476、マリナは隠しごとが多い
「誰も彼も、私を怒らせるのが上手で、ほんとにもう!
私はこんなに怒りっぽかったでしょうか?!」
ボボボッと、髪先から火があふれ出る。
『 いや、君は今まで自分を押し殺してたんだから、やっと君らしくなったんだと思うよ 』
青の言葉に、そう言えばそうだったと、ただの召使いであった頃を思い出す。
何だろう、こんなに自分が変化するなんて、思ってもみなかった。
「そう、 でしょうか?
胸に、火の精霊たちの願いがフツフツと燃えているのです。
早く早くと、私を急かします。」
『 赤、君の中に、火種が見えるよ?
君は封じられた火の精霊から、何か貰ったんじゃないのかい? 』
「ええ、ええ、そうですね。」
マリナが、リリスの心の中で話しかける。
息を吐いて、封印された火の精霊のことを思う。
異世界とのほころびの穴をまず塞がなければ、精霊たちは本当の解放はされない。
空間を司るのは地の精霊王ヴァシュラムだ。
イネスにあの穴のことを話し、ヴァシュラムを説得して貰えないかと聞いた。
しかし、最近ずっと元気が無く、館から出ないイネスの答えは、驚くものだった。
「 ごめん、リリ
僕には、もう、ヴァシュラム様の気配が見えないんだ。
僕は、僕は……
もう、地の精霊王に見放されてしまった。
僕は、もう、
巫子ではないのかもしれない。 」
思いがけない答えだった。
顔を伏せる彼は、すっかり自信を失い見た事もないような弱々しい姿を見せる。
リリスは驚いて、思わずイネスの手を握った。
「イネス様、あなた様は間違い無く巫子、それは私が良くわかります。
だって、私は巫子なのですから。
顔を上げてくださいませ、これはどういう事か、考えねばなりません。
それはつまり、ヴァシュラム様に何かあったのだと、そう言うことではないのですか?」
今度はイネスが愕然とした。
「まさか、地の精霊王に?何かあるわけが無い。」
胸の奥底で、マリナの感情が動いたように感じる。
マリナは恐らく知っているのだろう。
自分は心を閉じることが出来ないが、青は心を閉じて見せてくれないことが多い。
「神殿に戻った方が良いだろうか?」
「いえ、戻られても騒ぎを起こすだけかと思います。
知らねば何ごとも無く過ぎるのです。
私は、お隠れになったはずのアデル様を城で見ました。
あのアデル様が何者か、それを探るのが近道では無いかと思います。」
イネスは指を噛み、少し考えると裏山にサファイアを連れて行った。
誰かと会話しているのか、地の精霊に言付けを頼むのかわからないけど、それからまだ戻ってきていない。
とっさにアデル様のことが口に出たけれど、これは困ったことになった。
穴を塞ぐことが誰かに出来るのか、地の精霊王探しから始めねばならない。
次から次に問題が出てくる。
「本当に、なにを先に始めるべきなのか、迷うのですが。」
リリスはそっと胸に手を当て、目を閉じる。
シュリクマのくれた火が、原初の火が私の中で燃えている。
「 悪霊が悪霊で無くなった今、あとはこの闇に落ちた精霊を何とかしなければ。
シュリクマ、手を貸してください。」
『 はい、 我が巫子 』
シュリクマの声が聞こえた気がした。
「よし!行きます!」
ホムラの背に飛び乗り、たてがみを掴む。
「 ホカゲ!我が前に! 」
シュンッと、突然リリスの隣にホカゲが現れリリスに一礼する。
その顔は人からシビルに変わり、杖をターンと音を立てて床に突いた。
「お呼びにより参上しました!」
「マリナの守護を頼みます。」
「は、承知いたしました。
ラスディル、火の巫子をお守りせよ。」
チチチチチチチチチギギギギギギ
小さく声がして、ホカゲの左耳のリングから血が流れ、それがスッと吸い上げられ、耳のリングが何かに変わった。
ビュンッ!ピュピュンピュンッ!!
それが、ホカゲの耳から離れてマリナの周囲を神速で回り始める。
次第に熱を生み、そして炎が生まれマリナの周囲に壁を作った。
白の魔導師が伸ばした指の先に無数の黒い針を産みだし、音も無く射出する。
マリナを狙っても、炎の壁で遮られ燃えて消えた。
「成り上がりの火の巫子め、なんでも貴様の思う通りになると思うな!」
血を吐きながら、闇落ち精霊が前に出る。
ホムラにニイッと笑い、指を指した。
「リリサレーンも守れず、何が守人か。」
ホムラがピクリと一瞬動揺する。
ギュッとリリスのたてがみを握る手を感じて牙を剥き、たてがみにボウと火が付いた。
「黙れ、魔物。」
「落ち着いて、ホムラ。」
「落ち着いております、我が巫子。」
「うふふ、そうでしょうとも、私もです。」
こんな場面で笑い声がでる。
そんなリリスにホッとする。
お守りします、赤様。今度こそ、この命に変えても、お守りつかまつる!
ホムラが火を吐いて、ギリギリにらみ合いが続く。
闇落ち精霊は指を指し、顔の無い白いローブの魔導師を前に配置する。
リリスはその白い魔導師の異様な気配に、険しい顔で指さした。
「その魔物、トランでも使っていたな?
今度は一体何を核とした?」
リリスが問うと、闇落ち精霊はニイッと笑う。
「精霊だよ、無垢の巫子。
私の思う通りに動く、傀儡たちだ。」
魔物の1人のローブがふわりとめくれる。
そこには血の槍に貫かれた精霊が2匹、いびつに形を変えて一人の魔物を成していた。