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473、ランドレールの記憶の道

リリスが血をさかのぼる。

それは、悪霊の生きたときの記憶に触れる旅でもあった。

一瞬のことなのに、一生に触れて、長い長い旅のような気もする。


ああ、重い。ヒトの記憶は重い。


後悔ばかりの人生が重い。

この人の人生は、悩み苦しんで、そして後悔で終わっている。

激しい波に打たれて巻き込まれ、息継ぎも出来ない状況で、世継ぎの海に皆から頭を押し付けられて溺れている。


涙が流れて、それがキラキラと光りになってランドレールの血に溶け込んで行く。


母親から、巫子である人格者の妹と常に比べられる。

母親の厳しくおぞましい怒りの顔が、幾重にも覆い尽くしている。

言葉の暴力が鳴り響き、救いのない中で王への道を強いられる。


女性の姿に恐怖を感じ、それをひた隠し幾人もの女性と手を取り見せかけの恋を語る。

なのに、心の底では異性が愛せないことに苦しんでいる。

結婚が近づき、子をもうけることが、強く、強く望まれた。


苦しんで、もがいて、妹に救いを求めて、

そして、妹だけは愛せることに気がついた。

だが、妹は火の巫子で、望んでも手は届かない。


そこにあの魔物の剣が献上されてしまった。

彼は魔に魅入られ、操られるままにその剣を携え、地下道から城を抜け出し、森へと入っていく。

魔導師を殺し、そして、闇落ちした精霊の石を手に入れた。


そこから、災厄の幕が開く。



リリスは、もう見たくないと顔を手で押さえた。

剣の魔物に取り憑かれ、血の色ばかりが鮮烈で、激情に翻弄されて自分の意志は押しつぶされている。



誰か、誰か、誰か救って!助けてあげて!

この王子を、血の涙を流している世継ぎの王子を!



手を伸ばすと、泡になってその記憶は消えて行く。



『 巫子よ、もう目を閉じよ。 もう十分だ。 』



ああ、いいえ、シャシュリシュラカ様。この長い長い死後の暗闇の先に、ご覧下さい。


ほのかに明かりが見える。

漆黒の闇の中、ふわりとした優しい輝き。


その中に見えるのは、豪華なほどの金の髪。


見つめ合うような、その真っ直ぐな瞳。

身を委ねられ、そして身を委ねる信頼感。


驚くほど、優しい空間が、その時代のほんの短い時間が明るく埋め尽くす。

遠くから声が、ささやくように聞こえてくる。


 『 ルクレシア…… 』


 『 ルクレシア 』

 『 ルクレシア! 』

 『 ルクレシア…… 』


 『 ああ、愛している…… 』


大切に、その輝きを守るような声が、あたりに響き、心を癒やしている。



ルクレシア様!あなたは、なんと言う方でしょう!



悪霊と呼ばれたこの人の中で、ほら、あなたはあれほど輝いて見えます。


この方は、ようやく本当に大切な方を見つけられたのです。

本当に、大切な、愛する方を。


ああ、もう、この方の心は、本当の魂は、



すでに、悪霊ではない。



闇の世界から離脱しています。

あれは、ルクレシア様は、この魂の完全な浄化の鍵になる。







戦ったあとの破壊も凄まじい玉座の前の絨緞の上で、宰相の身体を横たえて、キアナルーサの姿の闇落ち精霊が周囲をぐるりと回る。

ただ回っているようで、その足先からは蜘蛛の巣のように細い血の筋が無数に流れ出し、絨毯の上に魔導陣を作っていた。


「やめよ、  やめよ、  」


もうろうとつぶやくように、宰相の姿のランドレールが小さくつぶやく。


「汝が自ら食えばこんな物入らぬのだ。面倒な事よ。」


ペロリと闇落ち精霊が唇を舐め、自分で食った透明の血判状を一枚宙に放る。

それには文字が綴られて、血が一滴ずつ落ちているはずだ。

だが、すでに血はなかった。

放り投げた血判状は、血の道を通して命が闇落ち精霊に吸い取られ、文字が煙になって消えてゆく。


「急がねば、食った中に道を切られた者が1人いた。

火の巫子に感づかれたか。ククク、だからと言って、何も出来るまい。」


透明の血判状を宰相の胸に重ねて置く。

幾つもの文字と血の跡が、重なって宰相の胸にある。


もう一枚食いたい気もするが、ランドレールには前に出て働いて貰わねば困る。

ここまで早く赤の日の巫子が覚醒するのは予定外だ。

眷属さえ押さえておけば安泰だと思い込んでいた。


今までここまで日の神を味方に付けた赤の巫子は数百年の記憶の限りいない。

これまでの赤の巫子の枠を外れている。


「やめよ、  やめよ、  やめ……  ううう……  」


宰相の姿のランドレールは、右半分の顔は穏やかな顔で目を閉じ、左側はいびつに顔を歪ませて苦悶の表情でうめき声を上げる。

リリスによって身体の半分が浄化され、それは以前のレスラカーンの父親に戻っていた。


忌々しくそれを見て、闇落ち精霊が手から血の槍の先を出す。


「さあ、私の、私の王子、ランドレールよ。

時が来たぞ、極上の命を吸って、もう一度立ち上がるのだ。


私の為に戦え!」



血の槍を向けると、ランドレールが左目で険しく見つめた。



「 い、い、い、や、だ。 」



「拒むなランドレールよ。今のお前は王には遠いぞ。

この滅びの国で、王になれ。

私と共に高みを目指そうぞ。」


高みなど、高みなど、もう良いのだ。

ルクレシアよ、お前が生きていれば、それで良い。


救ってくれ、私の妹よ。

尊く、燃える髪で、人々を照らす私の火の巫子。


ランドレールはその時初めて、心から巫子に救いを求めていた。

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