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463、貴族の時間は、なんてゆっくりとしているのだろう

眠っていたルクレシアが、ハッと、驚いたように目を開けた。

明るい、寝過ごしたと、相変わらず目覚めるとドッと冷や汗が出る。


目を開くと、天蓋のレースが幾重にも重なり、ベッドを囲って下がり、窓からの明かりを柔らかに遮る。

それに手を伸ばしても、届かない広いベッドに溜息を漏らす。

こんな物、昔は何とも思わなかったのに、今は全てが無駄な贅沢だ。

香が焚いてあるのか、良い香りがして寝具がフカフカで心地よい。

それでも、まだ彼は心地よい目覚めには遠く、何かしなければならなかったような気がして、急かされるように目が覚める。

疲れて深く眠り込んだ最初の数日は、目覚めると同時に飛び起きてベッドを飛び出し、ここが懐かしい自室だとようやく気がつきホッとして、またソファに横になって寝てしまっていた。



起きたらベルを鳴らせと言われている。

使用人だった自分は、何をするかを知っている。

座って息を付き、広い部屋を見回す。

広いベッドを這い出て、カーテンを開けた。

何だかクセになって、タッセルリボンを結ぶ。

窓を開いてバルコニーに出ると、信じられないほど気持ちいい風が吹いて、ネグリジェのドレスが舞い上がった。


ベッドの中で、どこにも、自分の身体をまさぐる男の手が無い事が、何か欠落しているような不思議な感覚になる。

早朝先に起きようとすると、ランドレールが時々引き倒して抱きしめキスをした。


ああ、キスをする男もいない。

その唇に手をやる。


そのうち、いやいや結婚させられる女と無理矢理キスでも交わすんだろう。

生まれる前に婚約した貴族の娘は、去年、他の男と結婚したらしい。


クスッと笑い、ペロリと指を舐めて、大きく息を付き振り返った。

白装束の少年、地の四の巫子と名乗る少年がワゴンを押す2人の執事を引き連れてお辞儀する。


「おはようございます。ホホ、良いお顔になられましたな」


少年は軽装の白装束で、相変わらず供もいない。

気味の悪い真っ白い髪のこの少年は、夜中目が覚めると、時々部屋の椅子に腰掛けている。

自分を守る為だと言うが、自分は命を狙われるような人間ではない。


「何も変わってない。余計な世話だ」


「坊ちゃま、ぬる湯でございます」


クスリと少年が笑う横で、執事の老人がサイドテーブルに桶を置き、ぬるま湯を注ぐ。

上質の薄い布を漬し、ピチャンピチャンと撫でるように顔を洗うと、口をすすぐ。

横からタオルを差し出された。


「ああ、気持ちいい、ありがとう。

朝からぬる湯で顔を洗うなんて、なんて贅沢だろうね」


フフッと笑うと、爺がまた目をうるませた。


「おいたわしい、どれほどのご苦労を…… 」


「止め止め、僕は普通に生活してたよ。

朝は起きたら近くの井戸でバシャバシャ洗ってたんだ。

豪快に洗うのも気持ちのいいものさ」


「そうでございますか。

下々の生活をお知りになる、良い機会になられたようで」



「ルクレシア様、ハーブティでございます。

巫子様もいかがでございますか?

それと、カーテンも我らの仕事でございます。

どうか年寄りの仕事を奪うのは、今日でおしまいに願います」


爺の下で働く中年の執事が、カップを差し出しポットを置く。

髪を自分で軽くとかし、ドレスを直して、少年の向かいに座って息を付く。

窓から吹く風が気持ちいい。

ルクレシアは一口飲んで、ポットの中のハーブのブレンドを確認した。


「わかったよ、明日から目が覚めたらベルを鳴らす。

これは爺たちの仕事だ。

明日の目覚めのお茶はミデアとセミリを半々で頼むよ」


「セミリは苦うございますが?」


「良い、この茶は美味すぎる。リリット女史のブレンドだね?

これはまた、午後の茶で頂こう」


息を付いて、どこか落ち着かない。

貴族生活のリズムの遅さがもどかしい。

その様子を、少年が茶を飲みながらじっと見ていた。


「落ち着かないようだな。

あなたは今までが忙しすぎた。貴族に戻るのは時間が必要だろう。

クククッ、まるで急に身分が上がったリリス様だ」


「リリス? 誰だ? 」


「良い、今日は外出していただく。

ずいぶん顔色も良くなった、青の巫子がお会いになりたいそうだ」


「巫子? お前も巫子だろう? いい加減に名を名乗れ、無礼者」


「ククッ、巫子にそんな言葉を吐くお前は命知らずよ。

拝謁(はいえつ)する火の巫子には、無礼な言葉を吐くなよ。

そうだな、私の名はシオン。わけあって地の巫子に身体をお貸ししている。

時々巫子が降りてこられる、だが、シオンと呼べ」


「一体何だってんだ、巫子だらけだ。なんの役にも立たないくせに」


「役に立つさ、役に立つからいなくなれば国が乱れるんだ」


ふうんと、どうでもいいような返事をして、茶を飲み干すと立ち上がり、爺に手を借り身支度をはじめた。



姿見の前で服を脱ぐと、嫌でも目に入るランドレールが噛みついて付けた蝶の形の入れ墨のようなあと。

彼と別れて城を出たら、彼の声が聞こえなくなった。

それでも、消えないのは自分との糸を切りたくは無いのだろう。


「はて、このようなアザがございましたかな?

坊ちゃまにはシミ1つ無かったと記憶しますが? 」


「仕方ないさ、王子に付けられてしまったんだ」


「王子に? 王家のおそばに上がられたのでございますかな? 」


「あはは、変だろう? 花売りから、いきなり側付き(そばづき)だ。

ひどいこき使われようさ、朝から朝まで、最後は宰相の愛人までしてきた」


ガタンッ!


爺が驚いてハンガーを落とした。

ルクレシアが拾って手渡すと、フフッと笑う。


「 坊ちゃま 」


「爺、僕の世話が嫌になったときは、遠慮無く言ってくれ。

僕は自分のことは出来るように鍛えられたから、心配いらない」


「そのような…… いいえ、爺はお坊ちゃまを大切に思っております。

老い先短いこの命、黄泉に行くまで、生涯お世話させて下さいませ。

どうぞこれからは、お身体を大事に、どうぞ大事になさって下さい。

このアザのことは、爺も旦那様には話しません」


「ありがとう、爺」


服を着ると鏡の前に座って、髪を解いてもらう。

ルクレシアの好きな香りを知っている彼は、以前と同じにその香りの良い花びらを何枚もつけた水を髪に付け、髪を整えてくれた。


小さい頃から、ずっと爺は共にあった。

親代わりだ。だから自分の行動には、きっと、怒っただろう。


なのに、


鏡越しに爺の顔を見ると、ポロポロと、涙を流している。

家に帰って、人の泣く顔ばかり見ている気がする。

責められるだけだと思っていた家は、驚くほどに、ルクレシアにとって優しく、そして気遣いに満ちている。

自分は何も見ていなかったのだと、こんな大切なことに気がつくまで、


なんて…… 長い道のりを……


なんと遠回りをしてしまったのだろうと息を付いた。

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