468、ルクレシアの牽制
緊張感が漂い、爺と周囲を囲む一同がにらみ合う。
ルクレシアが館を見上げ、周囲に作られた宿泊施設を見回した。
腕を組み、考えるように口元に手をやる。
その仕草は、この緊張感の中でひどく落ち着いている。
リリスは彼の仕草を見て、クスっと小さく笑い前に歩み出た。
「 赤様 」
気の短いホムラが、顔を隠す前垂れの向こうで牙を剥いている。
手を上げて制すると、ルクレシアに手を差し出した。
「困った方ですね、あまり皆を挑発なさらぬように願います。
あなたは皆の反応を見ておられる。
頭のいい方ですが、良い方法とは思えません」
ルクレシアが目を細め、彼の顔をじっと見る。
彼らに利用されるかもしれないと思うと、気軽に握手する気にはなれなかった。
リリスが差し出した手を下ろし、唇に指を立てる。
ルクレシアより背が低い彼は、下からのぞき込むように色違いの瞳で見つめた。
「私の赤い髪と色違いの目が気になりますか?お気になるようでしたら、何かかぶりますが」
「いいや、僕は人の見かけを気にしたことは一度も無い
君はとてもしつけの行き届いた人だ。きっと周りの大人が厳しかったのだろう」
リリスが少し、彼の洞察力に目を見開く。
そして両手を合わせて微笑んだ。
「良かった!では、このまま失礼しますね。
ルクレシア様。
警戒なさらずとも、我らはあなたを利用しようとも、無理難題を押し付けようとも思っておりません。
もう1人の火の巫子が、あなたの身体にあるものに接触したいと申しています。
今、城の状況はとても悪いのです。
あなたはもっとも城の中心にいた方、ずっとお待ちしていました。
私の配下が無礼を働いたこと、お詫び申し上げます」
「ふうん」
頭を下げるリリスを見て、周りに視線を走らせる。
驚いたことに、神官を除き皆、一様に頭を下げている。
統率ができている。
これだけの人が集まりながら、規律が整うなんて有象無象の集まりでは無いよ、フィランシア。
心で弟に語りかけ、そしてため息を付いて手を差し出した。
リリスが嬉しそうに握手する。
「用が済んだらすぐ帰る」
「もちろんでございますとも。さあどうぞ中へ」
「巫子!様!」
シオンが馬車から飛び出して、イネスに駆け寄る。
サファイアが間に入ってシオンをすくい上げた。
「この服は恐らくアデル様の巫子服です」
「この子は、地龍だね?なんでここに?」
サファイアが降ろすと、イネスに飛び込んで行く。
「おや、シオン様、消えたと思ったらどこにいらっしゃったんです?」
「うん、御方様に呼ばれたの。あ、言っちゃ駄目なんだった」
「セレス様に?」
リリスとイネスが顔を合わせ、イネスは久しぶりに聞いたその名にホッとする。
「そう、兄様はお元気なのだね?」
「はい!御方様はお仕事でお城を離れられないので、私がこちらへ参りました」
イネスは自分と同じ白い髪を撫でると、シオンと手を繋ぎ、館の中へと入っていった。
「どうぞ、奥の階段から上った部屋ですので、こちらへ」
リリスに案内されながら、キョロキョロと館内を見回すルクレシアに、後ろを行く兵達が品がないとヒソヒソと話す。
彼らの第一印象は最悪だ。
爺は後ろを行きながら、それがわざとだと気がついていた。
恐らくは自分に失望してほしいのだろう。
だがその行動は、信奉者の真ん中で反感を買う危険な行為を犯しているのだと知っている。
だから爺は全力で守らねばならない、ここが踏ん張りどころだった。
「侯爵家も先が見えるな」
険しい声が、ポッと飛び出した。
ルクレシアがチラリと振り返り、ククッと笑う。
その仕草にムッとしながら、彼の美しさに思わず顔が紅潮する。
「まるで花売りじゃないか」
どこからともなく吐き捨てる言葉に、カツッと爺の足が止まった。
「 爺、かまわぬ。言わせておけ 」
爺に告げるルクレシアの横を、リリスが引き返してきた。
立ち止まるとぐるりと見渡し、声を上げる。
怒りに毛先から、火がこぼれていた。
「客人をもてなすことも出来ぬ者は、屋敷から出なさい。
剣を下ろし、水くみなさいませ。
濁りのない水に自らの姿を写し、反省なさるとよろしいでしょう」
数人が、ばつが悪そうに頭を下げ、その場をあとにする。
息を付いて、振り返り頭を下げた。
「お見苦しい所をお見せいたしました。
人が多く、皆戦いを前に気が立っております」
「凄いね、かたり(偽物)かもしれない君のような子供の言う事を、良く聞く気になる」
嫌みで言った。はずなのに、リリスはパンッと手を叩いて、本当ですね!と驚いた顔をする。
「でも皆様、お腹の中ではとってもお腹立ちだと思います。
きっとリリスは事が終わったら、闇討ちに遭うかも知れません。
なにしろ、夜は目立つんです。ちょっとぴかーっと光っちゃうので」
手を合わせて、明るく笑う。
何を言われても鈍感なその明るさが、気に触った。
「ふうん」
ルクレシアが、覚めた視線でその手を見る。
いまだ、リリスの手は長年の家事で荒れたままだ。
「君、元は身分が低かっただろう?なんだい?使用人?その年だ、奴隷?」
後ろにいた神官たちがギョッとする。
それは、彼の昔を知る騎士達も同じだった。




