457、火の精霊たち
まるで、水面を出るように壁を突き抜けた途端、息が出来る!
「 ゴホッ!ゴホッ!ハッハッハッハアッハアッハアッ」
ヒイヒイ息を付き、そっと目を開ける。
そこは闇の中、すき間無く一面に火がコンコンと燃えている、ただそれだけの景色が遠くまで広がっていた。
“ こ、こ、こ、え ”
手を引いてくれたのは、辛うじて人型をした火で、冷たい火を燃やしリリスにしがみついて来る。
「 はあはあはあ、君は、君は、ああ!やっと会えた!!
君は火の精霊だね!私は赤の、赤の、火の巫子、赤の巫子だ!! 」
嬉しいのか、顔の部分からポポッと火の涙をこぼしている。
“ こ、こ、こ、と、ば ”
「 大丈夫、はあ、はあ、ふう、落ち着いて。ゆっくり、思い出すんだ。
さあ手を、僕が力を貸すよ 」
両手の火をそっと手に乗せて、心で話しかける。
火の精霊の、戸惑いの気持ちが流れ込んでくる。
どうしよう、この精霊は話すのも聞くのも300年ぶりなんだ、きっと。
言葉を思い出すきっかけが、何か……
ふと、精霊の母がよく歌っていた歌が思い出された。
美しい声で、それは精霊の国の古語で、 こう。
「 クカカ、カラカラ、ラゥール、ラゥル
イーサーラク、シルヴァラク、道が開くよ、踊ろう、踊ろう。
火を灯そう、明るく灯そう、歌えや歌え。
ャア、ャア、ィエー、
ユゥ、ユゥ、ィエー、
ほら、手を取り合って、キラキラと。
輝くリリンが咲いて踊る。
ク、カ、ク、カ、カラカラ、カラカラ、ラゥール、ラゥル
踊れ、踊れ。
クカクカ、カラカラ、シャシュカカラ 」
あれ?!シャシュカカラ??
これ、火の神の名前じゃないか。そうか、だから1度で覚えられたんだ。
ボッと、火の精霊が燃え上がった。
“ アー、アー、エー、ウー、ウー、エー ”
明るい声が、聞こえはじめた。
“ アー、アー、エー、ウー、ウー、エー ”
何度も同じ一節を繰り返す。
小さい頃、聞いたことない言葉の羅列に、何度もそれぞれの意味を精霊の母に聞いたっけ。
不思議のいっぱい詰まった歌に、どんどん目が冴えて子守歌にならなかった。
“ イーサ、ラク、シーヴァ、ラク、うーあー、うーあー ”
次第に、精霊には難しい言葉では無いらしいその言葉が、スッと口から出てきた。
美しい声が、響かないこの真っ暗な空間に流れ出る。
火の精霊の顔が、次第に見えてきた。
きっと、なんとか自分を保っていたのだろう。
他に精霊の姿は無く、地面に草原のように炎が広がっている。
“ 踊、れ、踊れ、
クカ、クカ、カラ、カラ、 シャシュカカラ
あーあーあーーあ、あ、あーーールララララーー ”
ボボボボ!ボボンッ!
足下から身体を真っ赤な炎が舐めて、頭まで来ると火の髪の毛になる。
その下から、白い顔に炎のような文様のあるくちばしの無い鳥のような、羽毛に覆われた美しい顔が現れた。
ブルリと身体を震わせると、炎が散って、すその燃えるドレスになる。
ひときわ高い声で鳴くと、周囲の火が一段と高く燃え上がった。
“ おおおおお!!我が!巫子!! ”
握る手を握り返し、白い羽毛に覆われた顔が笑った。
ああああああああああ!!!!わああああああああああ!!!
あああああああああああああ!!!!
闇の中で、ささやくように、悲鳴のような歓声が地面から一斉に上がる。
火の中からボコボコと、火の玉が宙に浮き上がってポンポン跳ねた。
「 いた、やっと、やっと見つけた。皆様、みんな、我が眷族よ!!」
リリスの目から、ボロボロ涙がこぼれ、火の精霊に抱きついた。
「 会いたかった! 」
“ 我が!巫子!!お待ち!して!おりまし!た! ”
“ 巫子! ” “ 巫子! ” “ 巫子! ”
彼女と手を繋いでリリスが見回し、涙を袖でゴシゴシふいた。
「 そうだ、僕は急ぐんだ!君たちの封印を解かなきゃならない! 」
彼女の顔を見つめて、真剣に問う。
封印は、絨緞に遮られて見ることが出来なかった。
だから、確認せねば、確かめねばならない。
この世界の、真っ暗な空を指さす。
「 あの、封印は、ヴァシュラム様、だね? 」
彼女が、思いがけず、ゆっくり首を振った。
「え?!!違う??」
“ ぬ、し、さ、ま ”
ぬし?主?まさか、火の神??
「 バカな……フレア様が?なんで! 」
彼女が、ワケのわからないリリスの手を引き歩き出す。
足下は、一歩踏み出すと滑るように移動して、慣れないとバランスを崩しそうになる。
「わっ!あ、あ、皆さん、ありがとうございます」
すると沢山の火の玉がリリスに群がり、暖かな火で支えてくれた。
しばらく進むと、なぜか大きな、それは大きな水たまりがある。いや、もう湖と言った方が正解だろう。
みんなその周りを囲んで、水の表面の半分を火で覆っている。
水は暗いせいなのか、のぞき込んでも炎が映り込んで底は見えなかった。
「 ここは? 」
“ 穴 ”
「 穴??何でこんな所に?? 」
“ おお、きく、なった。もう、げん、かい ”
「 限界?なにが?何の穴? 」
精霊が、膝を付いてリリスの手をそうっと引いて水に入れる。
なんだ?なんだかぬるい。
精霊が、悲しそうな顔で目を閉じた。
“ この、世界、の、ほころび ”




