吸い上げる。
「狭間の獣よ!」
マリナがラスディルを向かわせる。
「いけない!食われる!」
リリスの悲鳴のような声が響き、光になってラスディルに手を伸ばす。
バッと王子の身体から無数の血のムチが伸び、ラスディルの身体が一瞬で捕まり引き込まれそうになる。
「 赤! 」 「渡さない!」
リリスがその鳥のようなラスディルの身体を掴み、その瞬間ホカゲが杖を振ってムチを断った。
「青様!!」
ムチが、今度はリリスの本体へ一気に伸びる。
マリナは丸腰だ、ホカゲはまだ守りに戻っていない。
「マリナ!」
駄目だ!駄目だ!全てが取り込まれてしまう!
今のこの精霊は、捕食者でしか無い!
リリスが光の速さでラスディルを抱いたまま自分の身体へ向かう。
互いに手を伸ばし、指先が触れた瞬間ストンと戻った。
それと同時にビュッとムチが、リリスの身体に巻き付こうと触れた。
ゴウッ!!ゴオオオッ!!
リリスの身体が火に包まれ、髪が青と赤の虹色に輝いて燃え上がる。
ムチは触れることなく燃え落ち、両手を天に伸ばして大きく回す。
ボボッ!ボボボボッ!
轟音を上げて、手の先から出た炎が、大きく火の輪を作った。
「 闇に落ちた精霊よ!消えるか黄泉に行くか選べ! 」
ジュルジュルと宰相の血を飲み干した王子が顔を上げると、その裂けた口でニイッと笑った。
「 笑止、火の巫子など恐るるに足りず 」
リリスが、冷たく王子を見つめ、火の輪を投げる。
「ならば速やかに消えるがいい!」
ゴオッ! ボ、ボンッ!!
その火の輪は回転しながら王子の身体を分断し、燃やした。
が、精霊がゲラゲラと笑い始める。
「 ぬるい!ぬるいぬるいぬるい!! 」
一笑した瞬間、王子の身体からドッと黒い澱があふれる。
宰相の身体を飲み込み、それは波のように高く波打ち、リリスに襲いかかった。
「 なに?!! 」
「赤様!!」
ホムラが宙を舞うと、リリスの身体を背中のムチで巻き取り、背に乗せて飛び上がる。
「馬鹿な!まだこんな力が!」
突然盛り返した精霊の力に、リリスたちは息を呑んだ。




