461、床を守り抜く2人
リリスが床に消えたあと、ゴウカとホカゲの2人はその場を守って黒い澱を操る宰相の姿の悪霊と戦い続けていた。
ホカゲが杖を振り、火を放つ。
ゴウカが結界を作り、爆裂の術で澱を弾き飛ばす。
それでも、黒い澱は続々と宰相の身体からあふれて量を増やし、周囲の床は見えなくなっていった。
「ぐあああああ、こいつしつこい!」
「ホカゲ」
ゴウカが腰の筒に手をやりホカゲにかすかに首を傾げる。
もう、術に使う手持ちの物が無くなってきた。
これ以上は、ゴウカは身を削るしかない。
「仕方ない、あの手を使う」
ホカゲがゴウカに告げて、息を整え両手で杖を構えた。
「頼む」
クルリと杖をまわし、言葉に合わせてコンコン床を突く。
この術は、このリズムが大切なのだ。
コンコンココン、コンコンココン、コンコンコンコン
「コンコンと、コンコンと、コンコンなるこの身を巡る血に力を注ぎ、汝を呼ぶ者ここにあり
コンコンココン、ココンコンコン、精霊の元素となりし偉大なる獣よ
いにしえよりの約定により、贄のシビルがこいねがう
戯れよ、獣。戯れ、遊べ、贄の元へ狭間より来たれ。
オム、オム、オム、我は火を司る者の配下なり、右のザムディス、左のラスディル。
我は血と力を与える者、この一時を我と戯れたまえ」
コンコン
ホカゲが杖を突き、天井に向けて杖を掲げる。
「偉大なる獣よ、来たれザムディス、ラスディル!
贄のシビルがこいねがう!戯れの一時、我がしもべとなれ!」
オオオオオオオ……
風が渦を巻き、不気味な響きがホカゲの背後から聞こえる。
「 メエエエエエエエエエエエエエ!! 」
ホカゲがシビルの鳴き声を上げた。
グワッ!
空間の裂け目を獣の鋭い爪が切り裂き、ホカゲの右の肩口に現れ、透ける狼のような口が牙を剥いて噛みついた。
ビュン!ビュン!ビュン!ビュン!ビュン!
風を切って何か目に見えない物が、ホカゲの足下から上へと身体をグルグル回って登り、左耳にかじりつき金のリングの耳飾りになる。
バッと、ホカゲが大きくローブを翻した。
「汝、戯れの先はここに! 」
コンコン! 杖を突いて、宰相に向けて大きく振り降ろす。
「ザムディス・ゲルカ! 落ちよ、雷撃!! 」
ドドーーン!!
城を揺るがし、玉座を破壊して雷撃が落ちる。
バリバリと放電し、その力はホカゲの術とは比べものにならないほど強力だ。
宰相は穴だらけの服を焦がし、髪を焼き焦がしながらゆっくりと手を向ける。
玉座に微塵に散らばった黒い澱がドロドロと固まり、ヌッと立ち上がるとムチ状に伸びて彼らを襲う。
ゴウカが一閃して辺りに灰をまき、パチンと指を鳴らす。
ボウと轟音を上げ、火を上げ澱を焼き払った。
「ザムディス・ゴート! 焼き払え! 」
ゴオオオオオオオオ!!!!
ゴウカの炎の数十倍の炎が杖から渦を巻いて噴き出す。
澱は炎に舐められジャッと音を立てて蒸発するが、生き物のように炎を避けてゆく。
それでもまだ、黒い澱は無尽蔵に宰相の身体からあふれてくる。
迫っていた黒いドロドロの澱は玉座近くまで後退に成功したが、まだ油断出来ない。
「あの身体、一体どうなってるんだ?! 雷撃浴びても平気な顔だ」
ヒュッ! バリッ!
「うわっ! く、くそっ!! 」
一瞬の隙を突いて、黒い澱がムチを伸ばしホカゲの服を裂く。
杖でそれを打ち払いながら、それでも彼らはそこを動けなかった。
リリスがどこから出てくるのかわからない。
消えた場所を死守する、それがゴウカとホカゲの結論だ。
「焼いても駄目、雷撃でも効かない。繭は?」
「繭はあと1つだ、赤様の為に残している。
敵はやはり火の恐怖を克服している、攻撃をかわすしか無いな。
恐らくこいつを消しても無駄なのだ。元を絶たねば」
「元? あっ、ああ、そうか。こいつはただの使役みたいな者か! 」
「赤様はわかっていらっしゃる」
ゴウカの声が躍った。
全然余裕のない2人だが、その中で笑う。
その時、床がポウッと輝き、2人がハッと目を見開いた。
「 おいでになるぞ! 」
思わず声を上げた時、ザッと澱が押し寄せた。
ゴウカが腰から最後の筒を取り、バッと蒔いて指を鳴らす。
パキンッ!
ボッと火が付き、周囲に結界が出来、澱がそこで止まる。
ホカゲが押し寄せる澱に杖を向けた。
「ザムディス・ボルド」
杖からゴウと火が噴き出し、澱を端から焼いて行く。
じわじわと黒い澱は後退し、ヘドロのような真っ黒な液体が退いて床があらわになる。
じわじわと床の明かりが強くなり、2人は緊張して敵を牽制する。
リリスが戻った瞬間だ。
この魔物はそれを待っている。
巫子を汚すつもりなのだ。
「ゴウカ、マズいぞ、これじゃ安心してお迎え出来ない」
「もう一度結界を作る! 」
ゴウカが最後の繭を口にくわえ、結界を作ろうとした。
「ガァッ!! 」
宰相が咆哮を上げ、その手から澱を飛ばす。
それは壁を伝い、部屋の四方から黒い澱が包み込むように降りかかった。
「ちいっ! ラスディル・リムド! 」
ブオッと風が盾になり、足下から立ち上がった。
だが、澱はものともせず壁を駆け上がり頭から降りかかる。
「 ゴウカ!! 」
繭では間に合わない!
ゴウカが頭上に自らの灰を散らし、指を鳴らす。
バンッバンバンバンッ!!
灰が爆発して、蜘蛛の巣状に広がり盾を作る。
「ラスディル! ビルド最大出力! 」
ビョオッ!! 風が盾になって巻き上げる、それでも構わず澱が降り注ぐ。
「駄目だ! 赤様! 」
ルークが着ていたローブを解いてバッと広げ、光る床にかぶせる。
その瞬間、床から目を覆うばかりのまぶしい輝きが飛び出した。
バッとルークのローブを舞い上げ、床から飛び出してきたリリスが、黒い澱を物ともせず弾き飛ばし、ふわりと宙に舞い上がる。
「まぶしい! な、なんだ?! 」
「赤様か?! 赤様のご帰還か?! 」
2人があまりのまぶしさに顔を覆いながら声を上げる。
「 戻りました!! 」
すると、リリスの明るい声が返ってきた。




