475、怒りに火を吐く
リリスの身体を覆っていた光が、その禍々しさに触れて急速に輝きを失う。
恐らく私欲に満ちた物など、シャシュリシュラカがもっとも嫌う物なのだ。
心で小さく、日の神が手を引けと告げる。
「我が主よ、人は欲で出来ております。
良くもあり悪くもある、だからこそ過ちも犯し、良き行いもする。
あなたはそれを知っているはずです。」
それでも思わず気持ち悪さに手で鼻を覆ったとき、先ほど払った槍が形を戻し舞い戻ってきた。
「あっ!」
「死ねっ!」
リリスの隙を突いて、闇落ち精霊が手を伸ばし、槍を操作する。
だが、リリスの肩口から光の球に長い耳が生えたウサギもどきが跳びだし、長い耳でパンッと払うと、それは煙となって消えた。
『 我が巫子、一旦戻れ 』
「嫌です。」
『 えーーー!! 我に逆らうとは、不敬なり 』
不服そうにピョンピョン肩口で跳ねる。
「主様、足を離して貰えませんか?動きが取れません!」
『 離せば帰るか? 』
「何言ってるんですか!何しに来たと思ってるんです?!怒りますよ!」
ブンブン足を振っても、なかなかシャシュリシュラカが離さない。
光を飛び出して戦わねば、血判状に近づけない。
動けない現状は、かえってリリスを危険にしていた。
「ククク、お前の弱点は身を守るものも、武器さえも持たぬ事よ。」
自分の手の平を突き立てた槍の先で切り、流れ出る血をバッとリリスに向けて蒔いた。
「けがれろ!」
ポンとウサギもどきが消えて、リリスがグイと足を引っ張られて光の中に逃れる。
ババッ!
巨大な鳥の羽音がして、ザアッと飛んできた鳥の羽がリリスの前に壁を作った。
「ホムラ!」
「遅くなり申しわけ!」
バサリとグルクの姿のホムラがリリスの前に降り立ち、一息吸って、ゴウと闇落ち精霊に火を吐く。
その彼を庇うように、白いローブの魔導師が2人、玉座の影から現れ火から守った。
「く、く、くそ、なんだこやつら構わず攻撃する!
この身体は王子なのだぞ?!
王子を見捨てるか、
……そうか、お前は自分を陥れたこの弟を葬って、玉座を奪い取るつもりだな?」
ギリギリと歯がみして、胸に刺さった矢を抜き取り、床にドンッと刺した。
「光の巫子だと高慢な顔をしても、結局は地位だ権力だと欲に溺れている!
欲に溺れた腹黒い巫子め!」
謁見の間に響く、闇落ち精霊の言葉に、ホムラが息を呑んで後ろを見る。
見た事もない、怒りの表情で、リリスが髪を燃え上がらせた。
「どきなさい、ホムラ! そこを退けい!! 」
「ひっ!」
バサリと、ホムラが飛び立ち退いた。
聞いたこともない怒りの声を上げ、リリスの血が逆流する。
怒りにゴウゴウと髪を燃やし、燃える瞳で日の神の手を振り切って光の中から飛び出した。
「 聞き捨てならぬ!!
問おう!!
この私の顔のどこに高慢が現れているのか!!
どこに私欲が見えるのか?!!
おのれ悪霊、お前は今、最高に私を怒らせた!
生者として再生できないところまで次代の王を汚しておきながら、その言い草、 許せぬ!! 」
怒りで息に火が混じり、手を一閃すると、ホムラとはまったく違う火が床を舐めて走る。
「ひっ!」
触れると一瞬で浄化されてしまいそうで、思わず闇落ち精霊が気圧される。
「赤様!落ち着きなされ!!それよりも血判状を!」
怒りにまかせて脱線するリリスに、ホムラが叫ぶ。
「うぬぬぬ、そうでした。力を使うべきは血判状。」
ギリギリ歯がみして、苦虫を潰すような顔で血判状に急ぐ。
闇落ち精霊が、させる物かと白い魔導師を向かわせた。
ホムラが舞い降りて間に入り、魔導師たちをはね除け人の姿に変わる。
「巫子に指1本触れさせまいぞ!」
火を吐いて両手を床に伸ばす。
その姿が、また変貌して行く。
そしてライオンに4つ羽根の生えたような、真紅の獣に姿を変える。
リリスが一番好きだと言った、その姿に。
「グオオオオオオオ!!!」
牙を剥いて吠える姿に、魔導師たちがおびえて下がった。
リリスは急いで宰相の身体の上にある、血判状を両手で掴もうとした。
が、掴めない。
手がすり抜け、存在を強く心に思っていてもすり抜ける。
「どういう事だ?!私の念が通じない。」
血判状は、紙では無く形のないものに文字と血が一滴ずつ命と繋がっている。
リリスは透過してしまう手に愕然としながら、ハッと顔を上げた。
「そうか、だから青が来ると言ったんだ。
こういう仕事は青が向いている。」
心の中で、青に語りかける。
待ちわびたように、すぐに声がした。
『 青!青!血判状を持つことが出来ない!
端から燃えるけど、一枚ずつ凄くゆっくりなんだ。どうすればいい? 』
『 もう!だから僕が行くって言ったのに!
赤の力は、生き霊の縁を断ち切ることは苦手なんだよ、わかった?!」
『 そうか、生き霊か!わかった。じゃあ青、頼むよ。 』
『 仕方ない、僕と心を合わせて。 赤の手を介して僕が切る! 』
リリスが宰相の胸の血判状に手を添え集中する。
その瞳が赤から紫に変わり、髪が舞い上がりゆらゆらと色が赤紫に変化する。
リリスの手にマリナの透明な手が重なり、それは血判状を持ち上げた。
『 これは、思ったより厄介だ。
この透明な紙はあいつの念でできている。
しかも血判は全て命と直結して、あいつに捕らわれているのだ。
ホムラ、時間を稼げ! 』
「承知いたしました。」
「では、私も戦いましょう。」
リリスが身体をマリナに預け、精神体で抜け出て、ホムラに並ぶ。
ホムラが守るように一歩出た。
『 赤、無茶しちゃ駄目だよ! 怒りは静めて! 』
「ううう、もの凄くデスね、私はお腹が煮えたぎっているのですよ!」
「赤様、落ち着いて。私の前には出られませぬよう。」
「落ち着いてますっ! うるさいですよ!ホムラ!」
リリスは頭から湯気が出そうに、怒りに心が乱れていた。




